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    桧(ひのき)

    @madaki0307

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    桧(ひのき)

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    双方堅気な現代軸。ディナーデート中な寿武

    花垣武道誕生日記念本 web公開 寿武分。
    柴大寿(十代目総長)17~19時の出来事。

    #寿武
    shouWu
    ##花垣武道BD記念

    百折千磨を超えて 身体に合った三つ揃いのスーツ。グレーのスーツは、夏手前に相応しい軽やかな色合いだ。手入れの行き届いた黒髪は艶々しく。オールバックの柴とは対照的に、花垣は下ろした前髪を分けて流している。彼の為だけに誂えられたスーツは、そのしなやかな美しさを引き出している。青の瞳を邪魔しないグレーに、ワンポイントのポケットチーフは臙脂。
     こつり、と控えめな音を立てる革靴は、イタリア旅行で購入したものだ。履き心地とデザインを重視する傾向にあるイタリア靴は、スーツの堅苦しさを緩和させ小慣れた様を演出している。

     普段の花垣を知る職場の同僚が居合わせたとしても、普段との差で、彼だと気が付くことはないだろう。



     重厚感のある入り口は、落ち着いた雰囲気。既に、只事ではない様子が醸し出されている。
     その扉は開かれた。


    「十八時予約の柴だ」
     少し開けたソファーの置かれた空間に通される。少々待ちください、と告げる支配人は洗練された身のこなし。ここがウェイティングルームだ、と小さな声で耳打ちされて。これが事前に教えられていたそれか、と花垣は鷹揚に頷いて納得する。
     そのフレンチ・レストランは、世界的に有名なグルメ指標で十数年と三ツ星を獲得する店だ。ドレスコードがある店に花垣が連れて来られるのは、実は以外にも初めてで。否、今までも「襟付きのシャツとスラックスで来い」とぶっきらぼうに言われたことはあった。だが、スーツで行くぞ、と決定事項を告げられたのは初めてだ。


     それは三ヶ月前まで遡る。

    「何が食いたい」

     三月の半ばであったか、下旬に差し掛かっていたかもしれない。徐に柴が口を開いたのだ。食事中であるというのに再び食事のリクエストを取るとは、これ如何に。その問い掛けにぽかんとして。花垣はドルチェから視線を上げた。
    「お腹いっぱいですけど……」
    「ちげぇ」
     素人目からもわかる程に仕立ての良い柴のスーツには皺一つない。眉の皺を深くして、溜息を吐いた。言葉が足りないのは今に始まったことではないが、如何せん修飾語が無さ過ぎては話の意図が掴めない。
    「誕生日だ花垣。お前のな」
     面喰ってしまう。だって、花垣の誕生日は六月二十五日だからだ。まだあと三ヵ月は先だった。
    「誕生日に何が食べたいか、ってことですか」
    「あぁ」
     ワイングラスを傾けるその姿は、学生時代の粗暴さとは結び付かない程に優雅だ。不良集団の総長をしていたとはいえ、金銭面で言えば裕福な家庭で、彼の育ちが良い事は察せられた。
     交際に発展して食事をするとなった当初は一苦労であった。テーブルマナーの必要な店に連れて行かれそうになって緊張で心臓を逸らせたり、グラスを摘まんで美酒を含ませる柴の様相に鼓動を高鳴らせたり。それを盗み見る花垣へ悪戯っぽく微笑み返されて、男前ぶりにドギマギしてしまうことは数えきれない。
     庶民派な花垣にも取っ付きやすいような店選びをされながら、徐々に店の価格帯が上がっていることにも気が付いていた。食事の所作を実地で教えられる内に緊張は解け、最近ではカジュアルなコース料理が出されても最後まで舌鼓を打てる程になっている。
     人間という生物の最大の武器は〝慣れ〟だろう。
     だが彼が慣れるまでに時をかけて段階を踏んだ柴も忍耐強い策略家であった。全ては愛の成せる業である。


    「食べたいもの。……お肉、とか?」
     満腹の状態で何が食べたいかなど考えられない。だが、その日のメインは魚であった。だから、咄嗟に反対のものを挙げてみた。
    「何の肉がいい?牛か、豚か?鶏や羊もあるな」
     心なしか、その顔は嬉しそうだ。
    「えっと…………ラム、かなぁ。最近、コースで確かラムは食べてないですもんね」
     店で肉料理を食べる際、最近はコースとの肉料理は牛肉が多かったのだ。
     この時、花垣は気が付いていなかった。柴との、それも誕生日という記念の食事であれば「コース料理になるだろう」と自然と考えつく程には、彼の思考が柴に添わせているという事実に。

     ラム肉の美味しさを教えたのも柴である。柔らかでしつこくない脂身の甘さに想いを馳せる花垣に、美食の堪能の仕方も流麗な所作となるように教え込んだ柴が内心でほくそ笑む。高額な食事や酒に抵抗感があった花垣の衣食住の全てを、己が当然としている水準まで慣れさせていくのは時間を要した。しかしその時間も愛を育む時間であればこそ、存外に気分の良いもので。今は只管に達成感で溢れている。
     〝教え込む〟という行為は昔から、それこそ柴が小さな頃から妹や弟に施してきたことだ。暴力が付随してしまったからこそ分かり辛いが、それでも長年続けてきたことでもあるので指導は得意なのだ。手を上げてしまう衝動が抑えられるようになった柴は、論理的な思考と工程でもって花垣を教養人として育て上げた。

     静かに口に運ぶカトラリーを持つその指先でさえ美しい。
     だからこそ、もっとこの男磨き上げたかった。職場で嫌味にならないであろう腕時計をつけさせるのも、知る者が見れば目を引ん剥くであろう財布を持たせて、さりげなく牽制するのも重要だ。しかしそんな間接的な牽制で花垣武道という男が放って置かれる筈もない。だからこそ柴は余計に見る者全員に知れ渡らせたい欲に駆られた。この者は自身の恋人であり、且つここまで研磨したのも己なのだと披露したい。

     端的に言えば、柴は花垣をもっと着飾らせたくなってしまったのである。
     けれども単に着飾らせてくれと要求した所で、断られるのが関の山であろう。ならばどうするか。答えは簡単だ。着飾らなければならない状況に持ち込んでしまえばいい。
     その恰好の状況こそが、花垣の誕生祝いである。
     彼はテーブルマナーにも慣れて久しい。そろそろドレスコードのある店での食事に連れて行ってもいい頃合いだろうと目論んでいた。誕生日であれば、多少の高価な贈り物でも受け取るだろう。ドレスコードに相応しいスーツを誂えてやるのも恋人としての甲斐性だ。そう囁いてやれば、花垣も無碍にはできないであろうことは既に十年近い付き合いで承知の上。スーツはスーツでも、柴が花垣に似合いだと判断したものを着て貰うのだ。
     フルオーダーであれば、短くとも二ヵ月は考えなければいけなかった。そうと決まれば行動するのに早いに越したことはない。逆算すれば、三月末の当時から既に店選びを始める必要があった。


     そして冒頭に話は戻る。
     テーブルまで案内された二人。既に席に着いている者達は、柴と花垣の登場に密かに誰も彼もが息を呑んだ。高級フレンチで食事をする者達であるからこそ。あからさまな反応こそ無いが、日本人離れした身長で、ダビデ像かと見紛う程に隆々とした体格。正に益荒男という言葉が似合いの柴。その傍らにはしなやかな手足を伸ばしたカモシカのような麗かさのある花垣。真っ直ぐと胸を張る堂々たる姿は、決して柴の風貌に負けていない。お互いがお互いを引き立たせ、似合いの連れ合いである。
     勿論、余人は二人が恋人同士だとは知らない。それでも、剛と柔を彷彿とさせる、相反する組み合わせに店内の空気は分かり易く華やいだのだ。


     アミューズを二品。前菜を終えて、スープで一度身体を温める。
    「大寿君、このコンソメ美味しいね」
     自然体に囁きかける彼に緊張の色は見えない。楽しんでいるようだ。リクエストはラムであるが、フレンチのコースであるので肉料理の前に魚料理も出される。
     魚料理を食す際のフィッシュナイフを迷いなく取る花垣。さりげなく二人の様子を見ていた紳士淑女たちに向けて、音を立てずに鼻で笑って見せる。値踏みするような視線を送っても無駄である。何処に連れ立っても自慢できるように丹念に仕立てたのだから。
    「旨いからって急いで食うなよ」
    「ゆっくり食べてますよ。大寿君と少しでも長く居たいですから」
     声量を下げて、目線合わせないままで囁く。その言葉が聞こえたのは柴だけだ。口に含んだ白ワインを誤飲しそうになるのを必死に堪えて。ぎょろりと眼光鋭く見据える。内心で悶えているのを隠しているのだ。美しさを身に付けたのは最近なのだが、可愛らしい口説き文句すらも紡げるようになってしまって。その落差に心臓が追い付かなくなることも多々。

     花垣という男、年齢を重ねる毎に意外にも様々な顔を見せるようになっていた。それは柴に心を許したが故にその全てを開け広げたとも言えようが、突如として雰囲気が切り替わるのだから、一生勝てる訳がない。
     それは惚れた弱みでもあり、同時に花垣は何時如何なる場面でも柴を打ち負かす者でもあった。だが、何度傷つけられても、何度挫けそうになっても諦めずに立ち向かったからこそ、柴に新たな道を与えたのだろう。
     己にはできなかった、弟を強い人間にするという功績を、他人である花垣は柴の眼前でやり遂げてみせた。

     百回折れ千回の磨きを経て、出来上がった者。目の前の彼は、傷が増える程に輝きが増す宝石。或いは鋭さが取れて柔和さを帯びる珠玉。

     輝きを携えたままで、其処に陰りは一片もない。今の花垣であるならば、柴は何度敗北を味わっても良いと思えた。
     きっとその敗北の味は辛酸など無く。
     どこまでも甘やかなのであろうから。




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    Replies from the creator

    桧(ひのき)

    DONE五十路真一郎×四十路武道……と言いつつあまり年齢操作感の無い真武

    花垣武道誕生日記念本 web公開 真武分。
    佐野真一郎(初代総長)23~24時の出来事。

    ※本の中では4839字だったんですが、ポイピクでは5千字超えてしまっています。
    愛の特権 散々な一日だった。
     近年稀に見る程に、疲れた日であったとも言えよう。

     その地域のレンタルビデオ店のエリアマネージャーであるとは雖も、その日は久方振りの二日間連続での休暇であった。だが悲しい哉、脆くも崩れ去る。
     その店の社員は三人。本来、この日に出勤予定であった社員の家族が緊急入院したのである。良く言えば少数精鋭、悪く言えば人員が不足気味な職場である。故に急遽、花垣が休暇の予定を返上して勤務に入ることになったのだ。

     記念すべき四十歳になる日。世では『不惑』と定められる年齢になったが、物事に惑わされない精神を保つ事は難しく。感情に振り回されてしまうことも屡々。己の精神年齢は成長していないように思えて。ただ無意味に年齢だけを重ねているのではないかと、毎日思う。同棲して既に二十年を越した恋人からの十分大人になったよ、という言葉を胸に、今日も〝大人〟を演じるのだ。
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