Let‘s party time②「梶様の勝利です」
普段の賭けに比べて相手が弱かったのか、今日のカードの引きが良かったのか、仕込みがうまく機能したからなのか、全ての歯車が合致した今日の勝負は、ストレート勝ちで、相手の方に“勝つかもしれない”という隙を与えることすらしなかった。そのおかげか、撤収作業を待っても予定よりも少し早い時間に帰ることができそうになっていた。
勝利への喜びとこの後行われるマリオパーティの楽しみで自分の顔の緩みは収まらない。門倉さんが耳打ちで「おどれ、顔だらしなさ過ぎるよ」なんて注意をしてくるほどだったらしい。
相手の方が退室し、賭郎の皆さんがせっせと片付けをしている中、帰りの送迎待ちの時間に私物のスマホで弥鱈さんに連絡を入れる
「弥鱈さん!終わりました!今門倉さんがちょっぱやで撤収作業してくれてますので、1時間後くらいにはそちらに行けそうです」
すぐに既読が付き、返信の吹き出しが浮かぶ
『お疲れ様です。こちらの準備もほとんど整いました。残りの必要なものは門倉さんの方に連絡してありますので、帰りに買ってきてください』
スタンプを一つ「OK」と返すと弥鱈さんからも「お願い」とスタンプが一つ。
やりとりを終えてスマホを閉じようとすると、通知が入った。画面上部には「南方さん」の文字が浮かぶ。その通知に慌ててスマホを落としそうになるも両手で握り込みメッセージを開く。
『梶、お疲れ様。そろそろ勝負ついた頃かと思って。勝ったとは思うが、楽しめたか?
明日は休みだろうからゆっくり休んでくれ🐶』
労ってくれるメッセージを完璧なタイミングで送ってきてくれたことに胸が温かくなる。
いつもメッセージの最後に犬の絵文字がついており、まるで懐いた飼い犬がおかえりと言ってくれているような感覚になり安心する。
ありがとうございます。とテキストを打ち込むが、そのほかになんと返したらいいのか分からない。打っては消して書き直し、面白みが…敬意が…とメッセージひとつ返すのにうーんうーんと唸りため息をついた。
(弥鱈さんへのメッセージなら内容もスタンプもすぐに返せるのに…)
「梶様、お帰りの準備は整っておりますか?よろしければお車までどうぞ」
「あ、はい!」
悩んでいる最中門倉さんに呼ばれ、すぐに車へ移動する。車の扉を閉めると門倉さんの態度はラフなものに切り替わった。
「はー、今日は冴えとったねえ、お疲れさん。そんなに弥鱈とマリパするの楽しみなん?」
「えへへ、ありがとうございます。そりゃ楽しみですよ!」
「そーかい。おどれらが楽しそうならそれでええよ。それより、南方への連絡はわしからでええの?梶が呼んだ方がアイツも喜ぶじゃろ」
「うっ…んー…門倉さんから…お願いします…」
「別にええけど…なに、喧嘩でもしとるの?」
「そんなことはないです!!むしろ大切にしてもらってます!!」
「じゃろうなあ…あいついっつもおどれのことかわいー好いとるー食いたいーって言っとるもん」
「え?」
しん…と沈黙が走る。
沈黙を破るように車のエンジンをかけ、梶が言葉に詰まる理由すら無視するように門倉が悪戯に笑う。
「そら当たり前よ。好きな子目の前にして食いたい思わん方が変やろ…それとも、梶は南方に食われるのは嫌か?嫌なら嫌って言っとき?あいつなら忠実に従うと思うよ」
「そ、そういう意味じゃなくて…!僕だって、そら、南方さんのこと好きですし…でも、南方さんがそんなふうに思ってくれるのに…僕はメッセージひとつ送るのに躊躇しちゃって…」
俯き、今の状況を言葉にすると、さっきよりも鋭い沈黙が通り去った。少し顔を上げると、絵に描いたような驚き顔の門倉と目が合う。
「え?!なに?!そんな中学生みたいなことしてるんか?!今時小学生でも秒速レス返し基本よ?それが、え?メッセージの返信で…?え…?梶…?おどれほんとに成人しとるん…?」
「門倉さん、弥鱈さんと口調が似てきましたね…っていうか失礼ですよ!僕だって立派な成人男性です!!」
「そうよね………
あ、もしかしてさっきスマホ見ながらため息ついとったんって…」
「見てたんですか!?……うぅ…そうですよ…南方さんへの返信が打ててないんです…」
「ふーん…おっ。まあ、わしと弥鱈が協力したるから、とりあえずその返信する前に弥鱈からの頼まれもん揃えに行っていい?」
弥鱈さんのメッセージを確認し、返信をしたであろう門倉さんは口の端を持ち上げて不気味にもこちらに目線を向ける。
「何するつもりですか…まあいいですけど…そういえば、さっき弥鱈さんも門倉さんにお願いしたっていってましたけど、どこ行くんですか?」
「今夜のパーティ用の飯調達じゃ。…うちの我儘姫、今夜はゲームしながらピザの気分らしい」
門倉さんが弐っと笑いアクセルを踏むのと同時に滑り落ちてきたスマホの画面は弥鱈さんとのトーク画面が開かれており、ピザのスタンプと(これ)と指差すスタンプが一瞬だけ見えた。
(いいなあ…あんなやりとり、僕も南方さんとしたいな…)
落下してきた門倉さんのスマホを拾い上げ、自分のスマホをぎゅっと握る。
下書きされたメッセージは
『南方さん、ありがとうございます。無事に勝つことができましたし、すごく楽しめました。僕、今すごく、南方さんに会いたいです。』
送信ボタンは押されぬまま、そっと画面が閉じられポケットに収められた。
門倉さんのスマホを「どこに置きます?」と問うと「そのままネット注文しちゃって」と任される。
ホームを表示すると連絡先やメールなどデフォルトの機能アイコンしかない並びに異色を放ちピザ屋のアイコンが鎮座する。タップするとピザ屋のアプリが起動され、いく色ものピザが色とりどり並ぶ。
(この人のスマホにもこんな庶民派なアプリあるんだ…)
「それ入れたのはわしじゃなくて弥鱈だからね?」
僕の心を見透かさないで欲しい。
「あいつ急に夜な夜な「お腹空きました、ピザ食べたいです」とかって言い出すのよ。だからその時用に」
「そうだったんですね、てっきり門倉さんが…クーポンとか使ってるのかと…」
「そら、わしだってクーポンくらい使うよ?バカにせんといて?それで好きなの頼みい。あ、先にマルゲリータLプチトマト増量チーズ増し増しとポテトとナゲット。」
「門倉さん意外と重めですね…」
「わしのじゃないよ、弥鱈のよ」
「あ…」
「わしは弥鱈のちょっともらうから」
「わかりました」
「おどれも好きなもの頼みい。サイドとかも勝手に入れな」
「わ、分かりました」
指定されたピザをカートに入れ、チキンナゲットやポテトもカートに加える。次いで頼まれている自分の分のピザを考える。
(うーん…僕個人はピザならなんでもいいし…んー…南方さんなら…照り焼きとか好きかな…具がいっぱい載ってるやつの方が…んーこの間海鮮も好きって言ってたな……)
「これにします!」
選んだのは4種類の味が楽しめるタイプのピザ。照り焼きにシーフード、明太子マヨ、スタンダードが綺麗に四等分されているピザをカートに入れて決済画面へ遷移する。
受け取りを選択し、注文完了をタップする。
画面上に出来上がりまでの時間が表示され、工程を進めるにつれてピザが表示されていく仕組みらしい。
隣で鼻歌を歌いながら車を運転する門倉さんにスマホを返し、今頃南方さんはどこにいるんだろう、と窓の外へ視線を飛ばした。
ヴヴ…
『門倉さん、ターゲットへの接触開始します』
「OK。手筈通りに。」
『任せてください』
『あ、今夜ピザにしませんか?』
「ちょうどパーティやしちょうどええね」
(🍕)
(↑これ)
(OK)
一方南方。
一人、賭郎本部を出て自宅までの帰路についていた。
(…なんか寒気する…誰かになんかされそうな悪寒が、気のせいであってくれ……)
ざっざっと人混みを通り抜け最寄りのスーパーに立ち寄る。
(梶は勝負勝ったってさっき賭郎の報告で聞いたし、明日休みならゆっくり休めるじゃろ。夕飯でも誘おうかと思ったが、あんまりガッついたら、いけんじゃろうし、ここは紳士に振る舞っていこう…)
数本の酒と海鮮丼、鶏肉の照り焼きをカゴに入れると、ポケットのスマートフォンが振動し始めた。
ー南方召集まで1時間