ルキ探🦎🧲 猙るろ帰らずの森。この森に入ったら最後、誰も出られない。伯爵達がそう言っていた。上級血族でも手を焼くような怪物が住んでいる。だから絶対に入ってはいけない。僕なんかでは、何も出来ずに殺される。そう耳にタコができるくらい言われた。
その森を僕は走る。走って走って、もうどれほど経っただろう。帰り道なんかとっくに分からなくなった。それでも何を目指すでもなく走り続けている。
行く場所なんかない。それでもこのままただ死や滅びを待つよりはずっといい。止まってはいけないんだ。死ぬなって、生きろって、言われたから。
脚が痛い。お腹が空いた。頭が回らない。とっくに人間から外れて常軌を逸した力をもつはずの肉体ですら悲鳴をあげている。息が苦しい。肺がひゅうひゅう鳴って、視界が潤んで、脚が縺れた。木の根に躓いたらしい。身体が浮く。
ああ、死んじゃう。誰か助けて。誰か。お願いだ。まだ死にたくない。僕はまだ、死にたくないんだよ。
思わず強く目を閉じた。
「大丈夫かね?」
声。声が聞こえる。誰かに抱き締められている。誰。僕を始末しようとする人、にしては優しいような。
あんまりにも怖くてがたがた震えながら顔をあげた。
「え、えっと……?」
狼の被り物をしている男性と目が合った。鱗に覆われた尻尾がある。人間ではない。でも吸血鬼でもないみたいだ。彼は一体……
「私はこの森に住んでいる者だ。ルキノ。ルキノと呼んでくれ」
礼儀正しく挨拶をしてくれる。どうやら悪い人じゃないらしい。とても大きくて少し威圧感があるけど、怖い感じもしない。
この人が、この人が僕を、助けてくれたんだ。
「ぼ、ぼく、あの、えっと」
「落ち着きなさい。ゆっくり呼吸して。そう、上手だ」
背中を撫でられて次第に息が整っていく。破裂しそうだった心臓も普段通りの脈に戻った。
「す、すみません……僕は、ノートンと言います」
「ノートンか。事情は……聞かないでおこう。今日休む場所はあるのか?」
そう問われ、僕は首を横に振る。休む場所どころか帰る場所すらなくなった。ここ数日何も口にしていない。僕はもう人間ではないから多少は問題ないけれど、このまま飲まず食わずというわけにもいかない。これからどうしよう。
「……うちに泊まりなさい」
「えっ?」
「全て君の顔に書いてある。君の口に合うものがあるかは分からないが、雨風くらいは凌げるだろう。暫くの間は私の家を拠点にするといい」
彼は、ルキノさんは、そう言って僕の頭を撫でた。鋭い爪がヘルメットに当たってゴツゴツ音を立てる。それが何故だか心地よく感じて、気付けば僕は、よく考えないまま頷いていた。
「…………ありがとう」
「どういたしまして」
ルキノさんが、ふふっと笑った気がした。
抱き上げられたまま森の更に奥深くへと進んでいく。