意地悪な恋人「おやおや、また不貞腐れているんですか?」
深夜の食堂に聞き慣れた声が響く。のっそり振り返るとジャック、僕の恋人が立っていた。暴飲を咎めに来たのだろうか。
「……別に、いいでしょ」
ぷいっと顔を背けるようにしてまたグラスに手を伸ばすとやんわり手首を掴まれる。離して欲しい。まだまだ飲まないとやってられないんだから。
「一人だけ逃がされたのが余程不服だったようで」
「……そうだよ。試合に飽きた、だってさ。マリーは自由すぎる。僕らは狩られる側だろうけどさ、生きてるんだ。意思が、心がある。それでも彼女にとっては玩具と変わらないんだろうけど」
もう知っているなら誤魔化しや黙りしたって無駄だ。さっさと説明してしまった方がいい。やけくそ気味に話すとジャックの手を振り払ってグラスから酒を煽った。
「玩具ですか。昨日私が貴方のダウン状態をたっぷり眺めた事は怒らないのに、女王陛下には随分とご立腹ですね」
ジャックは不思議そうに首を傾げると、僕の手からグラスを取り上げてしまう。ムッとしつつ酒瓶に手を伸ばせばその瓶すらもさっと避けられる。なんだよ。別にいいじゃないか、ヤケ酒くらい。そもそもヤケになってるのはマリーの所為だけじゃないんだし。
「だってジャック……僕を見て興奮してた、でしょ」
「バレていましたか」
「それはだって、あんな目で見られたら……わかっちゃうって…… だから昨日はてっきり僕の部屋に来てくれるかと思ったのに、来なかったね」
そう。僕が荒れているのはこれも原因のひとつだ。
来て欲しいなら僕から行けばよかっただけ。わかってる。ジャックは悪いことなんて何もしていない。でもさ、モヤモヤしてしまうんだよ。頭ではわかってるのに心が思い通りにならない。けれどこの気持ちを吐き出せるほど親しい人間もいないから一人で酒に溺れてたってわけ。
人の気も知らないで。なんて咎めるように酒瓶を引ったくりそのまま口をつけた。アルコールが喉を滑り落ち、身体をカッと熱くする。
行儀が悪いなんて知らないよ。そんなのはどうだっていい。今気持ちが楽になるなら、それで。
「そんなに飲んでは身体に良くないと言っているのに。全く、悪い子だ」
ぷは、と口を離した途端、後ろから伸びてきた手に頬を掴まれた。
「じゃ、ジャック……?」
顔を仰け反らせるように上向きに持ち上げられる。首が痛いと思う間もなく唇が重なった。
すぐに彼の舌が入り込む。上顎の奥を軽く撫でられて下腹部がずくりと疼いた。思わず椅子から腰が浮いてしまい、そのまま腕を引かれて立たされる。
「悪い子にはお仕置をしなければ」
どうやらご機嫌みたいだ。甘く意地悪な声で喉をくつくつ鳴らしている。それが何だか気に入らないのに、何度も深く口付けられて頭が蕩けてきた。ふわふわする。
「んっ……あ、ッ……こ、これ、お仕置、じゃないっ……」
「ふむ。では君にとってこれはなんですか?」
ジャックは僕の腰に腕を回しニヤニヤしている。まるで子猫にするみたいに顎まで撫でながら。こうすれば僕が恥ずかしがったり嫌がったりすると思ったんだろう。僕の反応を見て楽しんでいるんだ。
でもね、僕もやられっぱなしにはならない。
「……それはさ、貴方の部屋で聞きたいと思わない?」
わざとらしくジャックの胸に縋りながら見上げる。衣服に包まれた肌を刺激するように彼の腰を撫でながら。
「では拗ねた恋人を部屋までエスコートしましょう」
途端にジャックは声色を変えた。大袈裟な仕草で敬礼しているけれど今すぐにでも僕を頭から食べてしまいそうな雰囲気だ。
それに拗ねた恋人だってさ。やっぱり。全部わかっててやってるんだからたちが悪い。
「……仕方のない人」
差し出された手を取り、身を委ねる。まるでそれが当然といったような自然さで抱えられて僕らは部屋を出た。
倒れた椅子やグラス、飲みかけのボトルは、朝までに片付ければいいだろう。この後ジャックが綺麗にしてくれるはずだ。
昨日の分まで、今日はたっぷりと甘やかしてもらうのだから。