十三、手首(欲望) 戦場の風はいつも熱く頬をなぶる。小竜は全身でその風を受ける。風はいつも同じ匂いがした。
今回の出陣は快勝とまではいかなくとも、苦戦はしなかった。部隊の士気も高かった。しかし早い段階で馬の脚をつぶされてしまった。機動が落ちた分、いくらか向こうの手数が多くなってしまった。深い傷は避けられたが、全員があちこちに手傷を負う羽目になってしまった。
「怪我はないか?」
「キミこそ」
「かすり傷だな」
そう言いあう二人の顔には、言うとおりかすり傷が何か所かついていた。
「他のみんなも同じ感じだねえ」
小竜が他の刀を見回す。
「損害としては軽微といったところだろう」
「手入れ部屋には微妙なあたりだね」
頬の傷からあふれた血をすくって舐めながら小竜が言った。鉄と人間でしか持ちえない脂の味がする。
「おまえのそれは入れてもらえ」
大包平は小竜の腕を指さした。左腕の防具の下あたりがざっくり切れていた。
「見た目が派手なだけだよ。そんなに深い傷じゃない」
だがと大包平の目が言うので、小竜はポーチからいくつか治療に必要なものを取り出すと、大包平に渡した。
「薬を塗ってくれる?」
とはいっても、戦闘は終わっているので、のんびり養生などしてられない。大包平は小竜の傷口を少しの水で流して、薬を塗って包帯を巻いた。
「ありがとう」
小竜が礼を言う。大包平も答えるように微笑んだ。
馬がダメになってしまったから、帰りの場所までは徒歩の移動だ。足場が特別悪いというわけではないが、戦闘の疲労が濃い。重たくなった足で部隊はぞろぞろと帰路へ着く。
(触りたいなあ)
前を行く大包平の背中を見ながら小竜は思った。土埃に汚れているが大包平の背中には傷は一つもない。小竜はふと以前、何かの折にその背中に大きな線状の傷がついたことを思い出す。あれはひどい撤退戦だった。思い出すとその時の傷が痛むような気がした。
(おなじ)
風が吹く。それは生臭く生温い。戦場など足元を見ればいつも同じだ。今日ついたばかりの小竜の左腕の傷が痛んだ。血と混ざった薬の臭いがする。今日だって、たまたま運よく敵に勝てただけなのだ。いつだってもしかしたらが転がっている。
そんなことに気を取られていたのだろうか、小竜は足を滑らした。
「大丈夫か?」
前を行く大包平は振り返って、地面に尻餅をついた小竜を見る。
「平気。転んだだけ」
「掴まれ」
大包平が右手を差し出す。その右手の袖が、手袋ごと切れていた。破れた皮手袋を伝って血が一滴落ちる。宙を転がるそれは真ん丸な宝石のように小竜の目に映った。ここは戦場。生も死もそのほかも渦を巻く。
小竜の胸の奥から塊のようなものがわきあがる。
「小竜?」
小竜は、大包平の、利き手の、柄を握ってよく使い込まれた手袋の、その隙間から覗く素肌を、ちらりと血よりも赤い舌で舐めた。