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    meiko_robin

    @meiko_robin

    ディルガイonly
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    meiko_robin

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    n番煎じなディルガイ

    確執は行ったと思ったら戻ってくるブーメラン仕様。
    全てが丸く収まった平和な世界線で、色んな年代のガイアさんを堪能苦悩する旦那のお話。コメディより。
    公式さんが用意してくれたあれやこれやを完全捏造な上ディルガイ 変換しております注意。
    旅人は空くんで沢山お話します。

    #ディルガイ
    luckae
    #おにショタ

    そんな物騒なものには蓋をしたらいい話「ごめんね、ディルックさん…」
    前触れなく訪れた年下の友人は、自分を見上げばつが悪そうにそう宣った。
    いつもであれば彼の横には小さな相棒が浮遊しているのだが、今日は片側だけでなく両側にある。
    「………」
    それを視界に入れた瞬間ディルックは右手で顔を覆った。
    開口一番旅人が謝罪した意味が分かってしまったのだ。
    少し後ろで控えていたラグヴィンド家のメイド長が小さく感嘆の声を上げたのが耳に入ってくる。ディルックが何かを言う前に一礼して下がっていく気配を後ろに感じ、主人より先に全てを受け入れたであろう彼女を少し恨めしく思った。
    旅人に大人しく抱かれこちらを伺っているのは、紺青を溶かしたような艶やかな髪を持ち、右目を長めの前髪と眼帯で覆った子ども。
    自分の記憶違いでなければ、それはこの屋敷に来たばかりの頃の義弟の姿であった。
    「旅人、一応確認させてもらうが、君が抱えているのは西風騎士団のガイアさんで間違いないか?」
    内心の動揺を悟らせないようにと、いつものように、否、いつもより尚抑揚のない声でディルックは話しを切り出した。
    「そうなんだよ、ディルックの旦那。オイラたち千風の神殿付近に発生した地脈の調査に行ってたんだけど、急にガイアが倒れたかと思ったらみるみる小さくなっちまって!」
    待ってましたとばかりに小さな妖精が浮遊した体を右に左に揺らしながら、ディルックに手振り身ぶりで訴える。それにならって旅人も合わせて口を開いた。
    「こんなガイアを連れてモンド城に行ったら騒ぎになりそうだし、どうやら見た目同様記憶も退行してるみたいで、ディルックさんやワイナリーの人たちくらいしか分からないみたいだから先にこっちに連れて来たんだ」
    何かの布でぐるぐるに巻かれ褐色の素足を晒した子どもを、ディルックは達観した気持ちで無言で見下ろした。主に小さな足先を。
    「多分地脈の影響だと思うからこれから騎士団に行ってアルベドを探す予定なんだけど、その間ガイアをここでみててもらえないかな?」
    地脈の影響だった場合だいたいは時間経過で元に戻る事が多いんだけど、一応ちゃんと診てもらった方が良いと思うし…、と旅人はやけに小慣れた程で再度どうかな?と問いかけて来た。
    「だいたいの事は理解したよ。急な事だったから僕にも仕事がある。あまりこの子の事ばかり構っていられないのは分かってくれ」
    自分でもどこか言い訳じみていると思いながらも、彼らまで近付くと旅人に両手を差し出した…、と初めてガイアが不安そうに旅人に縋り付くような素振りを見せた。まるでディルックのその手を拒否するようなそれ。
    「空…。本当にこの人が僕の……にいさんなの?」
    その記憶にあるより高い声を聞いた瞬間、ディルックは膝から崩れ落ちそうになった。が、右から左に流れそうな内容を頭に叩き込み、当時の自分と今の自分との違いを自覚している彼は、膝ではなく肘をゆっくりと下ろした。
    一度目を閉じて気持ちを落ち着かせる。仕方のない事とはいえこの幼い姿をした義弟からの拒否は、思っていた以上にディルックの何かを確実に抉ったのだ。
    そんな傷心をいつもの無表情の裏側へ追いやって、兄が弟にかけるだろう言葉を探す。
    「君の記憶にある僕と随分と雰囲気は変わってしまったかもしれないが、僕はディルック・ラグヴィンド。君の義兄……兄さんだし、君は僕の弟のガイア・ラグヴィンドだ。君が嵐の日に父さんに抱えられてここに来た日のことも僕は覚えているよ」
    クレーに接するような態度は普段の彼がチラつき出来なかったが、強い口調にならないようゆっくり話しかける。
    「おいで」
    再度手を差し出せば、まだ戸惑ってはいるようだったが、今度は嫌がらずこちらに体重を預けてくれる。思っていた以上の軽さと柔らかい心地に、ディルックは腕に力が入らないよう細心の注意を払う必要があった。おおよそ指に。
    「ディルック様。ガイア様のお洋服の用意が整いました」
    主人のやりたい事を主人よりも分かっている節のあるメイド長が、控えめに声をかけてくる。それを聞いたガイアが首を巡らせ、
    「もしかして、アデリン?」
    先ほどよりも余程近い場所で義弟の高い声がディルックの耳に響いた。思わず膝に力が入る。
    「はい、ガイア様。アデリンでございます」
    満面の笑みを見せアデリンが嬉しそうに応えた。
    「このまま僕が運ぼう。ガイアの部屋でいいかい?」
    「はい。宜しくお願いします」
    「旅人とパイモン。君たちは執務室で待っていてくれ。もう少し詳しく聞きたい」
    「おう!」
    「分かったよ」
    旅人とパイモンには執務室のソファーに座って待つよう伝え、ホールに繋がる階段をガイアを抱えたまま二階に上がったディルックはメイド長とともに少し奥にある今は使われていない義弟の部屋へと入って行く。
    「まだうちに子供用の服があったんだね」
    ディルックはそう言うとガイアをソファーへと下ろした。久しぶりに入った義弟の部屋は主人が何も言わずとも手入れが行き届いており、空き部屋独特の埃臭さはない。
    「はい、クリプス様が思い入れのある物は大事に残されておりましたから」
    「そうか」
    生前ディルックの父クリプスは、亡き妻と息子達の愛用していた物を母の部屋へと残していた。写真はもちろん気に入って良く遊んでいた玩具、くたりとしたぬいぐるみに、父へと送った手紙や絵にプレゼント、母が気に入って身に付けていた装飾品等、飾れる物は見目良く並べられ、服などは丁寧に仕舞われていたようだ。
    父と母の部屋の間には寝室が設けられており、主寝室は父か母の部屋からしか入れない仕様になっている。クリプス亡き後はディルックが父の部屋と寝室を使い、母の部屋はそのままにしてあった。その部屋の鍵は今となってはディルックとアデリンのみが所持している。母の部屋も彼女直々に手入れをしてもらっていた。すぐにガイアの服が用意出来たのもそこから選んだからだろう。
    義弟との決別、騎士団の退団、父の葬儀とめまぐるしく今まで積み上げてきたもの全てが崩れていくような日々を見送って、最後に残った使命というにはどろどろし過ぎた狂心を秘めたまま故郷を離れた。
    母の部屋にあった思い出たちは、国外を放浪の末ここに戻って来てから気付いたものであった。でなければあの時の自分は業火の炎で、あるいは深淵の蜷局で過去の遺物と灰塵にしていたかもしれない。突如として狂しくなった義兄弟の関係にすぐさま気付き、請われるまでその部屋の鍵を渡さなかったメイド長は、ほとほと優秀で主人の苛烈な性分を察していたのだろう。
    (彼女には頭が上がらないな…)
    ソファーの端に綺麗に畳まれていた一目で上質だと分かる服に、ディルックは手を伸ばす。
    「懐かしいな」
    刺繍の糸に紺色が使われているのは義弟の服で、ディルックには良く緋色が使われていた。
    広げてみたブラウスの小ささにまた手で顔を覆いそうになり、寸でのところで思いとどまる。すぐ隣に中身がいるのだ。
    ディルックの葛藤を知ってか知らずか、アデリンが頃合いを見て主人に声をかける。
    「流石に寝巻きまではありませんでしたので、夕方までにはご用意致します」
    アデリンはディルックへと一礼するとガイアへと向き直った。
    「さぁ、ガイア様。お着替えを致しましょうか」
    アデリンの言葉にガイアはひとつ頷くと、旅人に巻かれたのだろう布を小さな手で解いていく。手伝おうかと思い当たった所で、ディルックは動きを止めてメイド長に任せる事にした。
    「アデリン。ガイアの着替えが終わったら執務室に連れて来てくれ」
    「畏まりました。ディルック様」
    ディルックはガイアの目がずっと自分を追っている事に気付いていながら、気の利いた言葉ひとつかけてやる事が出来ないでいた。
    ガイアの目から不安はまだ消えていない。恐らくガイアはラグヴィンド家に来てそう経ってはいないのだろう。きっと自分に聞きたい事が沢山あるに違いない。
    例えば気を利かせたメイド長が、今日に限って旦那様とそう自分を呼ばないのは、彼女もディルック同様今のガイアに知らせたくないという想いからだろう。自分の父であり彼の養父であるクリプスの不在の理由を。
    そして何よりガイアが隠し続けていた彼自身の事と、大人である自分がそれを知っているのかどうかという事を。
    ディルックは自分がどう今の義弟に接するのが正解であるのか確信を持てずにいた。








    「何かディルックの旦那凄く冷静だったなぁ。やっぱり旦那とガイアって仲が悪いのかなぁ。ちょっとオイラ心配になってきたぞ」
    座り心地の良い物には座るパイモンが、先ほどのディルックを思い返したのか眉を八の字にして旅人を見上げた。
    ワイナリーの主人に案内された彼の執務室は商談の際にも使われるのであろう、置かれていれる全ての家具が素晴らしくどれにも揃いの紋章とモチーフが刻まれている。ラグヴィンド家のものだろうか。
    事の他豪奢なソファーにゆったり座った旅人はパイモン同様、先ほどのディルックを思い返してみる。
    「あれは仲が悪いって言うか…」
    旅人は言葉を濁して考え込む。
    確かに二人は普通の一緒に育って来た兄弟とは違う。普段の二人を言葉にすると、騎兵隊長がワイナリーのオーナー相手に悪戯に絡みに行って邪険にされているといった有り様だ。
    ガイアの言動には始終面白がっている節があり、義兄に対しての悪感情はさほど見られないが、ディルックから感じるそれは、義弟に対するあからさまな拒絶や拒否。恐らくガイアからの行動がなければ交わる事のない関係だ。
    そして旅人は騎士団屋上に隠されていたガイアの秘密を計らずしも知ってしまった。そこには彼の出自に関する手記と血縁者の物であろう眼帯が隠されていたのだ。
    当時それが露見していたら、西風騎士団騎兵隊長という軍事組織の中でも要職につく彼は、最悪その命はなかったかもしれない。
    ガイアにとってその手記は自分の命を脅かすほど危険な物であり、それでも処分する事も出来ないほど大事な物でもあったのだ。
    そんな彼の墓まで持って行く覚悟を煮詰めに煮詰めた煮凝りのようなその劇薬と一緒に保管されていたのが、義兄から届いたたった二通の手紙なのである。
    ーーーなんだそれ。
    当時空はそう思った。
    空はガイアを知っている。モンドの住人らしく陽気で自由で親しみやすく、過去のあれこれからどうしても胡散臭く思えてしまうが頼れる西風騎士団の騎兵隊長様で、今はどうあれモンド随一の大富豪であるワイナリー経営者の義弟である。
    そんな彼が後生大事に、二十数年生きて来てこれだけはと残していたものが、たったこれっぽっちの手紙だったなんて。
    そして空はひとつだけ他の物とはあきらかに異彩を放つ物が混じっている事に気付く。それの意味を理解した時、空は屋上の堅いコンクリに膝を付かざるを得なかった。
    光沢もなくなった古い貝殻。当時、彼の祖国は随分と昔に地に潜ったと、もう一人の亡国の生き残りから聞いていた。海のないカーンルイアでこの貝殻を拾う事は出来ないだろう。だからこれはあくまで憶測と空のなけなしの希望だ。でも限りなく事実に近いものだと空は思っている。
    これだけが彼の…ガイア・アルベリヒのたった一つ、何を置いても持っていきたいと思えるものであったのなら、
    それがもし、彼が唯一幸福だった頃の思い出であったとしたら、
    その隣には間違いなく彼の兄の姿があったはずなのだ。
    空は当時の切ないような嬉しいようなそんな気持ちを思い出しながら、パイモンの問いの応えを口にした。
    「ガイアがディルックさんの事大好きだから、大丈夫なんじゃないかな」
    言葉としては軽過ぎるが、彼の抱えていた複雑で歪だけども健気な思いを代弁するのは難しい。
    「え〜。そんなもんかぁ?」
    額面通りとったパイモンが不満をあらわにした。
    「最初は俺もガイアはディルックさんの反応を面白がってる、意地の悪い騎士団の人って思ってたけど、でもそれってディルックさん自身が嫌いってことではないんだよね」
    パイモンがぱちんと一つ手を打って同意をする。
    「確かに嫌いだったら関わらなければいいだけなのに、ガイアは絡みに行くもんな」
    「うん。それにパイモンも一緒に見ただろ。騎士団の屋上にあった持って帰らなかった宝箱」
    本人以外の者からしたら、宝箱と言葉は選んだが、ただの箱の中に入っていたガラクタだ。でも持ち主からしてみれば正に宝に値する物。
    「そうだったな。ガイアのヤツ旦那からの手紙とか大事にとってたしな」
    しみじみと頷く相棒を見つめながら、自分の妹の事を思う。
    例えばだけれども、もし蛍がそんなどうしようもない気持ちを押し込めて閉じ込めて誰の目にも触れないように、いじらしくも自分との思い出を隠していたとしたら。
    重たいわけではない。
    ただひっそりと寄せられる愛惜の心を知った時、自分は彼女を優しく抱きしめる事しか思い浮かばない。きっとどんな事であろうと許してしまう。
    そんな心地なのだ。
    だからきっと。
    「お兄ちゃんはそんな下の子の気持ちを知ってしまって、怒り続けることなんて出来ないんだよ」
    兄属性とは厄介なものである。ああ、妹に会いたくなってしまった。
    今ごろ蛍はこちらで出来た友達とモンドを満喫しているのだろう。
    テイワットのみならず星間をも巻き込むこととなった兄妹の壮大なすれ違いも、あと一歩で鷸蚌の争いとなる所で突如終焉を迎えた。死中に活を求めるが如く、好機に乗りまくった結果の幸運であったと空は記憶する。論争もとい話し合いは大事であった。力を持ち過ぎた孤独の王は殴って黙らせ口説きにかかるのが思いの外効いたのだ。そしてもう一踏ん張り気張った結果、七国にもう一カ国追加された上に亡国の住人も安寧の地に迎え入れられ、空と月と海は本来の姿を取り戻した。
    その甲斐あって空は自分のいっとう大事な星を手に入れる事が出来たし、彼女も守るべきものは守れたはずだし、誰にも文句の付けようのない、それは大団円、それはハッピーエンド。
    だからガイアの懸念する自身の出自やら役割やら負い目やらそんな物騒なモノには蓋をして、この国の住人らしく自由と幸せを手に生きて欲しいとどうしても思ってしまう。それにはきっと彼の片割れが必要なのだ。今まで誰も彼ら兄弟の事に口出しを出来ずにいたが、偶然の産物は大いに利用しても良いのではないか。
    「オイラには分からない気持ちだけど、小さくなってかわいくなったガイアだったらディルックの旦那も変わるかもしれないしな」
    そうするには義弟の悶絶級の秘密を、彼の義兄に暴露するのが手っ取り早いのであるが…。
    流石に自分もそこまで鬼ではないので、今回偶然にも起きたこの異常事態が二人の在り方を、より良い方向に向ける事が出来ればなぁと思わずにはおれないのだ。
    それに、空には確信している事がある。
    「俺のお兄ちゃんセンサーの分析によればディルックさんはチョロいという結果が出た。だから大丈夫」
    「はぁ?何言ってんだ旅人??」
    パイモンが声を大きくしたタイミングで、この部屋の主人の手によって扉が開かれた。
    それはこれから始まる試練への幕開けのようでもあった。







    自分より数分遅れて入室したガイアを見た瞬間、ソファーに座っていたディルックは変な声が出そうになるのを無理やりため息へと変更した。その結果盛大なため息をついてしまったのだが、
    「ディルックさん…」
    すかさず旅人から声をかけられる。察していての哀れみなのか、ただ単に幼いガイアへの配慮なのかディルックには判断がつかなかった。
    ただ扉の前に立つガイアからディルックは目が離せないでいた。
    何故なら、ガイアがここに来て初めてディルックと揃いでオーダーメイドした社交服を着ていたからだ。思い入れがありすぎるその装いは、しっかり写真にも残っており、今もなお母の部屋に飾られている。
    季節がら対のフロックコートはやめたのだろう、シンプルな白のブラウスの首元にはこの年頃だからこそ映える細やかなドレープが可愛らしいジャボを付け、濃灰色のウエストコートは袖がなく腰回りをキュッとバックリボンで絞ったスタイルは華やかで、黒のトラウザーから除く褐色の肌を際立たせるのは黒のレースアップのロングブーツだ。そうやってアデリンに完璧に着飾れたガイアを見て、ディルックは非常に愛らしい以外の言語化が出来ずにいた。思わず声が出そうになるのも致し方ないことである。
    当然ディルックも揃いで作っているので過去同じ装いをしていた訳だが。それはこの際置いておく。
    閑話休題、
    「気にしないでくれ。ガイアは僕の隣へ」
    咳払いをひとつし、部屋に入って来てから所在なさげにしていた義弟を呼んだ。
    付き添っていたメイド長にはお茶を用意するよう頼み、ガイアが隣へ座ったのを口火に気を取り直して旅人と今後の確認をしていく。
    「今までの経験則から2、3日で元に戻ると思うんだけど…」
    旅人は先ほどよりも丁寧に事情を説明し、結局は当初の予定通りアルベドをここへ呼び、直接ガイアを見てもらう事となった。
    「多分アルベドはドラゴンスパインにいると思うから、一応騎士団で確認を取ってから探すよ。ジンに会えたらこの事と、ガイアが休む分は俺が代わりに騎士団の仕事をするって言っておくね」
    討伐くらいしか出来ないけど、と旅人は付け加える。
    「そうしてもらえると騎士団も助かるだろう」
    ガイアがこの調子だと自分の仕事にも支障が出る恐れがあり、闇夜の活動にも出れそうにない。旅人の提案にはディルックも同意した。
    テイワット全土を襲った大戦が終結して、日々モンドを苦しめていたヒルチャールやアビスの襲撃はなくなった。遠征に出ていた騎士の大半も戻って来ている為、今の西風騎士団は前ほどの激務ではなくなった、とは言え三徹が連日の残業になる程度であり、復興途中の今は武力よりも保全、雑用、検案、研究等に多くを割り振られている状況だ。
    ディルックのワイナリーのオーナーとしての仕事も、大戦前にはほぼ機能しなくなりそれでも立ち上がる人々の後押しと生活の保全には惜しげもなく力を貸した。
    あの悪夢の日から半年、徐々に街も活気を取り戻し、他国との外交も大戦前より軟化している事もあって、ディルックの本業はかつて無いほどの忙しさを見せている。今となっては体が二つあっても足りないと思う日々だ。
    ただ地脈の不安定さは以前より増し、発生頻度は高くなっている。聞いてみれば問題の地脈調査も依頼は騎士団であったらしく、このまま調査続行との事だ。
    そこまで話が決まった所でアデリンの入室を知らせるノックの音がした。
    ワゴンで運ばれて来たティーセットが必要最低限の音と共に手際よくローテーブルに用意されていく。
    「ガイア様にはぶどうジュースをご用意しましたよ」
    緊張を孕んだ様子のガイアに、メイド長が笑顔で話しかけた。
    「うん。ありがとう、アデリン」
    まだ硬い声音でガイアがアデリンに礼を言う。それにならった様に旅人とパイモンも彼女に感謝を告げると紅茶を口にした。
    「滅相もない事でございます。それでは、ごゆっくりご歓談下さいませ」
    ワイナリーのメイド長は始終完璧な様子で退室していった。
    喉が渇いていたのか、小さな喉をコクコクと鳴らしてコップの半分ほどまでジュースを飲んだ所で、ガイアはふぅと小さく息を吐いた。
    その様子を横目に、ディルックは口を付けていたティーカップをソーサーに戻し、そのままテーブルへと置く。一連の所作は美しく無駄がない。
    互いが一息ついた所でディルックは組んでいた足を解き、体ごとゆっくりガイアへと向けた。
    幼い体があからさまにびくりと震えたのが見て取れる。
    ディルックは隣の幼な子には分からない程度に小さく息を整えた。尋問したい訳ではないのだ。
    俯いているためガイアの表情は見えないが、努めて穏やかに聞こえるよう話しかける。
    「今の君がこの状況をどう理解しているか、聞かせてくれないか?」
    緊張を露わにする子どもを前に、結局はいつもの調子になってしまったが、ガイアはジュースの入ったコップを両手で持ち、その紫の液体をじっと見つめながら答えてくれた。
    「大人の僕が…地脈?…のせいで7歳の僕になったって」
    「うん、そうだね」
    ガイアの話を聞き、彼がちょうどここに来た歳であると知る。ディルックは軽く頷き、先を促した。
    「何日かしたら元に戻るから、それまではここで過ごすんだよね?」
    ガイアは思い詰めたような顔で、部屋に入って初めてディルックの顔を見上げた。薄群青の澄んだ瞳の中に瞬く星が微かに揺れている。丸くふっくらした頬にツンとした唇が小さな顔にのっているのを見て、これらの感触をディルックは知っていると鮮烈に思った。
    「そうだよ。…良くわかっているね」
    無意識に喉が鳴ってしまいそうになるのをグッと堪える。
    手を伸ばしたら最後だと思った。
    でもこの瞳をよく知っているとも思った。
    昔の自分はどうだった?
    この瞳を前に、この声を前に、その時の自分は間違いなく手を伸ばしていた。それこそ遠慮のカケラもなく。それが親愛であると思っていたから、思うままに義弟となった彼の手を引き、抱きしめ、そして時に親愛の証として、時に陳情の返事としてその柔い頬にキスを贈った。数えきれないほど。
    ああ、このまま手を伸ばしてしまいたい。
    ディルックを縋る様に見つめ、真っ直ぐ求めてくる小さな体が無性に愛おしくて仕方ない。
    その瞳に誘われる様に、ディルックの手に過分な力が入った時。
    「……ッ」
    自分の座る正面から、陶器の重なる音がした。
    そうやって意識の外に追いやっていた二人の客人が視界に入ってくる。
    彼らが今いてくれて良かった。
    彼ら二人の存在が抑止力になってくれている。
    「……はぁ」
    ディルックは小さく嘆息し、悩まし気に眉根を寄せた。彼からしてあらゆる衝動を抑え込んだ結果だったが、それを真正面から見ていたガイアは違った。
    「あ…ぁ…」
    幼いガイアの唇から落胆の声がこぼれた。
    小さな唇が震え、呼吸が浅く早くなる。
    見る間に青ざめていく顔色に、ディルックが何かを言う前にガイアが苦しげに言った。
    「大人の…にいさんは…、僕が嫌いなの?」
    その言葉を聞いてディルックの目が開かれる。
    「ここに来てから一度も、僕に…笑いかけてくれない…」
    声を詰まらせながら絞り出す様に、ガイアが不安を吐露した。聞いている方が辛くなる声音だった。
    失念していた訳ではなかったが、この時すでにガイアは自分が裏切りの因子を持ちここに送り込まれた事を自覚している。ディルック自身どこまでこの義弟に今の状況を伝えて良いものか悩んでいた。
    結果として彼の心はモンドを裏切ったりなどしなかった。敵地へと送り込まれた当初は違ったかもしれない。いつ彼の中で心が決まったのかもディルックは気付けなかったし、問いただした事もなかった。
    あの大戦の勝敗に直接関与はしていなかったが、彼が完全にあちらに付いていた場合の被害は計り知れなかっただろう。
    裏切った訳でなかった。だから兄である自分が弟である彼を邪険し嫌悪する必要など、もう理由も根拠もなかったのだ。
    それでも頑なに大戦後も変わらぬディルックの義弟に対する態度には、自分側の問題でしかないと自覚はしていた。
    「な、何言ってんだよガイア!ディルックの旦那がお前を嫌うわけないだろう?」
    「そうだよ!ね?ディルックさん」
    普段とは真逆に旅人とパイモンがガイアを擁護する。旅人の分かりやすい合図と勢いに押されディルックが二人の言葉を肯定した。
    「ああ…。僕は君を嫌ったりしていない」
    「でも…」
    「今も、君と出会った頃と同じように大切に思っているよ」
    目の前の、出会った頃そのままの姿をしているガイアを見つめていると、ディルックは胸が締め付けられる。
    あの頃の自分は初めて出来た弟が可愛くて大好きで、自分を好きになって欲しくて盲目的に親愛の情を向けた。ずっと愛おしいという気持ちを持ち続けた。あの全てが狂ってしまった雨の日まで。
    父クリプスの血でこの手を染め、義弟が自分の罪を悪気もなくディルックに告げた日。
    切り捨てた。正しく身を切る思いで彼への愛惜を引き剥がそうとした。
    何故あの時、自分は彼の悪意ある言葉をそのまま信じてしまったのだろう。
    その裏側にあっただろう、苦しみや傷心に気付きもせず、激情のまま彼を罵倒し、あまつさえ剣まで向けた。対話さえままならないほど昂ぶった。彼は自分以上にディルック・ラグヴィンドという男を知っていたようだ。何をどう言えば自分が我を無くしどう行動するのか、策略を得意とした騎士団の頭脳はまんまと自分を激昂させる事に成功したのだ。彼が自分に何を信じさせたいかなんて、分かりやす過ぎるほど始終一貫していたにも関わらず。
    脅迫じみた選択の言葉は殺傷力の高い刃となって彼を引き裂いたに違いない。
    後悔している。
    彼の祖国がどれほどのものか。
    この薫風吹き抜ける清しく美しい国を、
    彼を慕い真心を尽くすワイナリーの人々を、
    そして彼を愛し慈しんだ父との思い出を、
    覆し壊してまで、心傾ける価値があるなどと。
    彼の天秤が傾いてしまったのだと、一番否定しなければならなかった自分が認めてしまうなど。
    あの日、彼の手を離しそのままにしていた事を激しく後悔する事となったのも、あの大戦の真只中だった。
    ガイア・アルベリヒという男の意思など皆無の強襲だった。
    知っていたのだろうか。己の意思など持ち得なくなるであろう事を。
    どれだけ国を想い、どれだけ大切な人たちを作ろうと、それを自分の意思とは関わらず破壊しようとその体が動いてしまう事を。
    もし知っていたのであれば、どれほどの恐怖と孤独との戦いだったことか。
    この幼いガイアの挙動を当時の自分は愚かにも、単に父親に置いていかれ、いきなり知らない家の子になった不安がそうさせるのだと思っていた。
    いつも何かに怯え気を張っていた。
    でも今なら分かる。
    こんな子どもがいきなり敵地に捨て置かれたのだ。絶対にバレてはならない秘密をかかえ、何か一つでも間違えれば命に関わる綱渡りのような日々だっただろう。精神を犯しかねない状況でも彼は、誰にも告げず最期まで抗い続けた。
    そんな彼に安寧を、心穏やかな幼少の時を与えたいと思ってしまうのは何ら悪い事ではないはずだ。
    「ガイア、僕を含めここにいる旅人もパイモンも君の出自を知っている。何故君がここに来ることになったのかも」
    「……え?」
    ガイアの瞳が大きく開かれる。
    がたがたと震え出した小さな手からコップを取り上げ、テーブルへと置いた。
    悪い方向へととらえただろうガイアを察して、ディルックは穏やかに言葉を重ねた。
    「安心して欲しい。今のモンドは君の祖国と敵対はしていないし、大きな争いはあったけれど君の祖国もモンドも今は復興中だ。君は僕たちを裏切らなかった」
    「裏切らなかった…?」
    ガイアの幼く掠れた声が、一雫の希望を求めるように耳奥に響く。
    次をと切望する瞳が、瞬きさえも惜しんで。
    どこまでも深く、色鮮やかさが増すようだった。
    「そうだよ。誰も傷付いてはいない」
    それを聞いてガイアの顔がくしゃりと歪んだ。一瞬で薄群青の瞳に透明の幕が張り、音もなく丸い頬に涙がこぼれ落ちていく。
    「僕は…裏切らなかったの?このワイナリーの人たちを…?」
    「ああ」
    ディルックの肯定の言葉を聞き、ガイアが両手で顔を覆った。
    「…良かった……良かった…!」
    声を上げて泣き出した幼いガイアの頭を、ディルックは驚かせないよう優しく撫でた。
    抱えていたものの大きさを表すように体を震わせ、全身で安堵の言葉を吐き出すガイアが愛しくてたまらない。
    「本当良かったぞ、ガイアぁ」
    「ここに連れて来て良かった…」
    「何かオイラまで泣けてきたぞ」
    「これで安心して騎士団に行けるね」
    始終言葉を挟まずにいてくれた二人も口々に、安堵の声を上げる。
    ディルックが知るより柔らかい髪質になっている子ども特有の艶やかな髪を、長い指ですくように触れる。
    「…じゃあ、義兄さんは怒ってない?」
    義兄のその優しい手つきに落ち着いてきたのか、ぐすんと鼻を鳴らしガイアが甘えるように頭をディルックの手のひらへと傾ける。
    「怒ってないよ」
    「でも義兄さんは…」
    何も知らないガイアは、ディルックのどこか一歩引いた態度に納得がいっていないようだ。
    「今の君は騎士団の騎兵隊長として、僕はワイナリーのオーナーとして離れて暮らしている。それに見ての通り僕もいい大人なんだ。子どもの頃のように振る舞う事は出来ない。それは分かってくれるね?」
    「うん…それは分かるよ」
    小さく身じろぎしたガイアが小声で、でも目前の二人にも鮮明に聞こえる程度ではある声音で言った。
    「いつもにこにこ話しかけてくれてた義兄さんが、僕を見てため息ばかりついてるから、その…心配で、悲しかったんだ」
    「にこ…にこ……?」
    パイモンが衝撃を受けたようにガイアの言葉を復唱した。
    子犬のように義弟につきまとっていた自覚はあったが、言葉にして出されると衝撃が強い。
    「それは…すまなかった」
    自覚があっただけにディルックは自分の非を早々に認めた。
    「君を疎ましく思っていた訳ではないんだ。だから、許して欲しい…」
    そこまで言ってディルックはハッと息を飲む。
    不意に立ち上がった義兄をガイアは唖然とした表情で見上げた。
    「義兄さん?」
    「どうしたんだ?ディルックの旦那」
    ディルックらしくない粗野な行動に各々三人ともが疑問の表情を浮かべる。
    「今、エルザーの呼ぶ声がしてね。重要な決算の確認があったんだ。悪いが少し席を外す。紅茶も冷めてしまっただろう。新しいものを用意するよう、アデリンに伝えておくからゆっくりしていくといい」
    一息にそこまで言ってしまうと、ディルックは執務室を足早に出て行った。
    扉を閉めたところでようやく深く息を吐く。
    失態もいいところだ。
    咄嗟に出た言葉であったが嘘ではない。酒造組合会会長からは確認して欲しい書類があるとは言われていた。ただ、今でなくても構わないというだけで。
    ディルックは切り替えるように頭を振り前髪をかき上げた。
    こうなってしまったのなら手早く用事を済ませ、有耶無耶にしてしまった自分の言動をどう弁明するか決断しなければならない。
    ディルックは今回の地脈異常でもたらされた僥倖とも苦行とも言える事変を迎え討つため、まずは執務室から続くエルザーのいる執務スペースへと足を向けたのだった。







    慌ただしく執務室を出て行った主人を、見送って旅人は大きなソファーに座るガイアに目をやった。
    明らかに動揺している。
    (何やってんのディルックさん!)
    空は心の中で怒りの声を上げた。
    「ディルックの旦那も忙しいんだな〜。オイラたちはお茶でも飲んで待ってようぜ」
    フォローするようにパイモンが声を上擦らせながらもガイアに話しかける。
    「うん、そうだね」
    繕ったような笑顔らしきものを見せ、幼いガイアが良い子の返事をした。心が痛い。
    「俺ちょっとお腹空いちゃったから、アデリンに何かないか聞いてくるよ」
    体よく退室する理由を述べて旅人もソファーから立ち上がった。
    これは理由の一つや二つ聞かずにはおれないと、空は静かなる庇護欲の炎を心に灯す。
    ガイアの事はパイモンに任せて、旅人は部屋を出た。すぐにディルックとエルザーが話している二人の姿が見える。それを横目にオープンスペースの掃除をしているアデリンに話しかけ、ガイアの好きそうなものを用意してもらうようお願いしておく。嘘はいけないので。
    待つ事ほんの数分、
    「ディルックさん、ちょっといい?」
    話が付いたのかこちらに気付いたディルックに空は声をかけた。
    意外そうな顔をしながらもお察しなのだろう、ディルックは諦めたように近付いてくる。
    「あまり話したくはないな」
    牽制なのかディルックが珍しく一線を引いた。
    ただそこに強い拒絶はなく、その証拠に窓側のソファーの方へとディルック自ら案内してくれる。
    「俺が言いたい事、ディルックさんは分かってるよね?」
    意地悪な問い方をしているのは分かっていたが、やはり身も心も下の子になってしまった友人を放っておく訳にはいかないし少しの報復は許して欲しい。受け入れた直後、突き放すような非道な真似は看過出来ない性分なのだ。
    「ああ、あれは失態だった。ガイアには…悪い事をしたと思っているよ」
    案外素直に己の非を認めるディルックに、少し溜飲を下げる。だからと言ってなかった事にするつもりはないのだが。
    「理由を聞いてもいい?」
    ディルックは一瞬戸惑うような素振りを見せたが、すぐにいつもの表情へと戻して大きく息を吐いた。
    「正直、君にどこまで話せばいいのか分からない。僕もこういった立場で誰彼構わず弱みを見せる事は出来なかったし、相手もいる事だから余計にね」
    ディルックの淡々とした言葉を聞いて、空は疑問の言葉が浮かんでは消える。
    (どうして嘘をついてまでガイアを置いて、急に席を立ったのか聞きたかっただけなんだけどな…)
    それでも何か打ち明けてくれそうな雰囲気に、空は気を取り直して真剣に話を聞く体勢を作った。
    「僕の家では…、というかこれは小さい頃の習慣とでも言えばいいのかな。自分の非を認め謝罪した後相手に許しを請うとする。そこで相手が許してくれた場合、感謝の言葉と共に謝意のビズを贈るんだ」
    家訓か何かの話だろうか。
    要は、ごめんね、許してくれる?いいよ、ありがとう。という事であってるのかな?
    「ちなみにビズとは…」
    「ああ、頬にキスをする事だけど…」
    「キッス!」
    ディルックの言葉を遮りつい大声が出てしまい、空は慌てて口を両手で押さえた。
    「早合点だ。本当にはしない」
    「へぇ、そうなんだ…」
    否、本当にしようがしまいがそれはどっちでも良いが、それがディルックの急な退室と何の関係が…、と思った所で先ほどの執務室でのディルックとガイアの会話を思い出す。
    『すまなかった』『許して欲しい…』
    (あーー…)
    この流れでガイアの許しが得られれば、彼の義兄はありがとうの言葉と共にキスをしなければならなかったという訳で…。
    大人となった彼の葛藤はまぁ分かるから、しないという選択もある。ただ、あの幼いガイアはそれで納得しないだろう。絶対絶対期待する。見て分かる。
    その期待を予想してのディルックの急な退室。
    「敵前逃亡じゃん」
    「そんな物騒なものと一緒にしないでくれ」
    片手で顔を覆ってしまった彼からは大きな戸惑いを感じた。
    「えーと、ディルックさん。昔はしてたんでしょ?だったらいいんじゃない?」
    正直、そこまで気を回すというか、気にしなくても良いように思う。
    「それが簡単に出来たらここまで苦労していない」
    思わず逃げ出すほどだもんな…と旅人は納得した。
    「俺にも妹だけど下がいるから分かるよ?特に他に人がいたら恥ずかしいし。でも相手は7歳だ。俺なら迷わず抱きしめるし頬くらいならキスするけどね」
    もちろん、今のガイア同様子どもの姿であればの話しだけども。
    「そんなに嫌なもんかなぁ」
    「嫌ではないよ。ただ僕はあの子がどう育つのか知っているから」
    「あー…」
    かの義弟は有能な騎兵隊長という輝かしい肩書きがなければ、ただの飲んだくれの胡散臭い美形だ。
    「顔しか残らないもんね」
    共感は大事と義兄に同意しようと空も話を合わせに行った。
    「……そうじゃないんだ」
    童顔だが憂いの表情が麗しいモンドの貴公子は、ここにきて無駄に蠱惑的な色香を放つ。
    ディルックは近くのソファーに座り、疲れ果てたように膝に両肘を置いて頭を垂れた。
    どうやら自分が思っていた方向とは違う次元で悩んでいるらしい。
    拗らせ過ぎて普通の兄弟の距離感まで分からなくなってきてるのかな?と悠長にも空が思っていると、
    「僕は一度彼に振られている」
    爆弾がぶっ込まれた。
    「最初に言ったが、君にどこまで話せばいいのか本当に分からないんだ」
    (もう全部言ってしまったようなものでは!?)
    「待って、待って、ディルックさん、ちょっと追いつかない!」
    空は今までのあれやこれやを高速で脳内処理していく。待ってもらわなくても瞬時に分かってしまったが、少し時間が欲しかったのだ。
    「それって、ガイアをそういう対象で見てるって事?」
    内容が内容なだけに空はどうしても大きくなりそうな声をありたけの気力を込めて顰めて言った。
    「そうだね」
    こちらは最大級の機密事項を吐き出してしまった後だからか、どこか清々しく簡素だ。
    「もしかしてだけど、今のガイアは…」
    (あー!聞きたくないいいぃ〜!!)
    自分で聞いておきながら悶絶するという器用な真似をしながら、弾き出した答えに空は震撼した。
    なぜ、ガイアに対する態度がいつも以上にため息多めの無なのか。
    なぜ、弟のあんな可愛い懇願に応えることができないのか。
    もう答えは出ているようなものだったのだが、問題の義兄はもう体裁という言葉を捨ててしまったらしい。
    「はっきり言って、早く二人きりになりたい」
    (あ、これダメなやつだ)
    どれだけ彼の義兄が童顔だろうが見目麗しかろうが自由が強みのお国柄だろうが関係ない。焚き付けてしまった自分が言うのもなんだが、ダメなものはダメなのである。
    「そんな絶望的な顔をしないでくれないか。この国の神には誓えないが、あそこまで小さな子に手を出すつもりなんてない」
    結局何にも誓っていないし、例えばもうちょいいってたら手を出してたかも、みたいな発言もやめてもらいたい。
    「ただそうは言っても、君も知っての通りあのガイアはかわいい」
    (何言ってんだこの人)
    そろそろガイアとパイモンを待たせてまでする話なんだろうかと空が思い始めた頃、ディルックが前言を撤回するような雰囲気を出してきた。
    「僕がいくら距離を取ろうと限界がある事は分かって欲しい。きっとガイアは今の僕に8歳の頃の僕を求めてくる。分かるんだ。それにあの頃の僕なら間違いなく、あの子を抱きしめていたし、あのかわいい顔にキスもしていた」
    「それは今の話じゃないよね、昔の話だよね」
    「求められると、僕には言い訳の余地もない…」
    そんなどっかで聞いたような台詞を今ここで言わないで欲しい。
    「ディルックさん、ここより不便かもしれないけど俺の壺で預かる事も出来なくはないからね。絶対法に触れるような事はしないでね」
    常に凪いでいる人の心情を計るのは難しい。ただ空はこのいつも澄まして毅然としている貴公子が、いざという時どれほど簡単に人としての一線を越えてしまうかを知っていた。パイモンの怒らせてはいけない人ランキング1位は今だに変動せず、堂々とその名を冠している。
    「旅人。僕もやって良い事と悪い事の区別くらいはついている。ただあの、人として一番かわいい時の義弟がきてしまったんだ。僕はこれから数日、地獄のような我慢を強いられるだろう。だから今回の事案、1日でも早く解決して欲しい」
    友人の為と呼び止め動いた結果であったが、早々に後悔し始めてしまう。否、自分はまさに友人の無垢な心と体を守る事が出来たはずなのだ。恐らく…。
    空はなるべくここに顔を出し、かの義兄が法に裁かれるような事をしないよう、目を光らせておかなければと心に誓う。間違ってもあの手紙の事や貝殻の事は言ってはいけないと思った。何が引き金になるか分からない怖さを持っている事を改めて知った空は、パイモンにもよくよく言って聞かせねばと思うのだった。
    言いたい事だけ言ってしまうと、ここの主人で友人で友人の兄であり暁色の髪を持つ英雄は、義弟滞在中ワイナリー、エンジェルズシェア内での飲食の提供を約束してくれたのだった。






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    今後は支部にてアップ予定だったりなかったり。
    この後のお話

    7歳 今回のお話+夕食、入浴、入眠まで
    9歳 ガイア失踪 ディルック神の目取得話
    11歳 ディルック騎士団入団話
    13歳 ディルック騎兵隊長 ガイア騎士団入団話
    15歳 交際スタート
    17歳 クリプス様死亡 雨の日の決別話
    19歳 ディルック国外放浪話
    21歳 ディルック帰国話
    23歳 現在 過去の自分が義兄に暴露しまくった後始末に忙殺される騎兵隊長のお話


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    のくたの諸々倉庫

    DONE黎明よ、どうか断罪を(完)/ディルガイ
    おわり!
    「残念ながら別人だぜ、あいつは」
    「……本当、なのか」
    「ああ、見た目は俺そっくりだけどな。なんなら俺の生まれ変わりかもしれないが、記憶の引き継ぎに必要な『俺』は今ここにいる。
     つまりは姿形だけそっくりな他人だよ」
     白い部屋。僕が贈ったものだけが、色を持ってそこに佇むこの場所で──僕を見るガイアの目は、さも愉快そうに弧を描いた。
    「ちなみにな、お前今結構危うい状態にあるぞ。ここにいるほんの短い時間以外、前からずっと寝てなかったもんな」
    「……そんな、ことは」
    「あるんだよ、過労死しかけてもなお気付かないとか余程だぞ。
     それとも俺と、ここで一緒に楽しく暮らすか?」
     ──あるいはそれは、僕がそれを拒むのだろうという確信と共に放たれた言葉だったのかもしれない。
     それでもひどく、心は揺れた。彼と一緒に、ここで、永遠に。
    「……それも、いいかもしれないな」
    「っ……おいおい、どうしたんだよお前。そんなにお疲れだったのか」
    「言い出しておいて慌てるな……疲れているのは確かだが、君と過ごせるならそれも、悪くないと思っただけだ」
    「冗談だろ……そうなればお前、もう二度と目を覚ますことなく死ぬ 3518

    @ay8mk5dg

    PROGRESS騎士団で雪かきをするガイアにくっついてお手伝いのおうるくと🐰がぬ。はしゃいでいる二匹を見て感慨深くなるディルックとガイアは昔のことを思い出して……(作業進捗)
    おうるくと🐰がぬのクリスマス(+ディルガイ)「おーい!こっちは片付いたからアンバーは向こうのほうに回ってくれ!」
    「わかりました……あ!先輩!サボらないでください!うさがぬちゃんもおうるくちゃんも一生懸命なのに!」
    「コーヒー飲んでただけじゃないか」
    「お昼休みはもうちょっと後です!」

     モンドが一面銀世界に包まれた翌日のこと。騎士団本部ではあまりのドカ雪にこれでは生活もままならないと救援が届き、自分たちの本部の前の道も視野に入れつつ町中の雪かきを手伝うこととなったのである。

    「ふん!」
    「ぬ!ぬ!」
    「よしよし。お前たちは団員にタオルとカイロを配りに行ってくれ。それが終わったら休憩に入っていいぞ。転ばないようにな」
    「ぬ!?」
    「ふん……!」

     ガイアが話しかけているのは小さな兎と手のひらサイズのフクロウ。名前はうさがぬとおうるく。兎の方は嵐がひどい日にディルックが保護し、回復するうちにアカツキワイナリーの従業員になった経緯がある。そして葡萄畑を出入りしていた兎に一目惚れしたフクロウは『なんて可愛い子だ!』と羽をプレゼントしようとしたところ、ディルックの『うちの子に手を出すな』という固いセコムに打ちのめされたところをガイアが可哀想だと騎士団本部で拾ってアドバイスしたところから懐かれてよく仕事を手伝うようになった経緯がある。今ではなんだかんだあって一緒にいられるようになった二匹は家はワイナリーの敷地内に一緒に住んでいるのだが、偶にガイアの仕事の手伝いという名目で城下に遊びに来ることがあるのだ。そして今日はそのお手伝いというわけで……
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