少年はいつも宙を見上げていた。なにをしているのかと問うと、星を見ていると答えた。
孤児院の朝は早い。育ち盛りの子供たちの朝食を用意するのだ。時間はいくらあっても足りない。食材の下処理を終えたところで、ふと思い至って屋上に向かう。
ドアを開けた途端、冷え切った風が肌を撫でる。遠くの空がほのかに明るく、頭上はまだ夜の色が濃く、星が煌めいている。時が切り替わる瞬間、夜と朝の狭間だ。
屋上に備え付けられたベンチには少年が一人座っている。なんなのかよく分からない金色のもふもふしたぬいぐるみを抱きかかえて、少年はずっと見上げていた。
「おまえ、今日も寝なかったのか」
少年はただ視線を動かした。自分に話しかけたのが誰なのか確認した後、また空を見上げる。夜空にも似た瞳に、いくつもの星が輝いた。
「星のなにがそんなに好きなんだ」
正直なところ、答えが返ってくるのを期待していたわけではなかった。これに類似した疑問は何度も投げかけたが、まともな答えが返ってきた試しがない。
少年はなんだかすごくめんどくさそうな表情になったが、ふとした気まぐれの一環で口を開いた。理解されてもいいし、理解されなくても良い。そんな口ぶりだ。
「好きというわけではない。ただ……少し、羨ましいのかもしれない」
少年は初めて空から視線を落として、目を伏せた。抱きしめているぬいぐるみを心無しか優しい手つきで撫でる。空を見ずとも、その瞳には変わらず光があるのだろうとなんとなく思う。星の輝きは空にあるものではない。その瞳のなかにあるのだ。
「あの光は……今も滅びに向かっているのだろうか? それとも、もうとっくに滅んでいるのだろうか」
小さくつぶやかれた内容を聞き漏らすことはなかったが、内容を理解できたかというとそれはまた別の話だ。
少年がいままで言ったことを脳内で思い返す。
つまり…………どういうことだ?
「おまえはバカだからな……」
少年はあきれ返った様子で言った。
「俺、今なんで貶された?」
「顔に書いてある。まあ、それくらい鈍感なほうが生きやすかろうよ」
会話は終わりだと態度に出して、少年はまた空を見上げた。
そろそろ仕事に戻らないといけないのは確かなので、ちょっとでも良いから寝ろよと声だけかけて、厨房に戻ることにした。
それはそれとして。
俺は養子を引き取っても良いという友人を一人孤児院に招き、少年と会わせることにした。わざわざクリスマスの夜を選んだのは、せっかくなのでこの出会いが贈り物ということにしようと思ったからだった。まあお互いの相性もあるので、そのまま引き取ることになるかは分からないが、大丈夫だろうという予感があった。
「はじめまして」
少年と目線をあわせるために、友人は膝をつく。友人の金の髪が風に揺れた。輝かしい男がいるだけで、その場が明るくなったように感じる。
少年は信じられないものを見たかのように限界まで目を見開いて、唇を戦慄かせていた。
あの後、自分なりに考えて、少年の証言から連想できたのがこの男だったので、とりあえず引き合わせてみようと思ったのだが、これが正解なのではないだろうか。
滅びを感じさせるような光とは、この男を置いてほかにない。
どや、と腕を組むと、友人からは見えない角度で少年から蹴りが飛んできた。
痛い!