大包平が修行から帰ってきました 大包平が修行から帰ってきた。玄関がざわついている。小竜は人垣の後ろから様子を伺う。なんとなく、真っ先に出迎える気分にはならなかった。小竜は他の刀に比べればゆっくりと、その刀達の中にまぎれていった。わいわいとしている他の刀達を見ながら、小竜は静かに考える。
(これから主に報告して、そのあとは宴だなあ。それが終わったら……来てくれるかな?)
大包平も疲れているだろうし、宴会は朝まで続くかもしれない。それでも、二三事、二人で話したいと小竜は思った。大きな刀も多いので、小竜は背伸びをして、帰ってきた大包平を見る。
(なんか顔つきが違う)
もとから、精悍な顔つきだが、それがさらに引き締まっている感じがする。それは、きっと気のせいなんかじゃない。ともすれば、食いかかるように見えた、目は、形はそのままに落ち着いた光を宿している。誰かと言い争うことの多かった唇も、今は笑みすらたたえて、柔らかに見えた。
小竜は誰にも気づかれないよう、人垣から離れる。頬が熱い。
(だって、あんな顔になって帰って来るなんて……)
自分も修行にいった身だし、ある程度の変化は予測はしていた。しかし、帰還した彼は想像以上で、小竜はどう顔向けすればいいのか、分からなくなった。向こうから、無事の帰還を喜ぶ声がし、それに応える大包平の声が聞こえる。
声は相変わらずだが、自信に満ちあふれたその声音は、小竜の元へもはっきり届いていた。大地に根を張るような、浮ついたところのない声。修行に行く前の大包平にあった、少しの卑下はどこにも見当たらない。あの顔で、あの声で、名前を呼ばれると想像しただけで、赤くなりそうだ。小竜は皆に背を向けて、顔を押さえる。現に今赤くなっているではないか。初めに思っていたように、言葉を交わすことすら、難しく思えてきた。小竜は深呼吸をすると、気を取り直して、大包平の方を見る。
小竜が大包平の姿を追っていると、大包平と目が合った。気づかれたと思ったときには、すでに彼は他の刀を押しのけて、まっすぐに小竜の元へやってくる。
「おかえり、大包平」
小竜はその圧に、若干後ずさりながら、そう言った。小竜本人としては、もう少しあとで、ちゃんとした出迎えをしたかったのにと思った。
「小竜」
真剣なまなざしで見つめられる。小竜はその瞳から目を逸らせない。旅を終えて帰ってきた大包平は何も言わずとも、何かが違うとわかってしまう。
小竜がそれ以上考える間もなく、大包平は、小竜の方へ唇を寄せた。そのまま、熱烈な口づけをされる。いかに周知の仲とはいえ、全ての刀が出揃っている前でこれは、いただけない。小竜は大包平を押し返そうとするが、がっしりと、腰を抱かれて、身動きがとれない。さすがに恥ずかしくて、小竜は力をこめて、大包平の腕を掴むがびくともしない。あれと小竜が思っているうちに唇が離れる。ほっとしたのも束の間、小竜は次の瞬間、自分の耳を疑うことになる。
「結婚しよう」
小竜は大包平に真摯な面持ちででそう言われた。
「は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、こういう顔だろう。混乱している小竜をよそに、大包平は、自分の腕に小竜が腰かけるような形で抱き上げた。
「え、ちょ、なに?」
大包平は急に抱えあげられて驚いて身をよじる、小竜の背を支える。大包平は小竜を見上げて言った。
「絶対おまえを幸せにする。小竜景光」
その声は、迷いなく、違いなく、そして、どこか甘やかだった。
そんな大包平に対して、小竜は動揺するしかなかった。顔から火が出そうだ。しかし、それが冗談でもなんでもないのは、彼の性格上知っているし、大包平の表情が物語っている。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
これ以上ないほど、顔を赤くした小竜が、やっとのことで言葉を返す。大包平は微笑んで、もう一度、小竜に口付けた。周りが歓声を上げるが、二人の耳には届かなかった。