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    fujisankabe

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    fujisankabe

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    シャアム未満
    z軸

    バレンタインの話
    ベルから渡されたチョコレートが食べられないアムの話

    チョコレートベルに渡された小さめで高級感のある紙袋にはきっと俺のために選んでくれたであろうチョコレートが入っている。
    ベルが悲しむ顔を見るのを避けるため喜ぶ振りをして受け取ったものの、どうしたものかとため息が出た。
    憂鬱なこの日。
    手作りではなさそうなのが唯一の救いだなんて、こんな事思いたくもないのに。


    「どうかしたのか、アムロ君」

    あぁ、もうタイミングが悪いなこの人は。
    見られたくない時に限ってこうやって鉢合わせる。心の中で舌打ちをした。

    「なんでもないよ」

    シャアはバレンタインだというのに何も持っておらず手ぶらだ。意外だ。

    「あなたチョコレート嫌いなのか?」

    「チョコレート?あぁ、バレンタインデーのチョコレートか。手に持っているのはベルトーチカさんからかな?」

    人の質問には答えず質問をしてくるところあるんだよな、この人。

    「あなたほどの人が貰えないわけないだろう」

    わざと質問には答えず素直な感想をそのまま口に出した。

    「あまりいい思い出がなくてね。遠慮させてもらっているのだよ」
    「貴方もか」

    急に親近感を感じて言うつもりなんてなかったのき、つい口に出てしまった。

    「という事は、アムロ君、君もか。浮かない表情の訳がわかったよ」

    二人して少し乾いた笑いを漏らして、沈黙が流れた。

    「去年まではシャイアンに居たから貰ったものは適当に誰かに持って帰ってもらったり、見るからに怪しいやつは処分してもらえたし良かったんだが。……ベルの悲しむ顔を見たくなくて受け取ってしまって」

    「でもどうしても食べられないから困っていると」

    「きっぱり断れる貴方が羨ましいよ」

    「優しさも考えものだな、アムロ君」

    廊下に座り込んでため息をつく俺に、何故だか嬉しそうにそう言った。可愛い赤色の小さな紙袋。

    「私の場合は士官学校時代に色々と貰ってね。同室の友人に分けたら、それはもう色々なものがね。人の好意とは恐ろしいものだとその時に知ったよ」

    では君は?とでも言いたげな表情で壁を背にし、腕を組んだシャアは俺を見ている。
    しばらくの間無言で目を合わせて、根負けした。私が話したのだから君が話さない訳にいかないだろう。言われた訳でもないのに、目がそう語ってる。強引だよなぁ、もう。

    「ここでは嫌だな」
    「では君の部屋で」
    「なんでだよ」
    「私の部屋よりも近い」
    もう一度言い返そうと思ったけれど、面倒なのと言われてみればそれもそうかと納得してしまったので、声を出そうと一度吸った息をそのまま鼻から吐いた。

    「不満そうだな」
    シャアは愉快そうに笑っている。
    「人が部屋に居るのは落ち着かないんだよ」
    「じゃあここで話すか?」
    「もう!いいよ!」

    なんだかイライラする。
    俺はシャアの腕を取って部屋へと向かった。

    部屋に来る途中に買ったドリンクをお互いに飲みながら、シャアはベッドに座り俺はデスクチェアに座った。

    「で、君は?」

    はぐらかすつもりはないのに、こうも急かされると余計に話したくなくなるものだなと思った。

    「……聞いて気持ちの良い話じゃないんだが。まぁ、いいや」そう前置きをして、あの日の事を話し始めた。

    シャイアンに移って二度目の二月のことだった。当時ちょうど思い出したくもない実験に付き合わされる毎日で寝ても覚めても嫌な事だらけだった。まだその時は自分には人権があり、正当な主張は受理されると思っていた事もあって、少しずつ毎日の投薬を拒否し始めた。
    毎日朝昼晩と、何のためかもわからない錠剤をいくつもいくつも飲まされて、吐き気や倦怠感、ひどい頭痛だったり眩暈、ありとあらゆる身体の不調に日々悩まされていた。
    不調を訴えればまた薬が増えて、別の不調が現れる。脳波を取りながら、よくわからない映像を何時間も見なければいけなかった。すごく嫌だったのはさ、それをしているとどんどん前進の筋肉が弛緩していくんだ。口元の筋肉緩くなって、映像をただ網膜に焼き付けながら涎を垂らしてるんだ。自分が自分でなくなっていくのぼんやりした頭で知覚するのはとても辛かったよ。終わりのない地獄とは、まさにこの事なんだと薄い意識の中で細く思考していた。

    そんな事もあって、最初は薬を拒否した。
    そうすると食事に混ぜられた。
    食事も拒否したら、拘束されて点滴で強制的に投薬させられた。あぁこのまま僕はここでこいつらに殺されるんだと、そんな事を考えたりもしたよ。
    そしてそう、バレンタインデーが来たんだ。
    その日は屋敷にいくつかの贈り物が届いた。ホワイトベースでお世話になった女性たちからの心温まる手紙とチョコレート。心底嬉しかったよ。検閲があるから、内容は他愛のないものだけど、それでも疲弊しきっていた僕の心は大いに潤ったんだ。
    で、一つ手紙がなく、贈り主がわからない包みがあった。でも当時の僕には警戒心というものが抜け落ちていて、しかも軍の検閲済みの荷物だ、怪しい物なわけないと思い込んでいたんだよ。小さな箱に入った四つの綺麗なチョコレート。僕はホワイトベースの女性たちからの手紙で舞い上がっていたし、まともに食事を摂っていなかったからなんの疑いもなくそのチョコレートを食べたんだ。しかも全部ね。小さいからあっという間に食べる事が出来たよ。ついでに言うと味は良かったんだ、とてもね。
    でも暫くしてから猛烈な吐き気に襲われた。その時はちょうど、そう、憧れの人からの手紙を繰り返し読んでいた。胃から込み上げる異物感、目眩も同時に襲ってきて、やむなくそのまま嘔吐した。びしゃびしゃと口を押さえた指の間から溢れる暖かな汚物が大事な贈り物や手紙を汚すのを見ているしか出来なかった。あまりのショックで涙が一気にぼろぼろと溢れて、それから手足が痺れてすぐに動けなくなった。異変を待っていたのか屋敷の人間の対応は早かったよ。すぐに部屋に駆けつけて処理してくれた。汚れた贈り物も手紙も汚物ものとも全部。チカチカと目の前が白く点滅して、音も聞こえなくて、目の前の片付けや作業が旧世紀のフィルムのように現実味がなくゆっくりと記憶に刻まれていった。

    それからしばらく綺麗になったベッドで横になっていたら随分と楽になった。けれど今度は別の違和感が身体を襲った。その時にやっと気付いたんだよ、馬鹿な俺は。あのチョコレートは薬が盛ってあって、贈り主は連邦のやつら。
    当時どうにも耐えられない実験が一つだけあって、それを拒否し続けていたわけだけど、いわゆる性的興奮とニュータイプ能力の相関性とかなんとか。吐き気がするよな。

    と、そこまで一気に喋ってからしまったと思った。人に聞かせるような内容ではないのに、つい喋りすぎてしまった。
    シャアの方を見るといつの間にかサングラスを外して眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていた。

    「悪い、喋りすぎた」
    気まずい気持ちよりも、申し訳なさが先にたった。
    「許し難いな……」
    シャアは低く、静かにそう言った。

    「まぁ、そういう事で苦手なんだよ。バレンタインデーのチョコレートは」
    「話はまだ途中のはずだが」
    まさかこの話をまだ聞きたいとは変わり者にも程がある。が、その表情は真剣に怒りをたたえており、そして泣きそうにも見えた。何故だかシャアが可哀想になり、彼の隣に腰をかけた。
    「なんで貴方が傷ついたような顔するんだ?」
    「傷ついてなんていないよ、酷い目に遭ったのは君の方だろう」
    「昔のことさ」
    「それでも今でも苦しんでいる」
    「……まるでカウンセラーだな」

    シャアは何も答えず沈黙を続けた。それから俺は「まぁ、いいや」と言ってから、胸糞悪い話を続ける事にした。

    その夜はとにかく酷かった。まず身体が熱くて堪らないんだ。発熱だとかそういう事じゃなくて、下腹部のさ、アレがさ、わかるだろ?
    それから、身体中があらゆる刺激に対してひどく過敏になった。身動いだ時のシーツの布擦れや、身につけている衣服や下着も。皮膚を通した刺激の全てが快感の糸を手繰り寄せるんだ。そうなるともう泣くしか出来ない。わぁわぁと泣きながら、自分を慰めてどうにか熱を収めないとと躍起になった。けどダメだった。どういうわけか、自分からの刺激ではうまくいかなくて、震える手で受話器を持って泣きながら屋敷の人間に連絡をして女性を手配してもらったよ。
    地獄の一夜だ。そしてこの夜から僕は女性を抱けなるという、そんなオチまでついてるんだ。

    「ひどい話だっただろう。聞かせてすまなかった」
    素直にそう思った。けれど、聞いてもらってほんの少し楽になった気がするのも確かだ。

    「聞かせてくれてありがとう、アムロ君」

    きっと言いたい事は色々あるだろうが、それだけしか言わないのはこの人の優しさなんだと理解をした。

    「ところで、そのチョコレートだが……」
    テーブルに置いたままの紙袋を見てシャアはそう言った。それから、手を伸ばし紙袋から箱を出し、可愛らしいリボンを解いた。
    今やシャアの手の中には、二粒の綺麗なチョコレートが収まっている。
    「私が頂こう」
    そう言ってチョコレートを一粒自身の口に放り込んだ。
    「うん、美味いな」
    と呟いてからもう一粒も彼の口の中に消えた。
    一瞬の出来事だった。

    「貴方チョコレートは断っているんじゃ」
    「私宛のものではないしな。ベルトーチカさんの事だ、おかしなものを贈ったりはしないだろ?」

    全くその通りではあるが、返す言葉もなく唖然としていると、シャアは「今日はありがとう」そう言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。
    一体なんだったんだろうさっきの時間は、と混乱する頭の中であの人なりの優しさに感謝した。
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