お題「嘘」「日向クンは九頭龍クンのこと、本当に大嫌いなんだね」
一日中病院の待合室で座っているだけの日向は、罪木の患者たちの看護に協力できることはあまりなかったが、落ち着かない。熱を下げるために冷たいタオルを取り替えるという仕事を見つけたが、『超高校級の幸運』の病室に来たとき、狛枝が深い意識下にあることを本当に、本当に望んでいた。終里の額に濡れタオルを乗せたくらいで泣くようなことはないと説得しても、狛枝がどんな熱っぽい戯言を吐くかわからないよりはましだった。
「何を言っているんだ?」
氷水の入ったボウルに絞った濡れタオルに苛立ちをぶつけながら、日向が尋ねた。
「いいや、どうでもいい、聞きたくないんだよ。どうせお前は弱ってるからしゃべってる場合じゃないだろ。いいから、もう寝ろ」
「つまり、他にどうして九頭龍クンのそばにいない言い訳を見つけるんだ?」
狛枝は、その声はささやき声にすぎなかったが、淡々と続けた。
「その代わりにキミはここにいるんだ。それはきっと、九頭龍クンと一緒にいるのが嫌だからだろう。まぁ、ボクもキミと一緒にいるのは嫌いだけどね。どちらかが不幸にならなければならないのなら、犠牲を払ってでもボクを一人にしてほしいんだ」
「黙れって言ってるんだよ」
日向は厳密には必要以上に高い位置から、狛枝の額にタオルを落とした。
「それに、九頭龍が死んでクローンと入れ替わったって言ったのは、お前じゃないのか?」
「ふーん、そんなこと言ってないよ?」
日向は長いため息をついてから、水の入ったボウルを手に取った。
「どうでもいい。俺はもういいし、どうせお前は俺を追い出したいんだろ、じゃあな」
狛枝が口を開くのをもう許さず、日向は勢いよくドアまで歩き、その後ろ姿で部屋を後にした。それにしても、狛枝は一体なぜそんなことを言い出したのだろう。日向が九頭龍を嫌っているなんて、そんなことをする覚えはないのに、しつこい。腹が立った彼は、鉄ボウルをガチャンとナースステーションに置いてから、待合室のほうに引き返した。
確かに修学旅行の最初の頃、九頭龍はとても気難しく、近寄りがたい存在だったが、その敵意に対して、お互いにそれを示すようなことをしたとは、日向には思えなかった。それどころか、正直に言えば、同級生の中では歓迎されていた方であったことは間違いない。そして、九頭龍が改心した今、日向はさらに彼を受け入れていた。もちろん、彼のことを嫌っていたわけではない。
ロビーに入り直すと、待合室の席でくつろいでいた当の金髪の男が顔を上げた。彼は姿勢を正し、「やあ、おかえり」と言った。
「あいつら、どうしてるんだ?」
「あんまり変わってない」と、日向は九頭龍の隣の席でうつむいたままため息をついた。
「狛枝はまたかろうじて起きている。なぜか俺がお前を嫌ってる、って言い続けてるんだ」
九頭龍は眼帯の上から眉をひそめた。
「オレを嫌っている?」
「絶対にそんなことはない」
「まあ、どうも……」
九頭龍はしばらく黙り込み、さまざまな感情が入り混じった不思議な表情を浮かべた。
「あいつはそのことをずっと言い続けていると言ったな?」
日向は肩をすくめた。
「ああ、静かにして寝ろって言ったのに、本当にしつこいんだ」
「しつこい、か…」
九頭龍はまた長く沈黙し、不快になりそうなほどであったが、ようやく再び口を開いた。
「日向、まさか忘れ、た…?」
九頭龍が思考を続ける気配もなく言葉を切ると、日向はいぶかしげに彼を見返した。
「俺、何を忘れたんだ?」
不思議なことに、相手の男の顔がどんどん赤くなっていく。
「気にすんな、ボケ」と呟いた彼は、急に立ち上がり、眼帯のすぐ下にある右頬をこすった。
「くそっ、外の空気を吸ってくる。少ししたら戻ってくるよ」
「うん、わかった…」
日向は、何が起こったのか少し混乱しながら、彼を見送った。もし彼の読みが正しければ、九頭龍は少し…動揺しているようだ?どうして?狛枝がまたウソをついただけなのに……。
日向の思考がピタリと止まった。そうだ、狛枝は「ウソつき病」だったのだ。だから、狛枝の言っていることは、本心とは正反対か、少なくとも明らかに嘘でなければならない。ということは……。
その時、日向の顔が温かくなった。つまり狛枝は、日向が九頭龍のことを好きだと思っているのか?大好きだと思っているのか?
もちろん、日向は九頭龍のことをある程度は好きだ。特に、病院に隔離されている間に、彼と話をする時間があったのだから。しかし、狛枝がそのことを言い続ける必要があると思うほどか?いや、狛枝は勘違いしていたのだ。何しろ彼は……恐ろしいほど鋭い推理力を持つことが、絶対に証明されているのだ、くそ。
まったく……困ったもんだ。
日向はため息をつきながら、自分の顔をこすって、元の色に戻るように願った。本当…。狛枝は苦痛以外の何物でもないんだな。