「オナガさんは、歌わないんですか」
ふと、疑問に思った事をヨミは手を止めて口に出す。
オナガはヨミに歌を伝える時、音階で伝える。発声の時も意識する場所を言葉で伝えるのみだった。
つまりはオナガ自身が歌い、手本になる事はなる事はない。
「⋯⋯なに、この伝え方じゃ分かりにくい?」
「いえ、とても分かりやすいん、ですけど⋯⋯オナガさんの歌声聴いたことないなって」
オナガはサングラスのブリッジに触れ、ヨミから目を逸らす。そして、ひとつため息をついた。
「ヨミくん、バンド組む時に約束したでしょ。オレは歌わないよって」
「でもそれってバンドとしてってことじゃ。普段とか」
「歌わないよ」
ヨミを見据えた瞳はアーチを作る。いつも通りのような顔でオナガは笑っていた。
説明しようの無い、謎の罪悪感がヨミの中に生まれる。言ってはいけないことを言ってしまったのではないかという不安。
「そ、うなんですか⋯⋯」
ヨミは思う。理由を聞いては、いけないのだろうか。知りたいと思う事は贅沢だろうか。
ただ、目は口ほどに物を言うように。その話はするな、とオナガの笑った瞳は語っているかのようだった。
この時のヨミにはまだ、これに逆らうほどの心の強さを持っていなかった。