Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    みーみー

    @350bSx

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    みーみー

    ☆quiet follow

    ■isrn
    ■学生パロ
    ■新刊に収録される…かな…?

    #isrn
    #潔凛
    rinJae

    作業進捗天使のたまご

     そのシュートフォームを見たとき、俺には世界が止まってしまったかのように全てが見えた。赤いビブスを来た男の足がサッカーボールの中心に触れるその一瞬。その一瞬で後ろに振り返り、走り出す。自陣のゴールサイドに向かって俺は走り出す。
     パーン。耳心地が良い破裂音にも似た音が空を飛んだ。あと数秒後にはゴールネットにシュートされるであろうそれを、フィールドに立つ選手たちは鈍い音を立て地面に落ちることを祈り、ただただその行く末を見守るがごとく突っ立ている。
     遅い、全てが遅い。これじゃ…勝てない。
     自陣はスカスカだ。前面に出た選手は団子状態になって列を整えようとはしない。協調性を求めた結果、柔軟性がないという馬鹿げた話を今は考えたくはなかった。ただ試合に勝つ。その衝動だけで体を必死に動かした。風を切るように、意識が飛ぶまで、全力でフィールドを駆け巡った。
    「いいぞ!そのままパスつなげ!」
    「ゴールいける!みんなで前詰めろ!」
     敵陣がフォーメンションを整え、試合も大局番に入る。周りが歓声を上げ始め、自陣の士気は最悪だ。がら空きのディフェンスにがら空きのボールキーパー。ボールを持った足がペナルティーエリアに踏み込み、もうダメだと思った矢先だった。
    とんっ。
     軽い音を立てボールの流れが止まる。みなが騒然とし始める中、フィールドの雰囲気がみるみると変わっていくのが肌身に感じた。
     ボールに触れたのはそう、白いビブスを着た男──潔世一だった。
    「バレバレなんだよ…下手くそども…」
     彼の言葉に微かに心臓が跳ねる。フィールドに突如として降り立った彼の姿にもういつもの姿はない。ボールをさらい、足に浮かせ、フィールドを駆け巡り、次々と障害物の垣根を割って走る彼はとても気分が良さそうで、その姿を見ていてると何故か胸が熱くなる。ヒュー、ヒュー。ホイッスルが鳴り始める。

     熱くなった体に張り付いた練習着を脱ぎ捨て、制服に着替える。汗の染みこんだ練習着や肌着をリュックに詰め込み、代わりに勉強道具を取り出すと、「まだ補習か?糸師弟」と揶揄されるので、それを無視し、クラブハウスに備え付けられているベンチに乱雑にノートと教科書を広げた。
    「潔ー、どっか飯食いに行かね?」
    「あ、うーん…今日はパスかな」
    「今日〝は〟って、今日〝も〟だろ!」
    「そうかな~…やっぱりそうかも!」
     潔の笑い声が聞こえ、その次に別の男の笑い声が聞こえてくる。潔が笑うと、周りはまるで伝染するかのように笑い出す。「そんじゃな、また飯食おうな~」「またなー」潔は普段はこんな奴だ。
     自重でベンチから、ギシ、と軋む音が鳴る。どうやらベンチに俺と対面になるように誰かが座ったらしい。視界の端で、気づかれないようにその〝誰か〟を見てみる。
     彼もすでに練習着から着替え終えたようで、制服姿だ。彼をもうすこし視界の端から眺めてみる。少し丈の余ったブレザーは彼の成長を大きく予期し、クタクタになったズボンに現れるのは、きっと家に帰ってからすぐそのまま寝ているんだろうという想像。ずぼらな彼は普段の彼と延長線にあるだろうから、想像しているとき、目の前にいる彼がちょっとおかしく思える。空想なのに空想じゃない、彼のだらだらしている姿は想像しやすかったし、なじみ深い印象さえ与えてくれた。首に巻かれた深緑のマフラーは彼のお気に入りらしい。最近、毎日お目に掛かるそれは俺たちに冬の訪れを静かに教えてくれる。
    「お!数学じゃん!何が分かんない?」
    「確率が全然意味分かんねえ」
    「ああ、そこね。あれ解き方覚えてないと全然分かんないよな。どれどれ…」
     開かれたノートに見入るように彼が頭を下げる。どうやら彼もその問題の解法が思い出せず、「んー」「えっと…」など唸りながら、思い出そうと奮闘していた。「うーん」「んー」「あっそうだ!」
     彼の顔がぱあっと明るくなる。次の瞬間、解法を思い出せたようで彼はご機嫌そうにペンを走らせるが、またすぐにうなり始める。今度は頭の中で俺に教えるためにどう説明しようか悩んでいるようであった。
    「これはCじゃなくてPを使うんだけど…」
    「ああ」
    「うーんと…棒も数字に数えて…」
    「数えて?」
     頬をつきながら彼が言葉を紡ぐのを待つ。サッカーをしているときとはまた違った真面目な顔付き。顎に指を添え、目を閉じながら首をかしげる彼の姿には、サッカーをしているときの面影はない。ただそこにあるのはごく普通の男子高校生の姿。ふと、さっきのオラついた彼を思い出して鼻で笑いそうになった。サッカー選手のときと高校生のときのギャップ、俺は潔の〝こーゆーところ〟を気に入っている。
    「糸師!潔!下校時間だからもう帰りなさい!」
    「…えっ!もうそんな時間ですか…⁉」潔が慌てて返事をする。いつの間にか日も暮れクラブハウスには潔と俺、2人しかいなくなっている。集中しすぎたみたいだ。
    「まあ早く帰れよ」
    「はい」
     潔がうなずく。俺も乱雑に筆記用具を片付けるが、手に当たった拍子に消しゴムがころころと床に落ちてしまった。
    「また明日まとめたノート持ってくるから、続きは明日しよ!」
     潔がそう言うと、消しゴムを取ってきて俺の前でひょいっとそれを見せると、その消しゴムを持った手をそのまま離した。俺は慌てて手の平を出し、なんとかキャッチしたが、潔はその様子を見てどこか面白そうに目を細めているだけで何も言わない。
    俺は潔を無視し、リュックに筆記用具を詰める。彼に背を向けたあと、気づかれないように俺は渡された消しゴムを23回握りしめた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works