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    穂山野

    @hoyamano015

    読んでくれてありがとう。
    幻覚を文字で書くタイプのオタク。とうの昔に成人済。

    スタンプ押してくださる方もありがとう。嬉しいです。

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    金荒 / マッキャリ/ 新中/リョ三

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    穂山野

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    関東に大雪の予報が発令され金城と荒北が二人で過ごす雪の日の話です。

    2016年の金狼2で発行した本の再録。
    頒布時お手に取っていただいた皆様には心より感謝しております。本当にありがとうございました。

    #金荒
    goldenDesert
    #BL

    静止この二日間、急に冷え込んだせいか古いアパートの給湯器は調子が悪かった。
    俺はなかなかお湯にならない給湯器と格闘しながら洗い物を片づけていた。
    着ぶくれして背を丸めている荒北がテレビを眺めつつ「明日雪だってさァ」とげんなりした声で言うのが聞こえた。
     
    狭いベッドは大きな男二人にはさすがに不便で、布団を取ったとか取られたとか、寝相が悪いだとか秋までは揉めることも何度かあった。
    千葉から両親が様子を見に来ることはなかったし、ベッドを処分したところでなんということもない。
    布団を二枚並べて敷いたほうが揉めごとが減るんじゃないかって何度か話した。
    けれど二人とも、布団を上げたり下げたり几帳面に毎日できるはずもなく、それでなくても狭い部屋がまた狭くなるんじゃないか、という結論に達し、そのうちに一緒に過ごす初めての冬がきた。
    お互いの温かさがよくわかってから揉めることはなくなった。
    また暑い季節が巡ってくるまでこの話は持ち越しだ。
    半分一緒に住んでいるような状態は待宮くらいしか知らない。
    そのことはまだ誰にも話したことがない。
    俺は朝、目を覚ますのがだいぶ遅くなった。
    こんな冬はたぶん初めてだ。
    俺の心とか体とかそういうものは全て、荒北の持つ熱の中に在るのだと思う。
    それはときどき上手く息ができないくらいに熱い。
     
    コタツから荒北が呼ぶのでニュースを見にいくと、関東の積雪の可能性を示す数値は高かった。
    地元局のアナウンサーが「停電の備えを」「不必要な外出は控えてください」と真剣な表情で言っているのを二人で眺めていた。
    自分はずっと南関東で暮らしてきたからあまり雪が降るのを体験したことがない。
    暖かい地域では、雪への備えが不十分で交通網はすぐにマヒしてしまい、停電が起きたり転んで怪我をしたりと雪に振り回される。
    雪かき用のスコップなんて常備していないから、ホームセンターからはスコップがなくなり、玄関先の雪をかくのにもひと苦労だったものだ。
    「金城ォ、もし停電したら懐中電灯とかあんの?うちにもあったような気がするけど、たぶん小さいやつしかねえなあ」
    そんな心配をした荒北も
    「まあ、どうせそんな降らねえだろうけどさァ」
    と、半信半疑な様子だった。
    「そういえば引っ越すときに祖父から渡された非常時用の箱がある」
    『なにかあったときのために』
    と渡した箱は二つ。「なにもないのが一番いいけどな」祖父はそう言いながら俺に渡した。
    「それってどこにあんの」荒北が俺に問う。
    「押入れにあるはずだが」
    「じゃあ、片付け残ったやつ俺やっからそれ出して」とさっきまで「もう俺コタツになりたい」とか言っていたのに荒北は少しワクワクした様子で台所へ向かう。
    その様子を可笑しく思いながら、俺は押入れの中を覗き込み、箱を二つ取り出した。
    ひとつはストーブ。
    電気を使わない昔ながらのもの。
    もうひとつには懐中電灯と電池。賞味期限の長いドロップと、缶に入った乾パン。そして十徳ナイフ。ペットボトルの水が二本。あとは細々したものが詰め込まれていた。
    丁寧に詰め込まれたものを見ていると、いつの間にか荒北が一緒に箱の中を覗き込んでいた。
    「お前、大事にされてたんだなァ」
    茶化すでもなく、呆れるでもなく、呟くようにそう言った。
    ひとりで暮らしてみて初めて、どれだけのことを人に頼っていたのかわかった。
    そして自分がどれだけ大切に思われていたのかも。
    「あとで灯油、買いにいかないとな」
    そう言うと荒北が「他にも足りないもん、買っとこうぜ」と、そう言いながら箱を開け、ストーブを箱から出した。
    「こういうのばあちゃんちにもあった」と給油口の蓋を開けてみたり、持ち上げてみたりしている。
    「さっきまで『寒いから早く寝たい』って言ってなかったか」
    「金城だって『そうしよう』って言ったじゃん」
    「遠足前の小学生みたいになってるぞ」
    「お前だって似たようなもんじゃねえか」
    そう言い合って二人で笑った。

    外は冷えた空気が張り詰めていて、ちょっとした拍子で夜ごと砕けてしまいそうだった。
    子どもの頃から何度かあった「雪の降る日」のことを思い出す。
    吐く息は白く、二人とも冷たい風に首をすくめ、あまり口を開かなかった。
    特になにを話すこともなく、遅くまで開いているホームセンターまでの道のりを歩く。
    もう何度こうやって一緒に歩いたかわからないくらい通い慣れた道を、ただ黙って歩く。
    そのうちにどちらからともなく、どうでもいいような話の欠片が零れたらそれを拾い合い、笑ったり怒ったりする。
    話の内容よりも、その行為そのものがとても大切なものだ。
    話などしなくても傍らに相手の気配を感じていればそれだけでよかった。

    ホームセンターに着くと、雪の予報で出番だとばかりに店頭に引っ張りだされたスコップがもう並んでいた。
    荒北はなにが面白いのか、興味深そうにその形状や材質を見たりしてなかなかそこから動かない。
    閉店の時間まであまり時間がなかった。
    「先に中、行ってるぞ」
    そう声をかけると「え、もう行くのかよ」と慌ててやってきた。
    カイロと灯油を入れる一番小さいポリタンクを買ってレジへ向かおうとすると荒北が「これすんげえ小さくねえ?」とカセットコンロを持ってきた。
    「ガスは大丈夫じゃないか?」
    「でも安いしさァ、これ買っといて今度鍋やるとき使おうぜ」
    「もう雪関係ないぞ」
    そう言って笑うと、ンなことねえよ!と小脇にかかえていた湯たんぽを俺に見せる。
    ストーブでもお湯沸くしさ、そう言いながらレジへ向かう。
    「どのくらい積もるだろうな」
    「いくら積もるって言っても、この辺りじゃそんなんでもないんじゃない」
    「スコップいいのか」
    「あー、なんか面白い形のやつがあってさァ」
    荒北はスコップの形状がいかに面白いかを熱心に説明する。その様子が面白くてそれを一本買っておくことにした。
    置き場所に困ったら、部室にでも置いておこう。そう言いながらスコップを抱えて、ガソリンスタンドへ向かった。
    セルフ方式のガソリンスタンドで灯油を買うの初めてだった。
    無事に灯油が出てくると二人で感嘆の声を上げた。
    「あとなにか食料を買っておこう」
    次は深夜までやっているスーパーへ向かう。
    スーパーは、いつものこの時間よりずっと混み合っていた。
    パンやインスタントラーメン、飲み物。お互いの好きな菓子などを買い、会計を済ませて外へ出ると荒北が「考えることは皆同じってことかァ」とベプシを両手に抱えながら言う。
    積もるのか、それよりもまず降るのかどうかもはっきりしないというのに俺たち二人も含めてスーパーにいる人は皆、なんだかソワソワとしているように見える。
    いつもならこの通りの灯りはもっと少ない。
    雪が降りだすのが待ちきれない子どももいるのかもしれない。
    小学生くらいまではそんなこともあったな、と思う。
    中学生になってからは、自転車に乗れないから雪の日はあまり好きではなくなった。高校生だった三年間は言うまでもない。
    雪の予報を聞き、朝早くに起き出して、期待を込めてカーテンを開けたのはもう遠い昔のことだ。
    今なら自転車に乗れなくても雪の日も楽しいような気がした。
    荒北も寒そうに首をすくめているのになんだか楽しそうだった。
    雪が積もるのを見たらどんなふうに笑うのだろうか、ってそんなことを思う。
    「帰ったらストーブつけてみようぜ」
    そんな些細なことを嬉しそうに話す。
    祖父はあのストーブや食料をたぶん、なにか困ったときに一人だったらと心細いだろうと持たせてくれたのだろうと思う。
    まさかこんなふうに誰かと一緒に笑いながらストーブをつけていることを祖父は想像していなかっただろう。自分ですら想像してはいなかった。
    いつか知らせたい。
    なにを言われたとしても祖父には知っていて欲しい。


     
    早朝、寒くて目を覚ますと自分の掛け布団は荒北に巻きついていた。
    雪の予報が出るくらいだ。いつもよりずっと冷え込んでいる。それにしたってここまでのことは今までなかった。
    布団を取り返そうとすると更にぎゅうと丸くなる。
    びくともしない荒北をしばらく眺めてからため息を吐き、布団を取り返すのを諦めることにした。
    以前、荒北が泊まると使っていた客用の布団を引っ張りだして敷き、そこへ移動する。
    冷えた布団の中に潜り込むと、人の体温がどれだけ温かく、それがあることがさも当たり前のように思っていたけれど、それは違うんだってことがしみじみとわかる。
    布団が冷たくてなかなか寝つけない。ベッドで丸くなる荒北をなんとなく恨めしげに見上げる。
    そういえばいつもこのくらいの時間になると外の通りから声がするのに今日はとても静かだった。
    ふと思いたち、カーテンを開けてみるともう雪が積もり始めていた。
    周りの風景が少しずつ白く変わっていく。
    雪は音もなく、つぎつぎと空から落ちてくる。
    細く窓を開けて、手を出し、手のひらに落ちた雪が溶けるのを眺めながら、前にこんな景色を見たのがいつだっただろうと、しばらく外を眺めていた。
    振り返ると荒北は相変わらず丸くなって眠っている。
    雪が降っている、と荒北に教えようとしてその冷えた手で頬に触れた。
    荒北はそれにびっくりしたらしくひどく怒られた。


    冷えた手のひらが頬に触れたことで目を覚ますと金城が窓の外を見ながら「雪積もってるぞ」って言った。
    そんなの昨日からわかってんだろ?ってすごく厭な声を出したと思う。
    何年も雪なんて敬遠してきた。特にいい思い出もない。自転車乗れないしさ。
    なにより寒くてしかたがない。身体の芯まで冷えて肘が痛いような気がするときもある。
    なのに、昨日金城がストーブ出してきたとき「雪、降んねえかな」ってなんかそんなこと思った。
    不機嫌な言い方をしたら金城が振り返って「あ、すまない」って言った。
    さっき外を眺めながら俺を起こした金城じゃない。
    もう子どもみたいな顔して、興奮してた金城じゃなかった。
    あんなことあんまりないのに失敗した、って頭の片隅にあるんだけど、まだちゃんと目が覚めない。
    半身を起こしてぼんやりしていると金城がもう一度「すまなかった」って言った。
    「まだ早いから寝よう」って床のほうから声がした。ベッドに戻ってくる気配もない。
    見下ろすと、布団が敷いてあって金城はそこに収まってる。
    「なんで布団出してンの」と不機嫌な声のまま金城に問うと「お前が掛け布団を全部取るから」と金城がちょっとムッとしたように答えた。
    布団に潜り込んだ金城は背を向けていて、もうひと言も発さない。
    あっという間に部屋は、壁に掛かってる時計の秒針が動く音が聞こえるくらい静かになった。金城、と呼んでも返事をしない。
    こういうふうになると金城はなかなか返事をしない。ケンカしてもなかなか折れない。妙に意地っ張りなところがある。
    高校時代、こいつに憧れた奴はたくさんいるだろう。
    性別にかかわらず、いろいろな意味で。
    そして、自転車に乗り続ける後輩が金城の背中を追って、洋南大学にたぶんくる。
    けどネ、お前の憧れの先輩は意外と子どもっぽいところあンだヨって。
    目を輝かせて金城先輩と呼ぶ姿を眺めながら俺は思うだろう。
    知らなくていい。
    俺だけが知ってればそれでいい。
    つまらない優越感だ、わかってる。
    それでも俺だけが知ってればいい。

    金城のアパートは膝丈くらいで明るい緑に黄色い筋が入った葉をつける木が隣の建物との境を示す壁のようにぐるりと植えてある。
    俺はその木の名前は知らない。
    春先からここに立ち寄るようになり、少しずつその回数は多くなっていった。しまいには月の半分以上をこの部屋で過ごすようになった。
    ついこの間まで、垣根の木には小さく固そうな緑の実がついていた。
    初めはそれに気がつかなかった。まるで隠れるようにその実はつく。日ごと、少しずつ赤くなり、真っ赤に膨らむその実は葉をかき分けないと見えない。
    まるで秘密のように。誰にも知られないように実をつけて、赤くなる。
    それに気づいたとき、俺は自分たちのことをそこに重ねた。
    ここに立ち寄り始めた頃はまだなにもなく、固い緑色の実が赤くなるように少しずつ感情は色を持つようになった。少しずつ赤く染まった感情が爆ぜ、お互いの全てを自分だけの秘密にしながら、赤い実が葉に隠れるようにこの部屋に身を隠した。
    だから俺だけが知っていればそれでよかった。
    葉の下に隠れて赤くなる実のように。他は誰も気がつかなくていい。
    あいつの強さも弱さもなにもかも全て。
    それが独占欲だということに気がついたとき、俺は情けなくなって自分を嗤った。


    寝づらいから布団を引っ張りだして、冷えた布団に包まっているというのに、荒北が上から枕を投げ下りてくる。
    「それじゃ意味がないだろう」
    そう言っても「ハイハイ」と言うだけで布団に潜り込んできた。
    人間湯たんぽがいないから寒いんだよ、そう言って枕に顔を乗せたと思ったら、
    「すっげー積もってンじゃん!」と布団から飛び出して窓から外を見ている。
    そして振り返り「あとで外行ってみようぜ」と言って目を輝かせた。
    小学生みたいにはしゃぐ姿に吹き出してしまった。それに気がついた荒北が布団に戻ってきて「金城、こっち向けって。ゴメンって」と笑いがこもった言い方をする。
    それでも背を向けたままでいると「ほんっとお前意地っ張りだよナァ」と呆れたように言い、冷えた唇が頸筋に触れたと思ったら、ガブリと歯を立てて噛みついた。
    観念して体ごと荒北のほうを向くと荒北が満足気に顎の下に頭を入れた。
    「箱根は雪、降っただろう?」
    「回数は多いかなァ、でもこんな積もンのはあんまなかった」
    寮への帰り道、東堂の背中に雪入れて怒られたり、ふざけて雪玉作って投げ合ってたら福ちゃんが本気になっちゃって、新開と「ヤバイヤバイ」って走って逃げたとかそんなことあったな。
    泉田は綺麗なフォームで投げんだけどノーコンでさ、と箱根学園の思い出を話す。
    「お前、どんなだった?高校時代」
    「千葉はあんまり雪が積もらないから、雪がチラついただけで皆、浮足立ってたな」
    「え、お前も?」
    「そりゃ、たまにしか降らないんだ。嬉しくもなるサ。小野田と鳴子、今泉の雪合戦が白熱したところにたまたま通りかかったんだ。小野田が失投した雪玉が俺の後頭部に当って。三人に土下座する勢いで謝られた」
    顎の下で荒北が笑う。荒北は小野田のそういう話を聞くのが好きだ。
    「去年もセンター試験終わってからだったな、雪」
    「あー、そういやそうだった」
    あのとき、一年後にこうやって雪が降るのを見てることをお互い想像していなかった。
    荒北の頭に顎を乗せ、その体温が今、自分だけのものであることが不思議だった。大学へ入学して再会したとき、これ以外の選択肢があったのかどうか。
    友人でもいることは不可能だったのかってときどき考えることがある。
    でも荒北の存在を誰かに渡すことはできなかった。
    「どのくらい積もってんだろ」
    「十五センチくらいかな」
    「雪降るの楽しいなんてサァ、もうずっと思ったことなかった」
    「今日は楽しそうだ」
    「そりゃお前いるし」
    そう自分で言って恥ずかしくなったのか荒北は布団の中に潜り込んだ。


    人の体温はとても心地がいい。温かくて、金城の鼓動を聞いていると眠りに引き込まれる。
    いつも狭いところで貼りついたように寝ていると、その体温があることが当たり前のような気がしてきてしまう。
    でもそれが決して当たり前のことではないことを、ケンカしたり、どちらかがいない夜、たぶんお互いに思い出す。
    だからその体温を欲して、確かめようとする。
    形はさまざまに発露する。ただの衝動のときもある。劣情に苛まれて意味もなくヤりたいときだってあるけどさ。
    でもセックスして、それだけで足りんなら別になんの穴だっていいだろ。誰だっていい。
    でもそうじゃない。金城だから一緒にいるんだってこの体温を感じるとき、そう思う。これがどこへ繋がってるのかなんて、今はまったくわかんねえけど。
    でも今、俺たちはお互いが必要で。そんな感情が一時間でも長く、一日でも長くってそんなことを願う。

    通りからまったく音がしない。
    部屋の中もお互いの鼓動だけ。
    テレビも、灯りも暖房もついていない。
    雪はいつまで降るのか、どれくらい積もる予報なのかとかそれすら調べてもいない。
    二人ともスマホはテーブルの上に置いたままで、なにも知ろうとしてない。
    「腹は減らないのか」って金城が聞く。
    減ってないこともないけど今はいいや。
    今、この体温以外なにも欲しいものはない。
    金城は傍らにいる。その鼓動を聞いている。欲しいものはもうここにある。
    ぐりぐりと頭を擦りつけながら「もうちょっと寝ようぜ」って言うと金城が笑う。
    何時なんだろう、眼鏡を外した金城は壁に掛かっている時計が見えない。
    何時だっていいじゃん、そんなことを思いながら金城のスウェットを引っ張る。そしてその体温でゆるゆると眠りに引きこまれていく。
    灰色の空からは雪の粒が相変わらず落ちてきて、部屋には薄い光が差し込むだけだった。雪はしんしんと降り積もり周りの景色を全部白く塗り替えていく。
    その真っ白な雪の中に赤い実も隠れている。
    爆ぜてしまいそうに赤いあの実も雪の中で、誰からも見つかることはないだろう。


    目を覚ますと金城がストーブに火をつけたところだった。灯油の匂いがなんか懐かしい。
    「起きたら停電してたんだ」と言いながらストーブにヤカンを乗せている。
    俺のダウンジャケットを持ってきて投げた。「なにか着ないと寒い」と自分もスウェットにコートを羽織ってる。
    見慣れた無精髭にスウェット。それにカチッとしたダッフルコートを着てヤカンを持ってる姿が可笑しくて吹き出すと、金城が不思議そうな顔をした。
    あいつ格好いいなって皆、言う。けどなんか無頓着って言うか、自覚が薄いっていうのか。よくわかんねえけど、俺はお前のそういうとこ好きだわ。言わないけどさ。
    「なにか食べるだろう?」金城が聞く。
    「俺、昨日買ったパンでいいや。お前はなに食うの」そう言うと袋からカップ焼きそばを取り出して俺に見せた。
    お湯が沸いたらコーヒー淹れて、昨日買った湯たんぽにもお湯入れてみようって金城もやっぱり少し浮かれてる。
    窓越しに見る外の景色は真っ白で、雪はまだ止む気配がない。
    「そういや、なんか連絡とかあった?」
    「スマホ、充電切れてた」焼きそばを食べながら金城がどうでもいいという感じで答えた。
    ま、いいかとひとりごち、パンを齧る。金城はメロンパンを選んで俺に渡した。コーヒーを入れたマグカップはあっという間に冷めていく。
    「これでさァ、外出てみたらこの世界に俺たちだけだったらどーする?」
    もぐもぐと焼きそばを頬張っていた金城が「別に構わないな」と真面目な顔で言う。
    「今日が世界の終わりで、虫の大群とかきたら?」
    「イナゴならなんとかなるってこの前部室で待宮と話してたじゃないか」
    そうだった。
    待宮と俺はくだらない話をしていて、大群でもイナゴならなんとかなりそうじゃないか、捕まえて食ったらいいんじゃないかって話になったんだった。
    「二、三日閉じ込められてもいいくらいだ」金城が青のりの瓶を振りながら言う。
    「レポートやんなくていいしな」と俺は寒さで固まりそうな身体を伸ばした。
    でも俺は、ぼそりと金城が言う。
    「できるなら荒北と一緒にいろんなものを見たいし、いろんな所へ行きたい。そこで会った人に俺の恋人ですってちゃんと言いたい」
    二つ目までは予想してた。金城はよくそういうことを言うから。
    ぽかんとしていると金城が「駄目だろうか」と俺の顔を見た。
    「駄目なわけがねえだろっての、バァカ」
    そう言うと金城がちょっとホッとしたように笑う。
    俺は、お前とならどこへでも行けるような気がすんだよ。
    お前とならなんとかなるんじゃねえかってそんな気がする。イナゴの大群だってきっとなんとかなる。
    「俺さ」
    「ん?」
    「千葉、行ってみてえなって思ってんだよネ」
    いろいろあるのは知ってる。金城の苦手なことも知ってる。それでもなにを見て、お前が育ったのか知りたい。
    お前のジイちゃんがどんな人か会ってみたい。できるなら兄ちゃんにも。母親にも父親にも。
    金城にときどき届く荷物には短い手紙が添えてある。
    差出人はさまざまで、入っているものも差し出人によってさまざま。
    ストーブを出したとき「これは祖父が持たせてくれた」って言った。
    箱を開けたら『なにごともないように。日々穏やかであるように』って小さい字でジイちゃんが箱の隅に書いてあった。それは祈りのようで、お前は大切に思われてたんだって俺は思う。
    「…春になったら行ってみよう」
    金城はストーブに手をかざしながらそう言った。
    「俺は荒北とならどこへでも行ける気がするから」
    「そんなの俺はもうずっと思ってたってーの」
    こちらを向き直った金城が、荒北に会えてよかった、と小さな声で言う。
    なんだよ、お前死ぬの?と笑うとまだちょっとそれは困ると真面目な顔で答えた。
    まだ俺たちはいろいろなものが足りない。
    時間もお互いもまったく足りてない。
    「お前がどんな可愛いらしい子見つけても俺はお前から離れる気はないからさァ」
    「たぶん、俺のほうが諦めが悪い。覚悟してくれ」
     
    金城の手が俺の腿の上に置かれ、スウェット越しにその熱が伝わってくる。
    この熱をよく知ってる。
    諦めが悪いと言った唇が何度か軽く唇に触れて、お互いの熱を分け合うように舌を絡めた。
    冬の早い夕暮れとまだ止む気配のない雪のせいで、音もなく、灰色の薄い光が差し込むだけの部屋には、予想に違わずあまり暖かくないストーブが灰色の部屋にオレンジ色を灯している。
    敷きっぱなしだった布団に縺れ合って倒れ込んだ。
    「これ便利だな」
    「やっぱり布団にしてみるか」
    「そんな爛れた生活ヤダナァ」
    そう言うと金城も笑った。
    スウェットを脱いだ金城に「寒いだろ?」と言うと「そうでもない」と鳥肌を立てながら答えた。
    それが可笑しくて金城の頸に両腕を回して、貪るように唇を重ねた。
    俺たちは十分爛れてる、って耳元で金城が囁くように言う。
    知ってんよ、そんなことくらい。
    オレンジ色だけが静かに灯っていて、あとは全てが静止している。
    雪に隠れた部屋の中で痴態を晒し合い、擦れ合ってお互いの吐息と嬌声が交じり合う。
    声を殺そうと手の甲を噛む癖が金城は嫌いだ。
    それを止めさせようとする長い指。熱い手が俺の手首を掴む。
    金城は「聞こえたっていい」って言う。
    俺はその声を聞きながら必死で声を殺し、俺はお前でなけりゃ厭なんだって金城の背中に痕が残るくらい爪を立てる。
    そうやって何度も繰り返し、お互いの体温を覚えてきた。
    快楽の波に揺れながら、赤い実が目の前にぼんやりと浮かぶ。
    あの赤い実のように、今、俺たちも降り続く雪の下に隠れてきっと誰にも見えない。
    全部雪が覆い尽くしてしまったから、きっと秘密は誰にも知られることはない。
     
    金城の口から俺の名前が零れ出す。
    金城が心の奥に隠した赤い実が、ときどきこうやって見え隠れすることを知っているのは俺だけ。
    俺だけが知ってる。
    雪はいつまで俺たちを隠せるだろう。
    閉じた目の奥で赤い実が爆ぜ、一面の白い雪景色を赤く染める。
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    Replies from the creator

    穂山野

    DONE【リョ三】Sign

    インターハイが終わり、新学期が始まったころの幻覚です。
    二人がゆっくり距離を詰めていったらいいな、という幻覚をずっと見ていたので。
    二人で幸せを作っていってくれ…
    相変わらず拙い文章ですが、似たような性癖の方に届いたら嬉しいなあと思います…
    Signもう殆ど人がいなくなったロッカールームの小さな机で部誌を書いているとどこからか「宮城ィ」ともうすっかり聞き慣れてしまったデカい声がする。
    「なんすか?!」とこちらもデカい声で応じると「おー、今日一緒帰らね?」と毎回こっちがびっくりするくらいの素直な誘い方をするのが三井寿だ。
    最初はその理由がよくわからなかった。自分が部長になったことでなにか言いたいことがあるとかそういうやつ?と若干の警戒心を持って精神的に距離を取りながら帰った。でも三井にはそんなものまったくなく、ただ部活終わりの帰り道をどうでもいいような話をしたり、それこそバスケットの話なんかをしたいだけだった。
    最初は本当にポツポツとした会話量だった。家に着いてドアを閉め「あの人なにが面白えんだ?」っていうくらいの。そのうち誘わなくなるだろう、と思っていた。しかし三井はまったく気にしていないようで当たり前のように隣を歩いた。
    9412

    穂山野

    REHABILI【リョ三】『ふたりにしかわからない』
    リョ三になる手前くらいのリョ+三。うっかり観に行ったザファで様子がおかしくなり2週間で4回観た結果すごく久しぶりに書きました。薄目で読んでください。誤字脱字あったらすいません。久しぶりに書いていてとても楽しかった。リョ三すごくいいCPだと思っています。大好き。
    木暮先輩誤字本当にごめんなさい。5.29修正しました
    ふたりにしかわからない9月半ばだというのに今日もまだ夏が居座っていて暑い。
    あの夏の日々と同じ匂いの空気が体育館に充ちている。その熱い空気を吸い込むとまだ少し胸苦しかった。いろいろなことがゆっくり変わっていく。
    自分は変わらずここにいるのに季節だけが勝手に進んでいくような変な焦りもある。でもその胸苦しさが今はただ嫌なものではなかった。

    木暮が久しぶりに部に顔を出した。
    後輩たちが先輩、先輩と声をかける。あの宮城ですら木暮に気付くと「あっ」って顔をして5分間の休憩になった。
    部の屋台骨だった人間が誰か皆知っている。誰よりも穏やかで優しくて厳しい木暮は人の話をよく聞いて真摯に答えてくれるヤツだ。
    後輩たちの挨拶がひと段落したあと宮城も木暮に話を聞いている。
    4209

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