言霊3 side 暁人 何であんなこと言っちゃったんだろう……。
昨夜のことを思い出しては何度もそんな後悔を繰り返していた。
なんでKKを責めるようなこと、言ってしまったんだろう。
今考えればKKが言っていることもわかる。明確な答えを出さないのは今の関係を壊さないための選択肢の一つだ。僕がそれに納得するかは別として。けれど、あのときはその選択肢自体を受け入れられなかった。そもそも、依頼者の話を僕とKKのことにすり替えてる時点でどうかしてたのだ。
言い訳をするなら、悪霊の気にあてられよくない方向に思考をもっていかれていた、引きずられてしまっていたせいだ。自分に向けてそんな言い訳を反芻してはため息を吐く。
この間から、自分に言い訳してばかりだ。
昨夜は悪霊は倒したこと、どいう状態だったかなどを依頼主に伝え、後日正式な報告書と請求書を送付することになると説明してその場を後にした。常ならそのあとはアジトに戻ってちょっとした事務処理をしてからKKの家に寄るというのがお決まりのコースなのだが、昨日はそうではなかった。アジトに戻る前にお前はもう帰れと言われてしまったのだ。色々言いたいことはあったけれど、また余計なことを口にしてしまうのが怖くて僕はそれを受け入れた。
いつもより早い帰宅に麻里が驚いていたが、本当のことを言うわけにもいかず笑って誤魔化した。
それから頭の中では何であんなことを言ってしまったのかと自問自答を繰り返している。
KKに謝りたいけれど、何をどう伝えたらいいかもわからず、スマホを手にしては諦めるということを繰り返している。もしかしたらKKから連絡をくるんじゃないかという淡い期待もあって、スマホの画面を見る回数だけを重ねていた。そんな調子だったから今日は大学の講義もほぼ上の空で、2コマしか履修していない日でよかったと心から思った。
必修科目の少ない日であるのは友達も同じで、講義終わりにカラオケ行こうなんて誘われたが、もちろんそんな気分じゃない。体調が悪いからと断った。調子が悪いのは本当だ。身体じゃなくて精神の方だけれど。
帰宅してからも考えるのは昨夜のことばかりで、これではいけないと夕食の支度をはじめた。手を動かしていた方が気が紛れると思ったから。今日は唐揚げと味噌汁にしようと頭の中で段取りを考える。それなりに慣れた手つきで調理をすすめはするけれど、集中はできていないくて、傍に置いたスマホの画面を覗き込んではその変化のない画面にまたため息を吐いてしまう。
メッセージの届かない待ち受け画面に表示された時刻は、17時半をすぎた頃だった。そろそろ麻里が返ってくるなと思った時に玄関の鍵が開く音がした。
「ただいまー」
「おかえり」
制服姿の麻里がリビングに顔を見せる。外はまだ暑いらしく、汗で前髪が張り付いていた。
「ご飯の準備手伝うよ。手洗ってくるから待ってて」
パタパタと洗面所へと向かった麻里はすぐに戻ってきた。
「今日は唐揚げ?」
「そう。あと揚げるだけだから」
「じゃ、食器とか準備しとくね」
食器棚からグラスと取り皿をだしてダイニングテーブルに運んでいく。テーブルセッティングは任せて僕は揚げ物に注力しよう。
調理台の隅に置いていたスマホを取り上げ画面を確認し、やはりメッセージはないこと落胆しつつそれをズボンのポケットにしまった。油の中の唐揚げが、先ほどよりも少し高い音でないている。はやく油から出さないと。
キャベツをのせた大皿に唐揚げを盛り付ける。その間に麻里が椀に味噌汁を注いでくれる。それとご飯も茶碗によそう。それらを手分けしてテーブルに運んだ。
席に着いてもう一度スマホを確認する。もちろんメッセージは来ていない。やっぱり後で僕から送ろう。そう思ってディスプレイを下向きにしてテーブルに置いた。
「「いただきます」」
二人向かい合わせにダイニングテーブルに座り、手をあわせた。「いただきます」と「ごちそうさま」は必ず言うことにしている。昔からそうだから。
たわいのない話をしながら箸をすすめる。麻里は夏場の体育は最悪だとか、週末は絵梨桂ちゃんと買い物に行くと話してくれる。それらに頷きつつ、伏せたスマホにちらりと目がいってしまうのはなぜなのか。
「お兄ちゃん」
「ん?」
麻里の呼びかけに、僕は味噌汁を口に運びながら生返事を返した。
「KKさんと喧嘩でもした?」
「ぶっ」
予想外の問いかけに口に含んだ味噌汁を噴き出す。
「な、なんだよ急に」
「動揺しすぎでしょ」
麻里の視線が僕のスマホへと向く。
「さっきからスマホ気にしすぎだし、なんか落ち着きもない。それに、これ」
味噌汁の入った椀を指差す。
「味薄いよ。出汁入れ忘れたんじゃない?」
言われて改めて味噌汁を口に運んだ。確かに薄い。出汁を入れたかと言えば、覚えていない。ずっと気がそぞろだったせいだ。
「ごめん……」
「別にいいんだけどね。で? ケンカしたの?」
「ケンカ……というか、すれ違いというか……」
告白したのに返事がなくて癇癪を起こしました。なんて妹に言えるわけもない。歯切れの悪い回答に麻里が大仰に溜息をつく。
「言いたくないなら別にいいけどね」
「あのさ、俺そんなにわかりやすかったか?」
「態度に出てたもん」
でも、と麻里が続ける。ちょっと困ったような笑みを浮かべて。
「昔はわかりにくかったかも。お母さんがいなくなってから、お兄ちゃんあんまり顔に出さないようにしてたでしょ? でも最近はちゃんと顔とか態度に出るからわかりやすいよ」
言われてどきりとした。
「あと、嫌なこと言われると強制的にシャットアウトしてたよね。シャッター下ろすみたいに」
過去の自分の行いを振り返れば真里の言う通りだ。我が妹ながら、よく見ている。
「ごめん」
僕は再び謝罪の言葉を口にすると麻里がかぶりを振った。
「謝らないでいいよ。そこから変わろうとしてくれて今があるんだし。でも、まだやっちゃうことあるんじゃない?」
「なにを?」
「シャッター下ろすの。さっきすれ違いとか言ってたでしょ? KKさんの話、ちゃんと聞いてあげたの?」
はっとした。言われてみれば、僕はKKの言葉をちゃんと聞こうとしていただろうか? 返ってこない言葉に焦って自分の思いだけぶつけてしまっていたのではないか。だとしたら、僕はなんて馬鹿なことを……。
何度後悔したかわからないが、僕は改めて深く後悔した。
はやくKKに謝りたい。その想いがいっそう強くなったとき、マナーモードにしていたスマホが震えた。慌てて取り上げて画面を見ればKKからのメッセージだ。
『20時に俺ん家な。酒とつまみ。あと煙草よろしく』
ぶっきらぼうな文面。そのうえとても急な誘いだ。彼からの連絡を期待していたはずなのに、いざそれが来ると焦ってしまい、なんと返せばいいのかわからなくなる。昨日の謝罪を含めて返すべきか? でもそれは会って話をする方がいい気がする。
そんな僕を思考を見透かすかのように麻里が言った。
「KKさんから?」
また顔に出ていたのだろうか。僕は誤魔化すのも変だと思い素直に答えた。
「うん。麻里ごめん。ちょっとこの後出かけてくるよ。帰りは遅くなるかも」
「わかった。私のことは気にしなくていいから、ちゃんと仲直りしてね」
どっちが年上かわからない物言いに僕は苦笑した。僕はスマホの画面に視線を落とすと『OK』とだけ書いて送信ボタンを押した。