花城バースデー誕生日と一言で言っても祝い方は様々だ。
謝憐は困ったようにアクセサリーショップの前でキョロキョロと視線を泳がせている。
「どうしたの?」
「三郎・・・これでは私への贈り物ではないか?」
「僕が哥哥に贈りたいんだ。受け取ってもらえることが、僕へのプレゼント」
そう言うと、謝憐の手を取り花城は高級そうな黒い扉をくぐる。
今日は花城にとっても謝憐にとっても特別な日。花城の誕生日だ。
愛する人の誕生日。謝憐は彼が喜ぶものを贈りたいと思っていたが、花城は大抵のものは自分で手に入れられるし、自分はあまり金銭的に裕福でもない。目の肥えた彼のこと、並みのものでは期待を裏切ってしまう。
すっかり困り果て、友人に相談したところ、彼はトレードマークの扇子を開いてこう言った。彼に直接聞いてしまえばいい。サプライズはとても重要だが、初めて過ごす誕生日。失敗をしたくないなら、相手に欲しいものを聞いて2人で買いに行けばデートにもなる。
謝憐は感心して、彼からのアドバイス通り誕生日当日、花城に何が欲しいかを聞いてみた。
すると彼の答えは謝憐が想像していなかったもので、面食らう。
「ほ、本当に、君の願いはそれ?」
「はい、あなたに僕が送ったアクセサリーを身につけて欲しい」
「えええええ」
そして、彼お気に入りのジュエリーショップに笑顔のまま連行されてしまった。
「本当に買うの?」
「えぇ、もちろん」
二人は物々しい雰囲気の男たちが立つ入り口から店内に入る。豪奢な内装を見て、謝憐は口角がひくつくのが分かった。
これは・・・マズい・・・
どこからどう見ても超超超高級店。黒を基調にし、時折赤や青の差し色の入ったカーテン。絨毯はふかふかで座った椅子は本革張りソファだ。
思わず恐縮して姿勢を正し、コンパクトに体を纏める。
「哥哥?どうしたの?」
「三郎、本気でここで買う気かい?」
失礼にならない様に、極力彼に耳を寄せて小声で話す。
「問題ないよ。この店のアクセサリーはとても気に入ってる。僕がつけてるこれもここのデザイン」
花城は自分のネックレスを指差した。
シルバーで出来た蝶モチーフのネックレスは少し不思議なデザインで、アジア人としては異質の美貌を持つ彼にとても似合っている。揺れるとほんの少しシャラリと鈴の様な音が鳴るのは、謝憐も気に入っていた。
「・・・・わかったよ」
花城が気に入ってるのなら、受け入れよう。
謝憐は色々なことを諦めて、花城の言う通りにすることにした。
しかし、本当の地獄はここから始まることにその時は気づいていなかった・・・
「駄目。こんなものを哥哥の身につけろと?」
「失礼致しました」
このやりとりを見ること2時間。正直に言って謝憐は飽きている。サービスで出された飲み物はとっくに3杯目を空にした。
花城は至極真剣にスタッフとアクセサリーを吟味していて、こちらを構ってる余裕は無さそうだ。
これでは本当にどちらの誕生日プレゼントなのか分からない。
この時まではお行儀よく座っていた謝憐だが、流石に退屈を感じて小さく欠伸をする。
「哥哥、ごめんなさい」
「ん?」
「退屈だよね?」
綺麗な眉を寄せて捨てられた子犬の様な顔をするものだから、謝憐は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫!!とても綺麗だから」
「そう?哥哥はどれか気に入った?」
並べられた絢爛豪華なアクセサリーたちを眺めると、ふと気になるものを見つける。
それは紅の宝石一つのシンプルな指輪だった。
「これ」
彼が指差したアクセサリーを見ると、花城は眉を上げた。
「分かりました。これを」
「待って!!」
値段も見ずに購入しようとする花城を謝憐は慌てて止める。
「いや、流石にマズいだろ」
「どうして?哥哥が気に入ったものでしょ」
「それはそうだけど」
「なら、決まり」
つけるのは謝憐なのだから、謝憐が気に入ったものが良いと花城は譲らない。
相変わらずの金銭感覚に目眩を覚える。
額を押さえた謝憐の手を花城はそっと取ると、先程の指輪を左手の薬指にはめた。
「ッ!?」
いくら鈍感な謝憐でもその意味が分からない訳がない。
こんな公衆の面前でその指に指輪をはめられて、一気に赤面する。
「さ、三郎!!」
指輪をはめた手をライトに当てると、ダイカットにデザインされた指輪は白銀の不思議な光を放ち、中央に在る紅の宝石はキラキラと輝いてその存在を充分に至らしめていた。謝憐の美しい指と相成り、その手は一つの芸術品の様に完成されている。
花城はほぅと感嘆の息を吐いた。
「うん、ピッタリだ。とても似合う」
夢見心地の声に、それ以上何か言えるわけもなく、謝憐は最高の賛辞を素直に受け入れることにした。
家に帰ると花城からもうひとつ同じジュエリーショップの袋を渡される。
「え?」
「哥哥のことだから、この指輪を無くしたら大変だと言って、常に身につけてなんてくれなさそうだから」
自分の行動を見透かされて、思わず乾いた笑いを浮かべ、渡された袋から出てきた箱を開く。
そちらはネックレスだ。花城が身につけているのと同じようなデザインだが、彼のものより細く装飾少ない。
「こんなにたくさん貰えないよ」
「僕へのバースデープレゼント。忘れてない?」
「うぅ・・・」
得意顔でにっこりと笑い、花城はネックレスを手に取ると、謝憐の指から指輪を外した。
「?」
首を傾げる謝憐の目の前で、ネックレスに指輪を通す。
「こうしておけば、失くさない」
「なるほど」
「僕がつけて良い?」
謝憐がコクリと頷くと、花城は背後に周り、艶やかな長い髪を束ねて片側に流す。すると、白い頸が露わになり花城の手が一瞬止まる。
「三郎?」
「少し我慢して」
その細っそりとした湾曲にネックレスを丁寧に付けた。
「苦しくない?」
「平気。ありがとう」
「うん・・・すごく似合ってる・・・最高のプレゼントだ」
花城は嬉しそうに目を細め、破顔した。
「・・・三郎。その・・・プレゼントなんだけれど」
もじもじとして謝憐は頬を染めながら、花城を見上げる。
「やっぱり、君にあげたいんだ」
「たくさんもらったよ?」
「私は何も渡せてない」
かと言って何も用意出来てないからと、謝憐は少しだけ背伸びをして、花城に口付ける。
「・・・プレゼントは私・・・なんちゃって・・・」
えへっと笑い、次の瞬間、首まで真っ赤になり顔を両掌で覆った。
「忘れて!」
あまりのことに、本日の主役は呆然としたあと、耐えられなくなり肩を震わせる。
「哥哥、ありがとうございます」
「笑ってるじゃないか」
拗ねた様に言えば、花城は笑気を吐き出して、謝憐を抱き上げた。
「では、真剣にあなたを頂いていいのでしょうか?」
黒曜石の奥に宿る灯火は、欲に駆られて揺らいでいる。
「・・・いいよ」
逞しい首に腕を回して、肩口に顔を埋めた。
それは恥ずかしがり屋な謝憐の合図。それをしっかりと見極め、花城は彼を寝室に運ぶと、ベッドにそっと横たえた。
そのまま自分もベッドに乗り上げると、その重さにベッドは抗議するように軋んだ音を上げる。
「哥哥」
伺うように愛してやまない神様の顔を見つめると、了承した様に彼は瞼を閉じた。
薄い唇を重ね合わせて、何度も吸い付き合う。それも足りなくなると、口を開けて互いの歯列をなぞり舌を絡めた。
ちゅく、ちゅくと耳を塞ぎたくなるような水音と吐息が合間に漏れる。
「さ、んら・・・」
「哥哥」
襟元を乱して白い首に吸い付くと、謝憐はあ・・・と声を上げた。
「三郎、待って?」
「ん?」
謝憐は花城を押し戻すと、上体を起こして少し乱れた己の服に手を掛ける。
「な、にを?」
「君は見ていて」
花城の目の前で、謝憐は笑みを浮かべながら一枚一枚、服を脱いで、床に落としていく。
甘美な時間に、花城は無意識に喉を鳴らしてしまう。
「君が贈ってくれたアクセサリーだけを身につけてる・・・どう?」
「・・・素晴らしいです。この世界であなたほど美しく、清らかで、尊い人はいない」
「似合ってる?」
胸の真ん中にあるリングを弄りながら、悪戯に謝憐は尋ねた。
「はい、本当によく似合ってます」
「ふふっ、良かった。少しは君が欲しいものをあげられた?」
「こんなに素敵な贈り物を頂き、三郎はどうにかなってしまいそう」
「どうにかなるのはまだ早いよ?」
花城は今度こそ心臓が止まりそうになる。こんなに魅惑的な殺し文句をどこで覚えてくるのだろう。
「じゃあ、どうにかなる前に、哥哥をもっと頂戴」
可愛いおねだりに、謝憐は慈愛の笑みを浮かべて腕を開く。
「おいで、可愛い私の三郎。生まれて来てくれて、ありがとう」
その日、花城は極上で甘美な贈り物を堪能した。