行為の代償「オーターさん。」
入室の許可を得た扉から入って来たのはレインだった。
「どうした」
オーターは手にしていた羽ペンを戻し、数枚の書類をチェックしながら問いかける。
「これ、媚薬なんですけど。飲んでくれますか」
「……」
突然の申し出に、チラリと視線を投げた。
スタスタと執務机に近付いたレインから差し出されるのは五センチほどの、縦に模様が装飾された円錐形の透明なガラスの小瓶。
オーターはコト、と机に置かれた小瓶が、終業前の窓から差し込む夕日にキラキラと反射する様を眺めた。
「……明日は休みだったか?」
「えぇ。」
唐突な質問に、レインは机から一歩引いた場所で後ろ手に組んだ待機の姿勢を崩さぬまま他意なく答える。
「そうか」
オーターは小瓶を手に取り、きゅ、と蓋を外したかと思えば、すぐに口を付けそのまま中身を煽った。
「甘いな」
ペロリと口端を舐める赤い舌先。
「……」
目を見張るレインに、あっさりと空にした瓶を逆さに振って見せる。
「これで良いか」
「……疑わねぇのかよ」
「?なにを」
レインが苦々しく吐き出す言葉に、オーターは眼鏡の奥できょとりと瞬いた。
「毒だったらどうするつもりですか」
「レインが私に?……そもそもこんなバカ正直に差し出す人間は居ないと思うが」
オーターはくだらない、と一蹴し、小瓶をコツと机に戻して立ち上がる。
「……チッ」
試す行為に全幅の信頼を向けられたレインは居心地悪く舌打ちをした。
遠くで終業の鐘が鳴っている。
「では、帰るか」
オーターは机の傍を回ってレインへ歩み寄り、その腰へ手を回した。
「え、なんで」
不意の接触に驚いて一歩足を引くレインを、オーターはグイと抱き寄せる。至近距離で笑みを模る多重丸の琥珀には、あからさまな欲が滲んでいて。
「明日は休みだと言ったな?その上で私に媚薬を飲ませたんだ。当然、付き合ってくれるんだろう?」
「いや、それ」
――ただの砂糖水
慌てたレインがネタバラシをする前に、オーターは口を塞いで青白い炎に包んだ。
(終)