おねこKKさん「KK……頭……」
暁人がこちらを指差し震える声でそう言った。
「頭?」
さっきから妙に周りの音が鮮明に聞こえる。それも定位がはっきりと。そこにきて暁人の指摘。
嫌な予感しかしない。嫌だなー嫌だなーと、どこぞの講談師のような気持ちでそっと頭に手を伸ばす。そして、それに触れるのと同時に暁人が叫んだ。
「猫耳!!」
KK自身には見えないが暁人が言う通り、そこには猫耳が生えているのだろう。髪の毛とは明らかに違う手触りと形に思わず絶句してしまう。呪いの直撃は避けたはずだ。耳以外に影響が出ているところはないかと慌てて全身を確認する。少なくとも、自分で確認できる範囲は大丈夫そうだ。いや、尻のあたりに違和感があるが、それをここで確認するわけにはいかない。
一先ず現状を理解し、頭の中で今の自分の見た目を想像するとなんとも言えない羞恥心というか、やるせなさというか、そんな気持ちが沸き上がるのを誤魔化すようにKKは叫んだ。
「なんだよ、この半端な呪いは!!」
暁人がキラキラとした目でこちらを見ている。
(やめろ。そんな目で見るんじゃない!)
これなら完全な猫になった方がまだましだった。
猫耳をつけたおっさんが街中にいるのなんて想像しただけでぞっとする。しかもそれが自分だなんて、考えたくもない。
KKはクリティカルジャケットのフードを深めに被った。暁人は怪訝そうに問う。
「何やってるんだよKK?」
「隠してんだよ、これを」
KKはフードの下の猫耳を指さす。
「なんで隠すんだよ」
「隠すに決まってんだろ! こんなもん着けて街中歩けるか!」
「今どき猫耳くらい誰も気にしないよ。コスプレだと思われるくらいじゃない?」
「おっさんの猫耳だぞ!?」
「可愛いじゃん」
「はぁ〜〜〜」
KKは深く、深く溜息をついた。
「俺に適応されるお前のよくわからんフィルターを除外して考えろ。いい歳したおっさんが猫耳つけて街を歩いてるところを想像してみろ。俺が現役の警察官だったら、職質する。間違いなくする」
そして、職質した結果コスプレだと答えられたなら、何を言っているんだコイツはと思うし、なぜコスプレをしているのかと問うだろう。そんな質問、される側になりたくはない。
「だからとにかく目立たないようにさっさと帰る。ケツの尻尾も鬱陶しいしな」
「尻尾!? 尻尾も生えてるの!!?」
しまった。余計なことを言ったとKKは頭を抱えた。なぜ目の前の青年はこんなに嬉々としてこちらを見つめているのか。
「前言撤回——」
「できると思う?」
食い気味に言われ、また深くため息をついた。
「生えてるよ。面倒なことにな」
「見たい」
「は?」
鼻息荒く暁人がにじり寄る。謎の気迫にKKは退いた。
猫耳と尻尾でなんでこんなテンションが上がっているのか。
「見たい! KKの尻尾見たい!!」
「アホか!」
「なんでだよ! 減るもんじゃないんだし、いいだろ!」
「俺の精神がすり減るわ! だいたい、尻尾がどこに生えるかわかってんのか? 見せるってなったら下脱ぐことになるじゃねぇか。絶対嫌だね」
べっと舌を出す。子供じみた態度だが、相手も子供だからいいだろう。と思ったが、ぶすっと膨れっ面をする暁人をみるとこちらが多少譲歩してやらないといけない気になってくる。仕方ないなとため息混じりにKKは言う。
「家に帰ったら見せてやるから」
「嫌だ! 帰る前に呪いの効果が消えて元に戻ったらどうするんだよ!」
「どうもしねーよ! 戻ってめでたしじゃねーか! 何が不服なんだよ!」
「だって——」
ぎゅっと拳を握りしめ、力一杯に暁人が叫ぶ。
「もったいないじゃないか!!」
「はぁ!?」
「だって猫耳だよ!? それだけでも可愛い! 撫で回したいって思ってるのに尻尾まで! 猫の尻尾は可愛いんだよ!? 撫でてる時に尻尾を絡ませてくるの! あれ、最高に可愛いんだよ!? KKは猫を触らないから知らないだろうけど、めちゃくちゃ可愛いの! それをKKにしてもらいたいんだよ! 僕は!!!」
KKは呆気に取られていた。開いた口が塞がらないとは正にこのこと。
(バカだ。アホだ。え? こんなにアホの子でしたっけ暁人くん??)
一気に捲し立てた暁人はぜぇぜぇと肩で息をしている。目が血走っていて正直怖い。
どれだけ必死なんだコイツはとまた溜息を吐きそうになったところで、ガッと暁人が距離を詰めKKの両肩を掴んだ。それもかなりの力で。
「そんなわけだから、戻る前に見せてよ、尻尾」
「どんなわけだよ!」
馬鹿馬鹿しいやり取りに疲れ、KKは肩を落とした。