終わりなき夜のめでたさを ぱらん、という澄んだ音色が君閣に響き渡った。
「懐かしいものを見つけてね」
主が上階から持ち下ろしてきたのは、古いが趣深い琴だった。
「昔は、手慰みに弾いたものだよ」
子どもの短い指では、弦を繰るにも苦労する。けれども、ぱら、ぽろ、と爪弾く様子は、そんなことを感じさせないかのように自然で、心地よさそうに見えた。
「そうだ諦聴。折角だから伴奏しないか。お前、笛ができたろう」
「構いませんが——曲は何を」
「適当でいいよ。どうせ、聴くものなど誰もいない」
「わかりました」
棚から愛用の笛を手に取って、軽く音を合わせる。スッと一つ息を吸って、唄口に向かい、細く長く息を吹きかけた。
高く妙なる調べが、静まり返った夜気を鮮やかに切り裂く。一拍遅れて、七色の旋律が、色とりどりの衣を纏った乙女のように、それに寄り添う。軽やかに、踊るように音が跳ね、艶めき、ふたつの流れがひとつに纒まり、淀みなく流れていく。音楽という川面にきらめく魚のように、美しいものを垣間見たような、それでいて指先をすり抜けていくような一瞬の儚さ、互いに互いの存在をもって呼応する、その心地よさに、しばし身を任せた。
最後に、高く低く階調を一通り鳴らして、主の手が止まった。私も唇を離して、ふ、と静かに息を吐く。
どこか満ち足りたものが胸にあった。
「たまには楽しいね、こういうのも」
主がにこにこと笑いながら、唇に指を当てる。
「思ったより上出来だったから、逆に観客がいないのが勿体ないくらいだ——ああ、いや」
そう言って、窓の外を振り仰ぐ。
「——星と、虫と。聞き手としては静か過ぎるが、これほど私達の音に似合いの聴衆もいないだろうね」
そうして私を振り返って、ぽろんと弦を爪弾きつつ、
「また付き合ってくれるかい」
断るなど想定もしていないであろう様子で言うものだから、
「……お望みとあらば」
苦笑に緩んだ口で、一言、返した。