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    桜道明寺

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    桜道明寺

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    Twitterまとめ・1

    #羅小黒戦記
    TheLegendofHei
    #小黒
    kuro
    #无限
    infinite
    #玄离
    xuanLi
    #諦聴
    #老君
    laozi

    残香【君閣の窓辺で老君がささやかに花見をする話】

     ふわと入り込んだ外気に、甘い香りを感じた。老君は振り向くと、かれの忠実な下僕が手に下げた一枝の桃花を見やって、わずかに眼を細めた。
    「おや、どうしたんだい」
     かれの下僕——諦聴は眉ひとつ動かさぬまま、つと手を伸ばして、老君にその枝を手渡す。花の香りが柔らかく鼻先を包んで、擽ったいような気分になる。
    「折ってきたのかい? 悪い子だ」
     笑い含みに問うてはみたものの、そうでないことは切り口を見れば明らかだった。すぱりと斜めに走った鋭利な切り口は、最初から飾ることを目的に切り離されたものだと見当がつく。花も五分咲きで、まだ散るような頃合いではない。それでもあえてそう言ったのは、かれの下僕が花を贈るにはあまりにも憮然とし過ぎていたからだ。人に花を贈るのに、その表情はないだろう。ついからかいたくなるのはかれの悪い癖だが、諦聴は、そんな主の視線からふいと目を逸らすと、
    「魔除けだそうです。——今日は忌み日なので」
    常のごとく後手を組んで、淡々とそう付け加えた。
    「へえ」
     言って、子供の短い指で丸く蕾んだ花弁を撫ぜる。暦のないこの世界では、咲き誇る花の時期など知る術はない。こうして手から手へ、かれの許へともたらされるまでは。
    「花など、どれくらいぶりに見ただろう」
     もっとも、この花がどれほど鮮やかな桃色をしていようと、星夜の下ではすべてが闇に薄れてしまう。灯りをつければいい話ではあるが、老君はあえて手に持った枝を窓から射し込む星火に晒した。
    「やあ、まるでよくできた蝋細工のようだね」
     ふふと微笑って、花弁に口づける。擬物にはありえない鮮やかな芳香が、ふたたび甘く香った。
    「ありがとう、素敵な便りだ」
     諦聴はひとつ頷くと、足音もささやかに居室を出る。衣擦れの音も遠ざかってしまうと、かれの周りは完全なる無音に閉ざされる。時の止まったようなこの場所に、生あるものが新たに持ち込まれることは珍しい。老君は、窓際の卓に片手で頬杖を突いたまま、目の前に翳した枝に向かって、ふうっと細く息を吹きかけた。
     蕾が軽く身震いをする。眠りから目覚めたように一斉に花弁を広げると、端から、ほろほろと雪のように儚く散り去っていく。
     全ての花弁が散り落ちた裸の枝を老君はひとしきり眺め、それから手首を軽く返すようにして、それを窓から外に向かって無造作に放り投げた。
     かつん、と枝が途中の岩に当たる音が周囲にひとつ生まれ、あとはそれきりだった。
    「——神でも魔でも、くるがいい」
     口で弧を描いてそう言ったきり、かれの周りはふたたび静寂の内に閉ざされる。
     卓に零れた桃の残香が、まだ微かな生を闇にまだらに匂わせていた。



    墓参【无限と小黒が墓参りをする話】

     小黒は年に何度か、无限の霊域に入る。
     それは嵐除けの緊急避難だったり、イレギュラーなときもあるのだが、今日この日に限っては、そうではなかった。
     小黒に暦は読めない。けれど固く締まった根雪が融け、吹く風が温かく頬の産毛に触れるようになる頃、无限は毎年、小黒を伴って自身の霊域に入った。
     今日も小黒は、片手に線香、片手に供物を持った无限の後を追って、霊域を隔てる金属の輪に飛び込んだ。白い空間にぽつりと佇むようにある无限の生家を回り込むようにして背後に聳える小山に登り、頂上近くの、流れ落ちる清らかなせせらぎに沿うようにして造られた幾つかの塚と相対する。
     无限は一度供物を地に置くと、塚の前に素手で土を盛る。とはいえ天候の変化もない霊域でのこと、雨で流れ去る土もないため、起こして均す程度のことではあるが、それでも无限は毎年こうして土を盛る。まるで愛しいものに触れるかのように、穏やかに土をいじる師の指先は、普段小黒が目にする手刀や剣印の苛烈さを忘れさせるほど、ひとつひとつが、ひどく優しい。
     そうして土を整え終わり、傍らの小川で手を濯いでから、无限は小黒を振り返った。すぐ側で見守っていた小黒は地面に置いてある供物を拾い上げると、「はい」とそれを无限に差し出した。无限はひとつ頷いて受け取り、一番手前にある塚の前に屈み込むと、供物を包んでいた封をほどいて広げた。つやつやと色濃く煮込まれた豚の腿を供え、懐から取り出した燐寸で線香の束に火を点けると、それを半分に分けて小黒に手渡す。
     もう幾度か経験していることであるから、小黒も手順は分かっている。无限と共に、手前から巡るように、塚の前に盛られた土に線香を刺していく。无限の手で起こされ、ふかふかになった土に線香は難なく刺さり、薄く立ち上る煙とともに、周囲に薫香が漂う。
     この土の下に无限の大切な人たちが眠っているのだと小黒は聞いているが、実感として理解しているかは疑わしい。死ぬということは、死んで土に還るということは、一体どういうことなのだろう。
     小黒は一度、死を目の当たりにしたことがある。でもそれは死というよりも大規模な変化に近いものだったので、心のうちにおいて、どう取り扱ったらいいのか小黒はまだ決めかねていた。彼という唯一の存在を喪ったのはつらいけれど、彼の化身はまだ現世にあって、あまつさえ触れることすらできる。時折見上げに行く大樹の奥深くに彼が眠っていると思うと、少し不思議な気持ちになるが、それは決して悲しいばかりの感情ではなかった。彼を苗床にした大樹はいまも街の中心で、明るく緑の葉を茂らせている。根元に抱かれた彼の骸が、この大樹を生かしているのだと思うと、いつも名状しがたい感情が湧き上がってくる。この樹自体が彼なのだ、と思うと、触れる指先にも気持ちがこもる。決して粗雑に扱ってはならない——これは大切な人の一部なのだから。
     ふかふかした土に最後の線香を供えて、ああ、と小黒は思う。ずっと分からなかったことが、その瞬間、すとん、と理解できたような気がした。
     きっと、无限も同じなのだ。
     人の身体は死んで土に還るという。ならば、この土そのものが、无限にとっては愛しい者の化身なのかもしれない。
     だからこそ、ああまで優しく土を起こすのだ。いまは形を失った愛しい者を、その手でふたたび撫で擦るがごとくに。
    「どうした?」
     小黒の視線に気づいた无限が首をかしげる。小黒は、ううん、と首を振ると、无限の手を取って、
    「今年も挨拶ができて良かったね」
    と言って笑った。
     小黒の真っ直ぐな瞳を受けて、无限の目許がふわりと緩む。
    「そうだな」
     伸ばされた无限の掌が、小黒の頭をゆっくりと大きく撫でる。
     とても愛しげに。先程土に触れていたときと同じ、それは、ただただ優しい掌だった。



    雨宿り【土砂降りの昼に互いの過去について話す阿根の話】

     空を駆ける稲妻に身を屈めるようにして軒先に飛び込む。とたん、雷鳴が重く周囲に響きわたって、思わず亀のように首を竦ませた。
    「ふう、セーフだったね」
     剝き出しの腕や肩に付いた水滴をぱっぱと払って、隣の小黒に笑いかける。
    「出る時は、あんなにいい天気だったのに」
     恨めしげに空を睨みながら小黒が言う。
    「まあ、この時期は仕方がないよ。どうせすぐに止むさ」
     滝のような雨を軒の内側から見上げて、水幕に煙った黒雲の果てを見る。
    「それより花火、大丈夫だった? 湿気ってない?」
     心配そうに訊く小黒の前で、手に持ったビニール袋に入ったそれを取り出してみせる。
    「うん、大丈夫そう」
     頷いてみせると、良かった、と小黒が心底ほっとしたように笑った。
    「電話で、楽しみにしてたもんね。夜には晴れるかな」
    「多分。それに、これで少しは過ごしやすくなるんじゃない?」
     叩きつける雨の音で、少し大きめに話さないと互いの声が聞き取りにくい。意識して出す大きな声というものは、なんだか少し愉快な気分になるものだ。僕は、その流れで過去にあった出来事を思い出して、一人で軽く笑った。
    「なに?」
    「いや、諦聴が初めて来たときも、こんな酷い雨だったなと思って」
     あー、あれね、と小黒もひどく懐かしそうだ。
    「しつっこい奴だなーと思ったよ。僕、何も悪くないのに」
    「まあ誤解もあったし、彼も仕事だからね。真面目なんだよ」
    「あいつって、昔っからああだったの?」
    「ううん、それがそうでもないんだ。当時の彼を見たら、君、たぶん笑い転げるんじゃないかな。小さいのに生意気で、やんちゃで。負けん気の強いところは、今とそう変わってないけど」
    「そうなの? 見たかったなー!」
    「当時のことは彼にとっても黒歴史っぽいから、くれぐれも僕から聞いたなんて言わないでくれよ。これ以上、根に持たれることを増やしたくないから」
    「人伝に聞いた話ばっかだけど、君の中に居る奴って、本当にやんちゃだったんだな」
    「はは、今はそうでもないけどね」
     苦笑しながら、思い出す。あれは衆生の門で小黒の失敗が確定した後のことだ。顔と態度にこそ出さなかったけれど、あれは実は相当に悔しかった。何より、小黒と共にパーティの主力と自負していたぶん、最も早く戦線を離脱してしまった自分に、僕は内心で歯噛みしていた。情けなくて、こっそり落ち込んだ。もちろん、そんな素振りは露ほども見せなかったけれども、玄离にはお見通しだったらしく、あのあと霊域で久々に手合わせに誘われた。それまでは正直、平穏な人の世で、強くなる意味などあるのかと疑問に思うこともあったけれど、衆生の門を経て、いや、それ以前から妖精に関わる出来事が僕の周りで少しずつ増えてきて、妖精館の意向からみても、これからは更に人と妖精との境界が曖昧になっていくのだろうと確信した。と同時に痛感もした。妖精も人間と同じく、色んな奴がいる。互いの境界が曖昧になるにつれ、これからは妖精絡みの事件も増えていくだろう。館が常に目を光らせているとはいえ、いつ龍游のような、大規模な事件が起こらないとも限らない。これから先の時代は、強くなることがすなわち、大切な人を守る盾になりうるのだ、と。
     だから僕は修行を再開した。僕の周りの、大切な人たちを守るために。おかげで今では、執行人にならないかと館からスカウトがくるまでになったが、自分からあえて虎の尾を踏みにいくようなことは、まだしたくない。報復で何をされるか分からないような状況は、もう少し先延ばしにしておきたかった。僕の大事な人たちが、無事天寿を全うするその日まで。
    「阿根?」
     急に黙り込んだ僕を、小黒が怪訝そうな顔で覗き込む。彼も随分と背が伸びて、もう青年と言ってもいい頃合いだ。時が過ぎるのは早い。彼と最初に出会ったとき——小白が猫の姿の彼を連れて僕の家に来たとき——ここまで長い付き合いになるとは、正直思ってもみなかった。
    「ああ、ごめん。なんだか色々懐かしくなっちゃって」
    「そうだね。僕も阿根と会うの、十年ぶりくらいだし」
    「前は小白の孫が生まれたときのお祝いだっけ?」
    「そうそう、可愛かったなあ。人間の赤ちゃんって柔らかくて頼りなくて、何回抱っこしても慣れないよ」
    「じゃあ大きくなったところはまだ見てないんだね。きっとびっくりするよ。小さい頃の小白そっくりなんだ」
    「ほんと!? 楽しみだなあ」
     小黒が言って、空を見上げる。
    「あ、薄日が差してきた。もうすぐ止みそうだね」
     いますぐ軒先から飛び出したそうにうずうずしている小黒は、小白が絡むと相変わらず子供のようになる。それが僕には微笑ましく、そして少し切ない。
    「花火、喜んでもらえるといいね」
     雲の切れ間から、次々と差し込み始めた陽光に目を細めながら言う。小白は今頃、食べきれないほどの御馳走を用意して、僕たちの到着を今か今かと待ちわびている頃だろう。たくさんの家族と共に、一族の立派な長として。
     軒先から手を伸ばす。もう、濡れるような勢いの雨ではなくなっていた。
    「行こうか」
     言って、濡れた路面を歩きだす。きらきらとした霧雨の向こうに、一筋の虹が、明るく空を縁取っていた。



    自縛【眠る相手に向かってきらいだ、とひそかに呟く二狗の話】※CPあり諦玄

     固く張り詰めた筋肉が、ふっと緩む瞬間が好きだ。
     互いに精を絞り出して、折り重なって息を弾ませているとき、閉じた瞼に浮かぶ暗闇に、甘やかな色が混じる。精も根も尽き果て、救いのように眠りに落ちてゆくときのような、痺れるような安らぎに、身も心も取り込まれてしまう。
     私はそれでも眠りの縁で留まるが、お前はいつも、向こう側へ行ってしまう。
     他のときには見せたこともない涙を、睫毛にひとすじ滲ませたまま。
     苦痛などではない、と思う。玄离という男を知れば知るほど、その苦痛に対する耐性に驚かされる。たとえ拷問され、片腕を斬られたとしても、この男ならば昏く眸を光らせながら、口の端に薄笑いを浮かべるだろうと思わせるほどに。
     なら快楽か、と問われれば、それもまたよく分からない。ただ行為が終わる頃には、いつの間にかひとすじ、涙がこめかみに染みている。どんな思いで零しているのか、その普段はよく喋る口が言うことはないし、こちらから訊くこともない。それとも単に生物学的なものからくる反射なのかも知れない。そう思う私は、もしかしたら、それ以上心を揺らすことがないよう、知らず自らに鍵を掛けているのかもしれない。
    「……玄离」
     細長く伸びた耳に向かって、そっと呟く。水気を含んだ睫毛がふる、と揺れて、身体がわずかに身じろぎをする。
     それでもお前は目を覚まさない。私を置いて、いってしまう。いつも、いつも。
     すべてを放擲したかのように寝そべる、しどけない身体。
     幾度身体を重ねたとて、お前は誰のものにもならない。なんぴとたりとも、お前を縛ることなどできない。だが、それでいい。飼い慣らされた獣ほど、つまらないものはないのだから。
     情というものは厄介だ。身体を重ねるたびに纏わりつかんとする見えない鎖を、私はその都度引き千切る。お前と対等であるように、また、自らも獣であることを、一瞬たりとも忘れてしまわぬように。
     そうして我らは新たにまぐわい合う。邂逅するごと、互いを貪り喰うように、身体の其処此処に鮮やかな朱を散らしながら。
     さながら餓鬼道に堕ちた浅ましい亡者がごとくに。
     ふ、と自嘲に似た笑みが零れ落ちる。
     獣と、獣。私たちはどこまでも寄り添わず、永遠につがいの鳥になどならない。気まぐれに身体を打ち合わせ、それ以上の情など、決して持ち合わせない。——持ち合わせてはいけないと、心のどこかで知っている。
     持ち合わせてしまったが最後、この世界には取り返しのつかない亀裂が入るだろう。
     私の爪も牙も、きっとその瞬間に悉く奪われてしまう。
     だから私は、こうして身を守る。私から、私らしさを奪うお前がきらいだと、眠る耳に向かってささやく。
     そうして身を離す前に、儀式のように閉じた瞼に口づける。瞼の下で、微かに眸が揺れる気配がしたが、それもすぐに動かなくなった。
     どんな宝石をも凌駕する、美しく濡れた紫紺。いまは闇の中に沈んでいるであろうそれを、甘やかな苦さで思い浮かべる。
     見えない鎖が、また、身体を緩く縛りつつある気配がした。
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