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    ゆりお

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    ゆりお

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    中学時代の二人。架空の女の子が出てきます。

    ##あんス

    まおりつ/あんスタ「そういえば、今日ってバレンタインだったな!」
     上擦ったわざとらしい声だった。凛月は隣を歩く真緒をじろりと睨みつけた。
     目を泳がせる真緒の手には、綺麗にラッピングされたピンク色の包みがあった。先程、校門を出るところで女子に声をかけられ、ろくに話す間も無く押しつけられたものだった。彼女はすぐに踵を返し、近くにいた数人の女子たちと共に、キャアキャア声を上げながら小走りで立ち去った。
     中身は言わずとも知れた。彼の言う通り、今日はバレンタインなのだから。
     学ランの上に濃紺のピーコートを着て、キャメルのマフラーを巻いた真緒は頬を赤く染め、少し浮かれていることを自覚していた。今日のことを忘れていたわけではなかった。むしろ思春期の少年らしく、浮ついていたというのが正しい。けれどもこういう日に限って、ひとつ上の幼馴染は朝からしっかりと登校し、休み時間のたびに真緒の教室に来ては隣に座ってべったりと身体を寄せた。真緒に向ける甘く媚びた瞳も、いざ他人に視線を移すと冷たい硝子玉に成り下がる。凛月は同性の真緒から見ても美しい容姿をしていたが、そういった奇行から周りに遠巻きにされていた。
     凛月は、真緒の手の中のチョコレートの包みを見た。赤みのかかった眼。今は、執念深い蛇を思わせた。彼は目敏く、金色のリボンの裾がほつれていることに気づいた。
    「手作り?」
    「ああ、うん。そうかもな」
    「へえ……気味悪くない? なにが入ってるか分からないじゃん」
    「そういう子じゃないよ」
     反射的にそう答え——真緒はすぐにしまった、といった顔をした。想像の通り、凛月はますます機嫌を悪くした。
    「委員会で一緒に仕事をすることが多かったからさ」
    「あっそ」
     凛月は低い声で吐き捨てると足を早めた。真緒は慌てて、そんな彼を追いかけた。心の中で、そんな早く歩けるんだな、と妙なところで感心した。

     凛月は当然のように、真緒の部屋までついてきた。真緒のベッドの上に当然のように寝そべる凛月の姿——それはもはや言及することでもなかったが、今日はその視線が痛かった。凛月があんまりにもそれをじろじろと見やるので、真緒はもらったチョコレートを机の上に置いたまま、しまうこともできずに、床の上で途方に暮れるしかなった。
    「それ、どうするの?」
     凛月の美しい指は、まるで罪人を指し示すようだった。
    「食べれば?」
    「別にいま腹減ってないし——」
    「ああ、一人でゆっくり味わいたいよね。そうだよね」
    「……わかったよ」
     真緒はついに観念して肩をすくめた。包みを解くと、中には数個のトリュフが入っていた。歪な形から手作りだとわかる。真緒はひとつを摘んで、口の中に入れた。
    「美味しい?」
    「ん、まあ……」
     特別美味しいわけではないが、不味くはない。甘さはちょうどよいが、少し固い。口の中でチョコレートを溶かしながら、真緒は眉根を寄せて困ったような笑みを作った。
    「そんな顔で見られたら味もしなくなるって」
    「じゃあずっと見てるよ」
     凛月はベッドの上で頬杖をつき、じっとりとした視線を真緒から外すことはなかった。
     真緒がようやく一個を飲み込んだところで、おもむろに口を開く。
    「ねえ、俺のお菓子とどっちが好き?」
    「えっ?」
     真緒は声を上げたが、迷うことはなかった。
    「凛月の方が美味しいよ」
    「そうじゃなくてさぁ」
     唐突に強まった語気に、真緒は驚いて凛月を見返した。
     空気が張り詰めたのが分かった。表情には出さなかったが、真緒は動揺した。なにが凛月の気に触ったのか分からなかった。反射的に、彼の機嫌を取る言葉がいくつか頭の中に浮かんだ。
    「……まあ、いいけど」
     けれどもそれらを口にする前に、凛月の方が脱力した。諦めの表情で起き上がり、ベッドから降りる。
    「チョコケーキ、作ってあげる。ま〜くんが美味しいって言ってくれたやつ」
    「ああ、うん」
     真緒はひそかに胸を撫で下ろした。安堵ともに新しいトリュフを指で摘んだ。それを口に入れた瞬間——不意に凛月の手が伸びて襟首を掴んだ。
     凛月は床に膝をついて、強引に真緒の唇を奪った。真緒がそのことを理解する前に舌が入ってくる。それは真緒の体温で柔らかくなったチョコレートに触れた。どろりと甘さが広がり、カカオの匂いが鼻に抜ける。絡み合う二人の舌の合間で、凛月が名前も知ることもない女子が作ったチョコレートは、忙しなく形を変えた。
    「ふうん」
     凛月は口の周りを舐め取りながら唇を離した。品定めをする目つきだった。
     真緒は呆然と凛月を見つめた。言葉はなくとも理解していた。命令された人形のように、彼は口を開いた。
    「……りっちゃん、のケーキ、楽しみだな」
    「…………」
     凛月はしばらく黙り込んで真緒を見つめ返していたが、すぐに無言で部屋を出て行った。静寂が戻る。真緒は動けずにその場に座り込んでいた。自分の鼓動だけが聞こえていた。
     やがて階下から甘い香りが漂ってくるまで、そうしていた。
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