「どうした、ハイドリヒをそんなにじっと見つめて」
「いや、見つめてるってわけじゃなくてだな。単に、海来たのにあの人結構着こんだままだなって思っただけだよ」
ソフトクリームの屋台に並んでいるマリィとラインハルトを待っている間、眺めていただけである。見つめるとかではない。
レンの分も、買ってきてあげるね。とうれしそうにパレオのすそを揺らして飛び出していったマリィを追いかけようとしたが、ラインハルトにそっと止められたのがついさっきのこと。卿のために買ってきたいのだよ、彼女は。と微笑ましげにささやいて、ラインハルトがマリィを追いかけていった。あれは完全にはじめてのおつかいに張り切るこどもを見るそれであった。
揃いの麦わら帽子をかぶって並んでいるふたりは、ともすれば年の離れた兄妹のようにも見えるなあとか、普段より軽装でなんだか不思議だなあとか、海来たのに水着じゃないし泳がないのかなとか、眺めていただけなのだ。
「見ているではないか。……ふむ、しかしそれはつまり、ハイドリヒの肌が見たい、と」
「違う違う違う」
気持ちは分かるが……みたいな表情をするな。お前になにひとつとして分かられたくはない。と思いつつ、藤井蓮はメルクリウスから十歩ほど離れた。心の距離をそのまま反映してやりたいところだが、そうするとこの浜辺の端から端まで離れても足りなくなってしまうので、ひとまず十歩離れた。
単にぼやっと見ていただけなのだから、なにがどうもない。しかしそれをそのまま伝えると、余計ややこしくなりそうだ。
「ひ、日焼けでも気にしてるのかなって思っただけだよ」
あまりにも苦しい話題転換だが、変な勘違いをされるよりかはいくらか良いだろう。
「ハイドリヒの肌が紫外線なぞに負けるわけがないだろう」
そうかな……? そうかも……、そうだな……。覇道神だしな……。
理解できないことを聞いたと言いたげな表情で当然のように言い切られて、藤井蓮は曖昧にうなずいた。その理屈でいけば、この場にいるものは全員日焼けしないことになるが……。そこで藤井蓮はあらためて場にいるものを見回した。
マリィにソフトクリームを渡しているラインハルト、両手でソフトクリームを受け取ってうれしそうにしているマリィ、それを遠くから眺めて相好を崩しているメルクリウス、そして自分。
たしかに日焼けなんぞしそうにない面子であった。
覇道神だもんなあ、日焼けなんかしないか。
「なんだ、愚息よ。日焼けした女神と我が友が見たかったとでも?」
「誰もそんなこと言ってないだろうが」
なぜかゴミを見る目を向けられたので、藤井蓮は真顔で丁寧に否定を重ねた。
というよりこの男にそんな目をされるのは、あまりにも不服すぎる。
俺のがよっぽど真っ当な性癖を持っているはずなのだが。
ふと、支払いを済ませたラインハルトが振り向いた。
つば広の麦わら帽子が落とす影のなか、輝ける瞳が笑みを含む。今までの会話が筒抜けかのように思えた。
どきりと心臓がはねて、全身の血が騒いだ。藤井蓮はすばやくメルクリウスとの距離を十歩つめて足を振りぬいた。
「いきなり何だ」
ひょいと避けつつ、メルクリウスが怪訝そうな顔をする。
「いや、今のはなんか、危なかったなって思って……」
「いきなり蹴るお前のほうがよほど危険だと思うが……」
それはそう。否定のしようがなかった。