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    桧(ひのき)

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    桧(ひのき)

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    五十路真一郎×四十路武道……と言いつつあまり年齢操作感の無い真武

    花垣武道誕生日記念本 web公開 真武分。
    佐野真一郎(初代総長)23~24時の出来事。

    ※本の中では4839字だったんですが、ポイピクでは5千字超えてしまっています。

    #真武
    zhenwu
    ##花垣武道BD記念

    愛の特権 散々な一日だった。
     近年稀に見る程に、疲れた日であったとも言えよう。

     その地域のレンタルビデオ店のエリアマネージャーであるとは雖も、その日は久方振りの二日間連続での休暇であった。だが悲しい哉、脆くも崩れ去る。
     その店の社員は三人。本来、この日に出勤予定であった社員の家族が緊急入院したのである。良く言えば少数精鋭、悪く言えば人員が不足気味な職場である。故に急遽、花垣が休暇の予定を返上して勤務に入ることになったのだ。

     記念すべき四十歳になる日。世では『不惑』と定められる年齢になったが、物事に惑わされない精神を保つ事は難しく。感情に振り回されてしまうことも屡々。己の精神年齢は成長していないように思えて。ただ無意味に年齢だけを重ねているのではないかと、毎日思う。同棲して既に二十年を越した恋人からの十分大人になったよ、という言葉を胸に、今日も〝大人〟を演じるのだ。
     いってらっしゃい、と蟀谷にキスを落とした恋人はいくつになっても美丈夫だ。煙草と少しの加齢臭が混ざった匂いでさえ実は密かに嫌いではない。そんな恋人の激励も、この日ばかりは逆効果。泣く泣く出勤したのである。
     疲れが癒えにくくなった己の身体に鞭を打つ。



     一日、バケツをひっくり返したような土砂降り。通勤途中、水溜りを走り抜けた自転車からの水飛沫がボトムスの裾を汚し、濡れた靴下と相まってそれは地味に不快な。六月末ともなれば、暑さもあるので店内は冷房が効いて涼しげである。しかしいつもならば有難い冷気も、少し辛いものがあった。お陰で足元が冷えて仕方ないのだ。紙で指を切ってしまって地味に痛む。

     極めつけはクレーム対応だ。
     曰く「品物が傷つき映画を楽しむことが出来ずに恋人と険悪な雰囲気なった」などと客に難癖をつけられ、捲し立てられたのだ。
     本音から言えば「知った事か」といったところ。最初に迷惑な客の対応をしたアルバイトの青年も、その理不尽ないちゃもんに開いた口が塞がらず。同じく店舗に長く勤める長谷川は青筋を浮かべて笑顔を貼り付けていた。花垣も呆れ返る。
     恋人と上手くいかない理由が自身にあると認めたくないのは理解できない訳ではない。だが、それを関係のない人に当たり散らすというのは如何なものか。

     四十歳になって落ち着いた花垣であっても、人間だ。怒りのパラメータというものがある。謝罪の時は申し訳なさそうにすべきなのであるが、目の前のような客は殊勝な対応をすれば付け上がるタイプだろう。現に、話は「ビデオ店で働くお前たちなど負け組だ」なんて突飛な方向に進んでいる。
     これは最早、侮辱と同義。
     その言葉は花垣の臓腑を沸き立たせるのに十分過ぎた。この眼前の人間の言葉に反論もせずに発言を許したのであれば、それは花垣自身や長谷川の名誉が貶されたことを黙認したことになるからだ。「店長だけだと危なっかしいんで、社員になります」と大学生最後の年にぶっきらぼうに言った長谷川の背中をよく覚えている。景気は漸く上向き、就職活動も困難ではなかっただろう。彼女の要領の良さならば、もっと給料も待遇も良い企業から引く手数多であったことは間違いない。言葉を鵜呑みにすれば、彼女がまるで自ら負け組になったかのようではないか。
     長谷川は、やりたい仕事を選んだだけである。
     花垣の肩書であるエリアマネージャーとは、端的に表すのならば、地域の様々な店舗の統括をするような立場。いつしか花垣はそんな重要な立ち位置に据えられており、長谷川もこの店舗の店長となった。職業に貴賤無しとは当然の概念であるし、店長として店の運営を行う事がそう簡単である筈が無い。


     昔取った杵柄とはよく言ったものだ。恫喝し始めた客を澄んだ瞳でまじりと観察し眺める。不思議と微塵も怖さは無い。
     アルバイトの時代からの同僚である彼女とは既に戦友の域である。店長は長谷川であるが、花垣がエリアマネージャーであれば、実質的に花垣は彼女の上司となろう。つまりは部下を守る責務があるのだ。それは、少年の頃に暴走族として、小さくも複雑な世界を率いた長としての務めに似ている。

     小さく息を吐いて、花垣は目配せを。それを受け取った彼女は、怒り狂う客の気を花垣が引いている内にアルバイトの青年をカウンターからそっと出し、店内の客に密かに声をかけて遠ざかるように注意を促す。
     避難したことを確認すると、いよいよ反撃の時である。追い込まれている時程、花垣の雄姿は光る。それは、社会生活での抗わねばならない理不尽の中においても同様であった。
     目をきゅうと窄めて口角をこれでもかと言う程に上げてやる。笑い皺は歳を取った証。そして年齢を重ねた花垣の貫録は青年の頃よりも増している。


    「お客様、誠に申し訳ございません。別の物に交換させていただきます」

     まともに取り合わないその様子に、虚を突かれたように言葉を詰まらせた客。話を聞かない失礼な態度を指摘してやろうとしたのか。花垣の顔に視線を合わせて口を開こうとした。
     そんな客の目に飛び込んで来たのは、威圧感すら感じさせる花垣の毅然とした態度。およそ身長も高くなく、どちらかと言うと細身な方だ。だが、再び開かれたその瞳から放たれる視線はどんな不良でさえも気圧すことのできる代物であって。ましてや、弱者を捕まえて捲し立てることしかできない者が敵う見込みなど皆無。
     紺碧の瞳の奥。その眼光の怜悧なこと。びくり、と肩を揺らして一歩後退る。笑みは時に、己の弱さも感情も全てを覆い隠す盾となる。そして、劣勢の中であって〝笑う〟という余裕さを相手に感じ取らせる様は、相手をたじろがせる武器となるのだ。
     花垣武道という男は、困難に立たされた時ほど笑う。それはもう不敵に。そんな彼が年の功を重ねて酸いも甘いも知り、清濁を併せて呑み込んだのだ。威嚇にも近い微笑みは角が取れて丸みを帯びる。やつれた花が艶やかさを帯びるように。成熟した者が体格差も立場差も平らにしてしまうかのような。
     確かにあったのに隠れていたカリスマ性は、年々増していく。


     けれども時として、果敢に反撃に出るような者もいる。今回の客がいい例だ。負け惜しみであったのか、それとも力で屈服させれば形勢を逆転できると思ったのか。カウンター越しの花垣の胸倉を掴む。
     明らかに過剰な程の防衛を取れないのが、社会の歯車となって生きることの世知辛さだ。だから彼は掴み上げられたその腕を捻り返す。派手さは無いが、これが地味に痛いのはよく知っている。
    「お客さん。威力業務妨害罪って、知ってます?」
     途端に青ざめた客は、花垣から手を離そうとした。しかし、がっちり掴み込まれてしまっては離せない。
    「知り合いがバイク店してるんですけどね、彼の店に今の貴方みたいにただ怒鳴りたいだけの人がクレームを入れに来まして……。その時、偶々居合わせましてね。こうやって、捕まえて、お巡りさん来るまで離さなかったんです」
     知り合いとは、佐野真一郎の事を指していた。
     その出来事は、花垣が真一郎と出会った契機でもある。

     花垣が高校生の時のことだ。
     彼の店には昔の仲間や、真一郎に憧れたバイクを愛する不良達が当時から――現在も――頻繁に店へと通っていた。それを迷惑に思ったのか、将又、当時の不景気の時代に繁盛する彼の店へのやっかみであったのか。客に扮した人があれこれと注文をつけては真一郎に何かを捲し立てていたのだ。
     そこに助けに入ったのが花垣である。愛機となったバブから降りて、さも飛び込み客かのように入店した高校生に、業務妨害罪を示唆されたそのクレーマーは血相を変えて逃げ出したのだ。
     当時、花垣は佐野真一郎についての話を聞かされることは多く。それこそ、似ているとさえ言われていた。二〇〇三年に強盗に入られ生死の境を彷徨い、二年程意識が戻らなかったらしい。バイク屋を経営していた――高校生になって乾から聞いた際にはバイク屋を再開させることができたという情報であった――ということは知っていた。だが、それだけである。黒龍の勢いある時代のことも知らなければ、十一代目も直ぐに活動が終了となってしまったのである。花垣にとっての、佐野真一郎とは『黒龍初代総長』というよりも『佐野万次郎の兄』としての印象が強かった。
     今思えば、敢えてきちんと引き合わされていなかったのかもしれない。出会ったら、花垣と真一郎が意気投合するであろうことは想像に難くなかったのだろう。実際に二人が気の置けない仲となるまでにそう時間は要らなかったのだから。十一歳も離れているというのに。
    「バイク、好きなのか」
     そう尋ねた彼に、頷いて見せた。
    「……多分好きなんだと思います。尊敬する二人から貰ったので、大事にしたくて」
     その返答に既視感のある黒曜石のような瞳を大きく見開かせて、そうか、と呟いた。その反応の意図は、終ぞ今となってもわからぬまま。

     正体が露見しても交流は終わらなかった。寧ろ、知り合いに知り合いであると知ってからは遠慮が無くなった。煙草を咥えたままの彼に、美味しいの、と興味を示すふりをして。奪い取って、携帯灰皿でぐしゃりと潰す。非難めいた視線を躱して、唇を吸って。十一歳も上なのだから長生きしてくれないと、と冗談めかす。
     後頭部へと回し伸びた腕に捕まえられて。あ、と思った瞬間には、がぶりと噛みつかんばかりの熱烈さがあった。夏の熱さよりも燃え上がるような口付けを皮切りに、二人は恋仲となっていた。


    「我慢比べしましょうか、お客さん」
     掴んだ手とは逆の手で、髪を耳にかけた。余裕と挑発。決して許してはおかないという意思の表れ。通報は既になされている。昔の血を騒がせて、思わず唇を舌で舐める。怒りと、その日の不運続きにやけになっていたのもある。首を傾げて宣う誘い文句は、不思議と心地よい響きを持っていた。被害を受けた店員とクレーマーであるとは一見すると分からなくなる程に、客は鼓動を高鳴らせてしまう。
     それは、警察官到着までの一時の甘い夢である。
     覚めて、正気に戻るのは花垣も同様。最早、色々な意味で顔見知りになった交番の制服警官に、さっきの威勢を萎ませて事情を話す。店内に残っていた客に平謝りで頭を下げ、事態が落ちついたのは、予定の退勤時間を二時間も過ぎていた。
     電車に揺られる己の顔には、疲労の色が滲んでいる。彼はもう、帰っただろうか。友人達から、祝福のメッセージが数多く入っている。それにすべて返事を書きながら家路を急ぐ。

    「ただいま」
     散々な日は最後まで最悪な日であるらしい。途中、花垣はこけて、スマートフォンを地面に落としてしまったのだ。画面には見事に罅が入っているではないか。
    「お帰り」
     少し、皺の増えた佐野が扉にもたれかかっている。煙をくゆらせて。ゆるりと玄関に立ち竦んだままの花垣に歩み寄る。気怠げに笑う顔には、皺ができるようになってきた。黒々とした髪にはグレーが混ざり尖りと寂静感が上手く中和された雰囲気は、只管に安寧の香を纏わせる。

     ゆっくりと瞬きをひとつ。
    「吸うか?」
     悪戯っぽく尋ねる。
    「真一郎さん、口寂しいの?」
    「あぁ。お前がいない家は静かで嫌んなるな」
     少しかさついた肌に手の甲を当てて撫で上げる。
    「今日、散々だったんだけど、その言葉で吹っ飛んじゃいました」
     日付が変わろうとしていた。年を重ねるにつれ、実年齢は変わらずではあれども、年の差が開いている感覚は鈍くなっていく。恰好つけなくてもいいのだと学んだ真一郎は、花垣に甘えるという術を身に付けていた。恋人の甘えにより、気分は上向いている。

    「武道。誕生日、おめでとう」
     今日、まだ恋人からその言葉を言われていなかったのである。一言だけでも、一番祝って欲しかった相手から一言も、その口上を受けていなかった。だからこそ、今日は運の無い日であると花垣は決めつけていたのだ。
    「今年は、言ってくれないのかなって……」
    「そんな訳ないだろ?事実婚相手の生まれた日だぜ?」
     再び、煙草を口元に寄せて一呼吸置いた真一郎。首を傾げて、さも当然であるかのような声色で愛を吐くのだ。

    「こうやって最後に祝えるのは、俺だけの特権だからな」




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    DONE五十路真一郎×四十路武道……と言いつつあまり年齢操作感の無い真武

    花垣武道誕生日記念本 web公開 真武分。
    佐野真一郎(初代総長)23~24時の出来事。

    ※本の中では4839字だったんですが、ポイピクでは5千字超えてしまっています。
    愛の特権 散々な一日だった。
     近年稀に見る程に、疲れた日であったとも言えよう。

     その地域のレンタルビデオ店のエリアマネージャーであるとは雖も、その日は久方振りの二日間連続での休暇であった。だが悲しい哉、脆くも崩れ去る。
     その店の社員は三人。本来、この日に出勤予定であった社員の家族が緊急入院したのである。良く言えば少数精鋭、悪く言えば人員が不足気味な職場である。故に急遽、花垣が休暇の予定を返上して勤務に入ることになったのだ。

     記念すべき四十歳になる日。世では『不惑』と定められる年齢になったが、物事に惑わされない精神を保つ事は難しく。感情に振り回されてしまうことも屡々。己の精神年齢は成長していないように思えて。ただ無意味に年齢だけを重ねているのではないかと、毎日思う。同棲して既に二十年を越した恋人からの十分大人になったよ、という言葉を胸に、今日も〝大人〟を演じるのだ。
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