はちみつの薬(2/3)3
「やっべーな」
フユヒコは手にした2つの小瓶をスープに落とさないように注意しながら、感嘆の表情で見つめた。
「こんなに簡単だったなんて信じらんねー」
「だろ?」
テーブルの向こうで、ハジメが笑った。
「4回分もくれたんで、お互い8時間使えるんだ。あ、その2つはお前の分」
フユヒコは小瓶をローブにしまい込み、食事に戻った。
「8時間か…結構な時間だな。一日の授業には十分だ。じゃあ、いつ使おうか?」
ハジメはバターロールをつまみながら、首を横に傾げて考えていた。
「明日とかはどう?髪一本をつけたらすぐに使えるようになるんだから、待つ必要なんてないだろう…」
「いや、ダメだ」
フユヒコは首を横に振り、スープを一口飲んでから続けた。
「明日は呪文学のテストがあるから、別の日がいい」
ハジメはしばらく黙って、眉をひそめて考えていた。
「あのさ…俺は呪文学が得意なんだから、よかったら――」
最後まで言い切れず、フユヒコの足が脛に当たって、痛みに顔をゆがめた。
「自分の勉強をするんだ、ボケ」
4
一週間後、授業が始まる一時間前、ハジメは城の七階へ向かった。「必要の部屋」が空いているかどうか確実に思えなかった。誰かが授業前の詰め込み勉強に使っているのかもしれなかったが、案の定、三回通り過ぎた後、扉が現れ、いつもの部屋に入れることになった。
「おせーんだよ、ボケ」
フユヒコはソファから立ち上がるとそう言った。
「このままで朝飯をとる時間がねー」
「悪い。どうして部屋が使えるってわかったのか?」
フユヒコは肩をすくめた。
「昨日の夕食後、解放される途端確保して、一晩泊ったんだ」
「泊った?そう知ってたら俺も一緒に過ごしたのに…」
ハッフルパフの少年は顔をしかめた。
「なんでだ」
「ええと…」
ハジメはためらった。ちゃんと考えずに言ってしまったんだ。
「いや、その…お泊り会?みたいになったよな?俺たち、なかなかそういう機会がないだけなんだ……」
フユヒコは頬をピンクに染めながら、呆れた顔をした。
「バカか。そんなことならこの夏、うちの別荘に遊びに来ればいいんだよ」
「えっ、シチリアのやつ?」
フユヒコは、黄色い裏地の付いたローブをハジメの腕に押し込んだ。
「後で話そうか。今は薬を飲んで授業に出よう」
「あっ…そうだな」
ハジメは自分のスリザリンローブ寮生ローブを素早く脱ぎ捨て、魔法薬を飲むために部屋の別の隅に向かって歩こうとしたとき、立ち止まってフユヒコの方を振り返った。
「ちなみに、その…薬を飲む前、シャツやズボンとかも脱いだ方がいいよ」
数秒のうちに、フユヒコの顔は印象的な赤色になった。
「な、なんでそんなことしなきゃいけねーんだ、このヤロー!」
「いや、だって、その…」
ハジメは自分の顔が熱くなるのを感じながら、言葉を詰まらせた。
「俺に変身すると服が合わなくなるから、先に脱いだ方が…」
恥ずかしさを振り払ったフユヒコは、暗い睨みに変わった。
「で、なんでオレの服が合わないんだ?」
ハジメはフクロウのように瞬きをした。
「えーと…」
「さあ、言ってみろ。オレの服が合わない理由を教えてよ。あえて言おう」
退却した方がいいと判断したハジメは、黙って振り返り、向こうの隅まで歩いて行った。体格差で生地が伸びたり、縫い目が破れたりしないことを祈っていた。
5
フユヒコは、服の下は見た目以上に小さい。ハジメが友達に変身して自分の服の中で泳いでいるわけではないが、フユヒコが用意した予備の制服が必要なほどぶかぶかになっているのは確かだ。
シャツのボタンを外しながら、ハジメはフユヒコの胸元が徐々に見えてくるのを見た。うん、身長だけではなく、胴体の幅もハジメほど広くない。自分とは全く違う体にいることが不思議だよな。
ボタンを全て外したまま、ハジメはフユヒコの平らなお腹に手をやり、試しに腰のあたりまで触ってみた。うわあ、細っ!そういえば、1年半前に初めて会った時からあまり成長していないような気がする。もしかしたら遅咲きで、まだ成長期が来ていないのかな?
ハジメはふと、状況の不条理さに気がついて手を離し、胃がキリキリと締め付けられるような感覚を無視しようとした。魔法薬で吐き気を催すとは思わなくて、むしろ蜂蜜のような味でとてもおいしかった。でも、まだ変身したこと自体のせいでくらくらしているのかもしれない。
ようやくシャツを脱いで、フユヒコの腕に目をやり、半袖のフユヒコを見た記憶がないことに気づいた。
「おい」と、自分の口からフユヒコの声が聞こえてきたことに驚て、少し飛び跳ねながら声に出した。
「腕にもそばかすがあったなんて知らなっ…あ、肩にも……」
「オレの体を見んな!」
部屋の反対側からハジメの声が聞こえ、続いて足音が響き、ハジメの右脹脛に激痛が走った。
「それと、その体に変なことすんな、ボケッ!」
「自分の体を蹴ったやつに言われたくないな…」