ブランチには少し早い　七種茨の朝は早い。日の出から少し経ったくらいの時間に起床し、身支度を済ませたら届けられたばかりの新聞をダイニングテーブルに置き、すぐさま朝食の準備に取り掛かる。
　新聞は主要誌のほかに英字新聞などを含めて八誌ほどあるが、茨はそれを放置してイヤホンを耳につけながら卵をボウルに割り入れた。新聞をとっていながらも読み上げアプリを活用し続けているのは、諸々の用事を済ませながら主要記事を確認できるという利点があるからだ。どのみち紙で読みたがるのは自分ではなく同居人であるし、自分は後で気になった記事を詳しく確認する程度でいい。
　──そういった朝のルーティンを崩してから、かれこれ数ヶ月になる。同居人が口酸っぱく言い続けたため朝食はしっかり摂っているが、読み終えた新聞はすぐにラックへ放り込むようになった。同居人こと乱凪砂が、海外での長期撮影のために不在だからだ。手持ちの会社や事務所を長期に渡って空けるわけにもいかない茨は本陣で待機する指揮官よろしく国内で待機することも多く、海外での仕事が増え始めてからというもの、それに比例して凪砂のソロ活動も増加傾向にある。そういった茨の事情と、凪砂が愛する父との記憶も色濃いこの国を離れたがらないため、活動拠点は未だ国内のまま。結果的に離れて過ごす時間も増えた。
　凪砂は単独でも世界が平伏す圧倒的なアイドルであると確信していた茨は現状に不満こそないものの、凪砂本人はソロでの仕事が極端に少ないことをやや不満に思っていたようだが、そこはソロで結果を残して相方も呼んでもらえるほどの信頼を勝ち取ってきてほしいものだ。
　一人の室内にもすっかり慣れてトースト片手に新聞を流し読みしていた茨は、目の前のスマホが着信を知らせる音を立てたことに気付いて顔を上げる。今日の予定がつつがなく進行していることを報告するそれに軽く目を通して、最後の一口をぽいと口に放り込んだ。
（風呂……いや、先に軽食ですかね）
　飛行機の到着を待ち侘びて空港で出迎えの準備をする時期はとうに過ぎ、今は適応力が高すぎて時差ボケとは無縁の彼とのんびり過ごすための環境を整える程度に留めるようになった。どうせ互いに久しぶりの再会に感極まってどうこうという性格ではないので、もうじき帰ってくる凪砂が「茨のいれたコーヒーが飲みたい」と言った時に備えて豆を挽いておくだけで十分だろう。
　二人で過ごすオフを満喫する気でいるのだから、朝からそんなテンションでは身がもたない。