十一、腕(恋慕) 畑当番の終わりかけだった。
「大包平。血が出てる」
小竜は大包平の腕をとった。赤い筋が出来ている。
「小枝にでも引っかけたのだろう。舐めたら治る」
小竜はじっとその傷跡を見て、顔を近づけた。それから小竜はペロリとその傷を舐める。
「なっ」
大包平は分かりやすく驚いた。
「だって、舐めると治るって言ったじゃない」
小竜は、ニヤニヤと大包平の顔を見る。
「言ったが、それはそういう意味ではなくてな」
「分かってるよ。ちょっとからかってみただけ」
小竜の舌には、まだ大包平の血の味が残っている。大包平はため息をついた。
「おまえはいつもそうだ」
大包平は小竜の顔を見るが、小竜は前を見ていたので、綺麗な横顔しか見れなかった。
「誰にでもこんなことをしているのか?」
「うーん、どうだろう」
小竜はアハハと笑う。本当は大包平以外にこんなことはしない。彼に少しで近づいていたいから、チャンスがあれば、からかっているという理由を立ててこういうことをしている。
「あまり、他のやつにはやるな」
小竜は目を丸くする。それはどういうことだろう。
「他のやつが、驚く」
大包平は頬を掻いた。小竜は、緊張を和らげるために、ごくりと唾を飲み込む。
「……なら、大包平ならいいんだ」
小竜は平静を保って言った。横目で大包平を見る。彼は、困った様な顔をしていた。
「まあ、そういうことになるな」
大包平の頬が少しだけ赤いのは、なぜだろう。小竜は、大包平から、目を逸らす。これは都合のよい解釈をしても、いいんだろうか。小竜は、自分も頬が熱くなってしまうのを止めることはできなかった。
微妙な沈黙が流れる。なんとか、頬の熱を冷まして、沈黙を破ったのは小竜だった。
「楽しみが増えた」
小竜はまるで面白半分のような口調でそう言った。
「どういうことだ?」
大包平は小竜の方を見る。小竜は笑っていた。
「思う存分、キミをからかえるからさ」
「それも困るな」
大包平の頬はまだ赤い。
「どうして?」
小竜の質問に大包平は言いよどむ。
「それは、その……なんだ……」
ニコニコと小竜は大包平を見た。心音が速くなっているのを、大包平に気づかれないよう、小竜は願った。
「まあいいや」
小竜は大包平と腕を組む。
「小竜!」
「これくらい、からかってる内には入らないでしょ?」
「だがな」
小竜は大包平と腕を組んだまま、半歩くらい先に行く。小竜は本当に嬉しそうだった。
小竜が喜んでいるなら、まあいいかと大包平も歩き出した。
組んだ腕に大包平の重みを感じる。相変わらず、小竜は微笑みを絶やさないで、内心思う。自分が彼に恋をしているなんて、誰にも教えたくなかった。