ピカピカの化け物たちへ「今度の三連休の練習だが、土曜日に高校生を2人練習に混ぜようと思う。牛島がいないから、年齢的にそこそこ離れることになるがよろしく頼んだぞ」
木曜日の練習前ミーティングで朱雀監督から伝えられた言葉は、シュヴァイデンアドラーズの面々から言葉を奪うのに十分な威力を持っていた。そもそもVリーグでは、高卒選手を採用することは滅多にない。基本的に大学リーグで経験を積み成績を残すことが、プロリーグに挑戦する必須条件のようなものだった。なので早くも日本代表メンバーに選出されているあの牛島若利を大学1年から内定選手として契約したことでさえ、Vリーグでは大きな話題を呼ぶほどの異例だった。
このような前提がある中で「高校生を練習に混ぜる」という言葉は「もし見込みがあり本人の意思があれば高卒であっても契約を考える」といった意図が含まれているのは間違いない。なんでも牛島から下2世代の高校男子バレーは非常に豊作らしく、これを機に優秀な選手が早い内から高いレベルの経験が積める仕組みや土台づくりをしたいのかもしれない。メダルを取れなくなって久しい日本バレーの底上げを狙うのだろう。昼神がつらつらと裏事情を考える中、沈黙を破るよう恐る恐るリベロの平和島が手を挙げた。
「あの、朱雀監督。高校生2人とは一体誰が来るのでしょうか?」
事の成り行きを見守っていた昼神満26歳は、高校生で声が上ずった満25歳の平和島に心の中で共感した。若くしてプロの練習に呼ばれている以上、かなり優れたプレイヤーであることは重々に承知しているのだが、20代も半ばに差し掛かると赤の他人である10代後半と会話する時、なぜか一定の緊張感が伴う。全く18歳に見えない外見と貫禄を持った牛島若利の入団挨拶でさえ大学を卒業して久しい身としてはいささか緊張したのに、今度は現役高校生ときた。生意気に育った自分の弟と同じような食えない性格だったらどうしよう。
「それは、まあ。当日まで秘密だ。楽しみにしていろ」
朱雀監督が少しいたずらっぽく笑い、ざわつく周囲に、昼神はできれば素直な子がいいなぁと念じることしかできなかった。
そうして来たる土曜日。残暑のせいで未だ熱気のこもる日中の体育館に、ピカピカと真夏の太陽のごとく弾ける若さを持った2人の男子高校生がやってきた。その内の1人は昼神が良く知る人物で、二重に驚くハメとなった。どうせ知っていたなら言ってよと心の中で弟に文句を言うが、悲しいかな嫌なところばかり自分に似てしまったあの弟が素直に伝えてくれるわけなんてないのだ。
「鴎台高校3年、星海光来。ポジションはWSです」
「烏野高校2年、影山飛雄。ポジションはSです」
深々と頭を下げる2人の勢いある若さを前に圧倒される中、小さく震えた声で誰かがポツリと言った。
「え、2年???じゅ、16歳、いや、17歳か」
16という恐ろしい数字に、アドラーズの面々に重い沈黙が降りる。「せめて17歳であってくれ」という祈りも空しく、影山は眩暈がするほど初心な口調で平均年齢28歳の男たちにとどめを刺した。
「あ、俺はあの誕生日がまだで16歳なんスけど、あの、えっと大丈夫ですか?」
頭を抱えだしたアドラーズの面々に、朱雀監督が呆れたように茶番はもういいだろうと手を叩いた。
「2人はユース代表に選出された優秀な選手でもある。お互いに新しい刺激を得ることができるはずだ。さあ、練習を始めよう」
練習開始の号令で、一瞬にして空気が引き締まる。ここから先は、年齢も立場も関係ない。
不平等で平等なコート上で、バレーの上手さだけが全てになる。
この日、全体練習とポジション練の総まとめとして、6対6の3本マッチの紅白戦が組まれた。目的は言わずもがな高校生2人が試合中にどんな動きをしてくれるのか、プロで通用しそうかを確認するためだろう。特に星海は来年の春高が終わり次第、内定選手としてできるだけ早くチームに確保したいのかもしれない。
170そこそこの身長は、プロのアタッカーとしてはいささか物足りないものの、強打の早いボールにも反応する丁寧で正確なレシーブやプロ集団の中でも埋もれない空中での高度なスパイク技術は今後を十分に期待させてくれる。ストイックで真面目な性格もアドラーズに合っているし、実践で問題なければ監督の期待は一層高まるだろう。
6対6ではアドラーズの正セッターのいるチームに星海が入り、平和島や昼神のいるチームには影山が入ることとなった。
「影山君、よろしくね」
「よろしくお願いしますッ!」
興奮と緊張に頬を赤らめる影山に優しく声をかければ、もう随分昔になってしまった高校時代を思い出させるような元気いっぱいの声が返ってきた。
「おーおー、元気がいいな。緊張せずにのびのびといけよ。落ちたボールは任せろ!」
「うす」
平和島に激励され嬉しそうに頷く影山はすでに180㎝半ばということもあって単体で見ると大きく感じるが、まだ成長途中の体は薄く選手たちに囲まれると少し心もとない。全体練習を見ていて全てのプレーが一定以上に上手く、トス技術に関しては一目見ただけでずば抜けていることがわかるが、実践ではどうだろうか。従順そうに見えるが、それが本質ではないのだろう。
司令塔であるセッターによってチームカラーが大きく変わるバレーでは、攻撃の組み立て方や性格がチームの勝敗に影響を与える。特に今のアドラーズの正セッターは、堅実で視野が広く相手コートの弱点を突くのが上手い。少しでも弱気なところを見せれば、大差で負ける可能性もあるだろう。
コートに選手が入り、笛が鳴る。
さあ、影山君はどうか。
視界の端に早いボールが飛び込んでくる。
ここで速攻かよ!
相手のMBが少し遅れてブロックに入るも、昼神の素早く打ち抜いたボールが鋭い音を立てて相手コートに刺さり、得点を知らせる笛が鳴る。
相手コートからの「まじかよ」「そこで速攻使うって…」という声を聴きながら、自分でもよく飛んでいたと褒めたくなるような速攻だった。
ブロックフォローで乱れた低めのボールをアンダーから的確に速攻へとつないだ影山に「そういう攻撃パターンもあるなら最初から言っておいてくれる」と言いたくなるのは仕方がないだろう。
国内のトップリーグでも、あの場面から強気の速攻につなげるセッターを見たことがなかったので、影山の掛け声と助走に飛び込む判断が少しでも遅れていたらあのボールは、相手ではなくこちら側のコートに落ちていた可能性もある。初めて合わせるのに失敗する不安はないのかと思うが、アンダーでトスを上げた影山の目には昼神というスパイカーへの疑いは一切なく、むしろ「打てるだろ」と言わんばかりの生意気さと信頼に満ちていた。
ジンジンと熱を帯びる掌に胸が高鳴る。セッターから難しいボールを100%の信頼で任される責任と喜びはアタッカーしか得られない誇りだ。
掌の感覚を逃さないようにぐっと握りしめる。影山を振り返ると得点の喜びに頬を赤らめかすかに口角を上げて、ナイスキーと昼神を賞賛した。えげつないトスをしたとは思えない無邪気さに、昼神はすげえなと思わず呟いた。
長いラリーを繋ぎながら点を取っては取り返して、とうとう2セット終盤まで来た。1セット目が相手に取られたのは、正セッターとの経験やチームコンビネーションの差としては妥当だろう。とはいえ、1セット目の試合はかなり接戦していて、今は昼神たちのチームが先にマッチポイントを迎えセット獲得に王手をかけた。相手チームだって決して影山を侮っていた訳じゃないが、16歳の高校生にこれほどまでの技術とここぞと言う時の勝負強さがあるとは思っていなかったはずだ。
相手からの鋭いスパイクサーブを平和島が上げてライトからの攻撃につなぐ。味方のウィングスパイカーが2枚ブロックを交わしインナークロスを決め込むが、綺麗に上げられてしまう。バックライトから入ってきた星海が、ブロックに入った影山とミドルブロッカーの間を巧みに通す。
昼神が少し遅れてレシーブするも、乱れたボールはアタックラインよりも短い。
「フォ、「ナイスレシーブ」」
フォローという声を遮り、ボールの代わりに影山の静かな賞賛がコートに落ちた。昼神がつないだ短く乱れたボールの落下地点に素早く入った影山は、まるでAパスがきたかのように、乱れない美しいフォームでボールをセットした。長くもなく短くもなく美しい弧を描いた軌道は、ポールギリギリのネット際、レフトにいるアウトサイドヒッターが1番得意な場所へとぴったり、吸い込まれるようにとんでいく。
見とれるような軌道で飛んできたボールをアウトサイドヒッターが力強く打ち抜いた。ラインギリギリの際どいストレートが相手コートに突き刺さり、鋭い笛の音が2セット目の終了を告げる。
「影山ナイスセット」
「あざっす」
「最後、ごめんね。短かったでしょ?」
「高さはあると嬉しいっすけど、レシーブは短くても乱れても大丈夫です」
真っすぐ昼神の目を見て言い切った影山の強さに、この男は必ず最短でこの舞台へと足を踏み入れ、そしてそれをバネに更に高く世界へと羽ばたいていくのだろうと確信した。
「「貴重な経験ありがとうございました!」」
黒白の凸凹な頭が深々と下がり、チームメイト達が「こちらこそ」「また来いよ」とゆるく手を振るのを背に、スタッフに誘導されながら高校生たちが帰路についた。
「星海は元々アドラーズへの希望があったみたいだから、ほぼ確定かもな」
2人が出て行った体育館の出入り口をぼんやり眺めていた昼神に、平和島がこっそりと呟いた。
「かもね。もう少し身長も伸びそうだし、きっと即戦力になってくれるんじゃないかな」
「そうだな。影山の方は……」
「まだ16歳だから今後どうなるかは分からないけど……。来てくれたらいいな。幸郎より断然素直だし、可愛げもあって大変よろしい」
「そうだな」
面白そうに笑う平和島がふと思い出したように「あ~でも、レシーブ乱れても大丈夫ってさ、心強いけど正面切って言われるとすごくムカつくもんだな!影山が入ってきたら、わじさんのAパスがないとトスがあげられませんって言わせるように頑張るわ」と明日へのやる気を見せた。
昼神の脳裏には「わじさんって呼ばせる気なんだな」とか「Aパスでしかセットできないセッターってプロとしてどうなの?」とかいった様々なツッコミがよぎったが、向上心に水を差すような無粋な真似はしたくないので、黙っておくことにした。
きっと高校を卒業する影山はユースで世界と戦う経験を得て、さらに一段階上のステージに上がっているだろう。自分はどうしようか。影山のめちゃくちゃな速攻や相手を出し抜くフェイクセットにも対応できるよう、速攻とかスパイク技術をもっと磨いておこう。星海にも負けたくないし、ブロックが上手い上にどんなボールでも打ち抜けるミドルブロッカーってかっこいいし。
「まずは今シーズン優勝して、強いチームだよってアピールしないとね。星海も来てくれなくなる」
「だな」
そういって、再度コートへ入り今日の反省点の洗い出しと修正のための練習を始める。次、彼らがそこを通った時、今度は負けられないライバルとして、それと同時に頼れるチームメイトとして胸を張れるように。