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    d_inuta

    好きなものを好きなだけ愛でている雑多垢の倉庫。

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    d_inuta

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    生まれて間もない愛弟子を初めて抱っこした教官のお話。教官視点です。
    デフォルト名のヤコちゃんを使用しています。
    愛弟子の架空のご両親(キャラ強め)がいるので、なんでも大丈夫な方のみどうぞ…!

    月が隠れん坊したかのような、深い深い、新月の夜。俺の隣の家の若夫婦の間に女の子の赤ちゃんが生まれた。
    静寂と夜闇を切り裂くように元気な産声をあげて生まれたその子は「ヤコ」と名付けられたらしい。

    桜の蕾が綻んで、澄んだ水色の空に薄桃が滲み出した頃。里長からお使いを頼まれた俺は、件の若夫婦の家を訪れた。
    普段から店先や通りで二人を見かけることはあるものの、こうして俺だけで会うのは、実は今日が初めてだったりする。
    とくに旦那さんは里外での資材の買付けを生業としていて長期間里を留守にすることが多く、俺自身あまり顔を合わせたことがない。噂ではなかなか硬派な性格だとか。ハモンさんほどではないが、頑固一徹!という言葉がぴったりだといわれているらしい。
    そのせいか、少し緊張した面持ちで家の戸口から声をかけた。
    「ごめんくださーい!ウツシです!えっと…里長の使いでお届け物にあがりました!」
    そう言って家の前で待っていると、程なくして中からパタパタと足音が聞こえてきた。やがて引き戸が開かれて現れたのは……なんともまぁ可愛らしい赤ん坊を抱いた奥さんだった。
    奥さんの後ろでは、旦那さんが口を真一文字に引き結んで立っている。
    そんな二人の様子に一瞬びくりとしたものの、あぁこの子がヤコちゃんなんだな、と思った。
    奥さんの腕の中ですやすや眠っている小さな命を見て思わず頬が緩む。
    「あら!ウツシくん、わざわざありがとうね。どうぞ入って、お茶でも飲んでって頂戴」
    「え、でも…」
    奥さんの後ろ、じっとこちらを見つめる旦那さんをちらりと覗き見る。
    「…上がっていってもらうといい。茶を沸かしてくる」
    「ほら、うちの旦那もそう言ってるし。ね?」
    小首を傾げて返事を促す奥さんの言葉に甘えて、俺はおずおずと家に上がり込んだ。玄関のすぐ横にある座敷に通され、座布団を勧められる。
    促されるままそこに腰を下ろすと、すぐに旦那さんがお茶を持ってきてくれた。
    「熱いぞ」
    「ありがとうございます」
    茶を出したあと、すぐに旦那はくるりと背を向けて、隣室の文机の前に腰をおろした。先日買付けした資材の帳簿を纏めているところだったらしい。
    湯呑みに入った熱い茶を一口飲んでほっと息をつく。そして改めて目の前にいる奥さんを見つめた。
    艶やかな黒髪に大きな瞳。白い肌にふっくらとした唇。まるで小動物のような愛らしさだ。
    そんな彼女は自分の腕の中を覗き込んで、優しく微笑んでいる。
    「ウツシくん、よかったらうちの子すこし抱っこしてみる?」
    「でも俺、赤ちゃん抱いたことないし…」
    「大丈夫よ、最初はみんなそうなんだから」
    ね?と小首を傾げて笑う奥さんの言葉に、少し間をおいて、こくりと首を縦にふった。
    奥さんの隣に静かに座り、どきどきと早鐘を打つ心臓を抑えつけて手をのばす。差しだされた腕の中の存在を、壊れ物を扱うようにそっと首を支えるようにして抱き上げると、僅かに身じろぎをした。
    ぴくぴくと動く瞼の下に、黒目がちな瞳が現れる。まだ眠そうではあるが、確かに目が合った
    「わ、ぁ…」
    ゆっくりと瞬きをして微睡みから目を覚ました赤ちゃんは、腕の中でひたすらうにうにと小さな手足を動かしている。
    柔らかくて、温かい。それでいて、ぐにゃぐにゃしていて、少しだけ、怖い。
    気を抜けば猫のようにするりと腕から抜け落ちてしまいそうで。情けなく眉をハの字にして助けを求めれば、奥さんはにこりと笑って、導くようにその手を俺の腕に添えた。
    「生まれたばかりでまだ首が座ってないから、こっちの腕で首を支えてあげて、ちょうど枕みたいに…そう、上手よウツシくん」
    うちの旦那よりも断然上手いわ、と笑いを零す奥さんに、旦那はごまかすようにそっぽを向いて頬をかいていた。
    首を支える腕はそのままに、教えられた通りに赤ちゃんを抱え直す。収まりの良い位置を見つけたのか、手足を丸めて、どこか満足げな表情で俺の腕の中に収まった。
    「んま、おぁ、んぅ〜」
    言葉にならない母音を漏らして、むぐむぐとなにかを食むように唇を動かす姿をじっと見つめる。
    皮が薄い桜色の唇はまるでさくらんぼのようで、柔らかくてぷにぷにしているんだろうな、なんて。触らずともその感触がわかるほどだ。
    薄く生えた黒髪は母親譲りなのだろう。大きくなったら奥さんのように、きっときれいな黒髪美人になるに違いない。父親譲りの黒目がちな瞳は、この世の光ををすべて吸いこんでしまいそうなほど、深い黒曜の輝きを宿していた。
    やがてうろうろと視線を彷徨わせていた赤ちゃんと、ぱっと目が合う。
    「………ヤコちゃん?」
    小さく名前を呟いて、互いの間に静寂が流れる。そうして次の瞬間、赤ちゃんはまるで花が綻ぶように柔らかく、ふにゃりと微笑んだ。その笑みを見た途端、ぶわりと体の熱が上がって、俺の頬は赤く染まりきってしまった。
    自分の体重の十分の一ほどもない、小さな命。それなのに両の手に抱えた赤ちゃんがどうしようもなく重くて。愛らしくて、尊くて、胸のまわりがきゅうとなって苦しい。
    「か…かわいい…」
    「あら?あらあら…!笑った!あなた、ヤコが笑ったわよ!」
    「えっ?」
    「なんでか分からないけど、この子普段は滅多に笑わなくてね…ウツシくんのこと気に入っちゃったのかしら?」
    さすがは私の娘、お目が高い…!とどこか誇らしげに笑って、いそいそと旦那さんの背中を押して連れてくる。
    ふやふやと柔らかな微笑みを浮かべるヤコちゃん。その姿を視界におさめた旦那さんは、一瞬ぽかんとした表情をしたと思えば眉根をぎゅうと寄せて、手のひらで顔を覆い、がくりと膝を地につけて崩れ落ちた。
    「えっ…ちょ、どうかしたんですか!?」
    「……ゎぃ…っ」
    「えっ?」
    「きゃ…きゃわいい…!」
    硬派といわれている旦那さんから、初めて聞くような蕩けた声。
    俺の娘が!きゃわいい!と叫んで、両手で顔を覆っている。指の間から覗く顔は真っ赤に染まっていて、それはもう茹でダコのような有様だった。
    そのまま床をごろごろ転げ回りながら悶える姿にちょっと……すこしだけ身を引いてしまったけれど、そんなことよりヤコちゃんがびっくりしていないか心配で、慌てて抱き寄せてよしよしと小さな頭を撫でてあげる。
    大丈夫だよ、怖くないよ、と言い聞かせるようにヤコちゃんを抱えて優しく揺らす。すると次第に落ち着いたらしい旦那さんは、今度はしくしくと静かに涙を流し始めた。
    そのあまりの姿に、俺はかける言葉を見失ってしまったのだった。
    「この人、普段は仕事で家を留守にすることが多いからタイミングが合わなくて、なかなかヤコが笑ったとこ見れなくてね。あなた、良かったわねぇ」
    「うん……う、うづしぐん……」
    「え、は、はい!」
    「あ……ありがとう〜〜〜」
    喉から絞り出したような涙声で旦那さんがそう言うと、またおいおいと泣き始めた。そっと隣にしゃがみこんでよしよしと旦那さんを撫でる奥さんも、困ったように苦笑いしている。
    そうして結局お暇するその時まで、俺の腕の中のヤコちゃんだけが、楽しそうにきらきらと笑っていたのだった。

    それから三年経った。
    ヤコちゃんはすくすくと育ち、今じゃ近所の子供達の遊び相手を務めるくらいに元気いっぱいだ。
    そういえばあの日、旦那さんが転がりまわって泣き尽くしたあと、ようやく正気に戻った彼に奥さんはとんでもなく感謝されたしたらしい。
    なんでも、娘を産んでくれただけでなく、いつも頑張ってくれてありがとうございます、だとかなんとか。
    奥さんは笑って、こちらこそ良い旦那さんを捕まえられて嬉しいわ、と答えたそうだ。
    旦那さんが硬派というのは勘違いで、実はとんでもなく恥ずかしがり屋だとを知ったのは、それから間もなくのこと。いまでは顔を合わせればヤコちゃんの話で盛り上がり、たまに一緒にご飯を食べたりなんかもしている。
    そんなわけで今日も、うちの隣の家からは賑やかな笑い声が響いているのだった。

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