No.2 アルプヤルナ(オクシアSS)ごう、と突然吹きさらした突風に、被っていたハットが拐われる。慌てて伸ばした腕は虚しく空を切り、それなりに気に入っている外出用のハットは空高く舞い上がり、遠く歩道の先へとバウンドして転がっていってしまった。
「へへ、お洒落な帽子被ってんのも大変だな!」
言うが否や、肩を並べて歩いてたオクタビオは軽やかに地面を蹴って走り出す。二歩、三歩であっという間に加速し、四歩目で飛ぶように大きく足が開く。そのまま楽々ハットに追い付くと、ひょいと拾い上げ埃をはたき落とした。
「ビル風ですね。やれやれ、どうもありがとうございます」
小走りで追い付き、オクタビオからハットを受け取ろうとすると、何やら悪巧みを思い付いた様ににんまりと笑った彼は、そのまま自分の頭へとハットを乗せる。受け取る為に差し出した手はそのままに、オビは呆れたように溜め息を吐いた。
「今日の貴方の服装には似合いませんよ」
「良いじゃん、オビさんごっこ」
言いながら、何やら奇妙なポーズを決められて「貴方はそんな風に私のことを見てたんですか」と責める言葉を寸での所で飲み込む。こんな些細なことで小言を言っていたら、その内ストレスで胃に穴が開くかもしれない。大事なのは、何事にも動じず受け流す心の余裕だと、彼と時間を共にするようになって学んだ。
「オビさん、今ぜってー俺の事ガキだと思ってるだろ」
「それを理解していただけるとは、少しは成長しているようで何よりです」
「うーるーせーっ、いい加減ガキ扱いやめろよな!」
そうやってプリプリと怒るのが子どもなのだと、何時になったら気付くのだろう。ここまで来ると、周囲から可愛がられる為にやっているのではないかとまで勘繰ってしまう。そんな事を考えながらもう一度溜め息を吐いて、風で乱れた前髪を手櫛で整え歩き出す。
「返さないなら、どうぞそのミスマッチな格好のまま過ごしてください」
「へーへー。ほら、もう飛ばすなよ」
後ろから近付いてくる足音に振り返った瞬間、人目を遮る様にハットをかざし、少し背伸びをしたオクタビオの唇が触れるだけのキスをして去っていく。そしてハットを乱暴にオビの頭へと被せると、悪戯に成功した子どものように笑い、追い抜いていった。
「…シルバ」
「なんだよ、報酬だ報酬」
頭の後ろで腕を組み、肩越しに振り返ったその笑顔は今までの笑みとは違う、男の顔で。あぁ、やはり貴方は解っててやってるんですね、タチが悪い。心の中でそう呟いて、唇に残った甘い感触を確かめるよう、指でなぞった。
・・・
No.2 アルプヤルナ
(飲み込む 突風 甘い)