六、頬(親愛、厚意、満足感) 特別じゃなくていい。ただそこにあって居てくれればいい。
小竜は、マントにくるまって、南泉のように縁側に転がっていた。うとうとと庭の水やりをしている、大包平を見ている。
「サボるな。小竜。」
今日の当番は庭の水やりだ。本丸には大小さまざまな庭が多くあるので、水やりも一苦労だ。もちろん彼らが全部に水をやるわけではなく、他の当番同様、皆で手分けをしてやる。今日彼らが割り当てられた、若葉が生い茂る庭は、太刀の二振りでやるには、手狭だった。
「今日は当たりさ。がんばって、大包平。」
すっかり昼寝を決め込んだ小竜が目を閉じる。
「小竜。」
大包平は叱るように低く名前を呼んで、小竜からマントを剥ぎとる。文字通りくるまってた小竜は、くるくると回って縁側を転がっていく。
「小竜!」
あわてて大包平が手を差し出すが、小竜はそのままどたんと間抜けな音をたてて、縁側から落ちた。
「痛った―。」
敷石にしたたか頭をぶつけた小竜は、頭をさする。
「大丈夫か?」
「平気。カッコ悪いところ見せちゃったね。」
小竜は立ち上がって、服についた砂を払う。
「サボった罰だ。」
大包平が悪戯っぽく笑う。
(あ)
小竜は大包平の何かに気づいたように、目を細める。
「ほら。おまえも真面目にやれ。」
大包平が小竜にホースを持たせる。それだけして、大包平は水やりに戻った。小竜はその姿と、渡されたホースを見る。ホースの先は散水状になっていて、付け根をひねると散水の強さが変わる仕組みになっているようだ。
小竜は真面目に水をやっている大包平の後ろ姿を見る。小竜のホースからは柔らかに水が流れ落ちている。その付け根を絞って、小竜は大包平のほうに向けた。
「……っ、冷たい!」
いきなり水を浴びせられた、大包平は一瞬、何をされたか分からないようだった。
「隙だらけだよ。」
小竜が笑う。
「こーりゅーうー!」
大包平もホースを小竜に向けた。
「アッハハハハハ!」
小竜は逃げるが、水の速さには勝てずに、反撃を受けてしまう。しばらく二人は、笑いながら水をかけあっていた。
「これは、誰にも知らないうちに着替えに戻った方が良さそうだね。」
小竜の髪はすっかり水を含んで、水滴があとからあとから落ちてくる。全身濡れてしまったこともあるが、二人とも濡れてては、何をしていたか一目瞭然だ。
小竜の見ている横で、大包平は本当に犬のように、両手と頭を振って水を払っていた。小竜はくすくすと笑い始める。
「なんだ?小竜。」
大包平が不思議そうに、小竜を見る。
(可愛いなあ)
小竜は掠めるように、大包平の頬に口付ける。
「なっ!」
「可愛いと思って。」
「俺が?」
「キミが。」
「俺のどこが可愛いんだ。」
大包平はあまり可愛いとは言われない。言われなれない言葉を聞いて、大包平は首を傾げる。
「全部かなあ。」
小竜はふっと笑う。彼のすべてが愛しいと思える。
なんだそれは。という顔の大包平を残して、小竜は嬉しそうに歩き出した。