東京カラスパロ 広げた漆黒の羽根。
その持ち主は喜色満面でタケミチをぶら下げたまま呟いた。
「みつけた、タケミっち」
優しい、だけど泣きそうな笑みにタケミチは状況を忘れて固まってしまった。
夜の廃校舎。
長い包みを担いだジャージの少年と紙袋を被った奇怪な犬が、よくある肝試しなのかバリケードを躊躇いもなく越えて侵入した。
「赤いマントを着せましょうか?
ってやつか、花垣」
「しっイヌピー君、他に人がいたらどうするんですか」
ジャージの少年――花垣武道は紙袋犬のイヌピーを叱る。
しかし犬はお構いなしに先に進む。
「怪人赤マント。
トイレを使用中に『赤いマントを着せましょうか?青いマントを着せましょうか?』と問いかけてきて、赤を選べば血まみれに、青を選べば血を抜かれて死ぬっていう都市伝説。
昭和の都市伝説だろ。今もまだ残ってんだな」
「うぅ…夜の学校ってやだなぁ」
「背に腹は替えられねぇだろ。生活のためだ」
タケミチとイヌピーは会話しながらどんどん奥へと進む。目的地は3階にある女子トイレ。
タケミチは長い包みをぎゅっと握りしめ、がらごろとスーツケースをひきずっている。
すわ家なき子かという様相だ。
「そういやこの廃校近辺じゃ傷害致死事件が先月から連続で起きてるらしいな」
「そんなさらっと怖い情報入れないでくださいよお!!
なんでそんな事件起きてるのにこの学校調べられてないんスか…」
「この東京は報告されるだけでも1時間に40件以上もの事件が起きる、魔窟都市だ――とココが言ってたぞ。
警察はそんなに暇じゃない。だからオレたちみたいなのに依頼が来るんだ」
目的の女子トイレにたどり着き、タケミチはひんひん泣きながらもスーツケースから荒縄や札を取り出し配置していく。
壊れて扉も外れている個室があるが一番奥のトイレだけがカギがかかっていた。
恐る恐るノックする。
「すいませぇん、誰か…誰もいませんよね帰っていいですよね」
「駄目だぞ花垣」
イヌピーがタケミチに後ろから飛び掛かる。勢いあまって扉に体当たりし、そのまま扉は壊れた。
と、個室の中で和式便器にしゃがむ男と目が合った。
「ヒェ…すすすすみませ…」
「人が入ってる時に、勝手に開けちゃダメだろぉ」
フードを目深にかぶった男はズボンを降ろしておらず、後ろ手にナイフを持っていた。
しかしそれを振りかざす間もなく、
「これは慈悲であり、
慈愛ですので」
扉ごと足蹴にして動きを止め、抜身の日本刀を振りかぶるタケミチ。
「ちぇすとぉ!!」
札を貼られた扉に刺さる刃先に男の顔に脅えが走る。
「正体を現せ赤マント!!
イヌピー君お願い!!」
「わかった」
イヌピーの紙袋が内側からかがやき目と口の部分から光を放つ。
「憑いてないぞ、そいつ」
「………は?」
ナイフを手放しへたり込む男と顔を見合わせる。
「ただの変態だな」
イヌピーの答えに、反射的に証拠隠滅を図るべく男の頭を横殴りにしたタケミチ。
「どどどどういうこと…ただの変態が起こした事件だったの…?」
「ココは統計的に当たりだって言ってたんだがな」
【赤いマント着せましょうか…】
タケミチとイヌピー、そして気絶した変態以外の声がトイレに響く。
「!!
出たぞ花垣!!」
緊張が走るイヌピーの声につられ、あたりを見回すタケミチ。
赤いマントにひげを蓄えた老紳士がぬぅ、と武道の眼前に迫る。
「どこだっ!?」
タケミチにそれがわからない。なぜならタケミチに霊体は見えないからだ。
するり、と怪人の腕がタケミチの首に回る。
「こんのっ…」
抵抗するタケミチを救うべくイヌピーが赤マントに飛び掛かった。だがたやすく蹴飛ばされ壁に叩きつけられた。
しかしその隙に腕から抜け出したタケミチはスーツケースをひっつかみ、ユグドラシルの聖灰をばらまく。
(これで赤マントが見えるようになるはず…これは霊枝?
一体どこに…)
トイレ中にもうもうと舞う灰の中、細い煙のようなものがどこかへと繋がっていた。
と、タケミチの足首を掴んだのは気絶したはずの変態。
(こいつっ気絶してたのに…いや、憑りつかれてる!!)
にいい、と笑みを浮かべた赤マントはタケミチの上半身を窓の外に押し出し、ナイフを振りかざした。
(霊枝がナイフに…
そうか、こいつ付喪神…!!
畜生、こんな土壇場にならないと気が付けないなんて…)
「そのナイフが本体か…長い年月を経てモノや動物に宿る神。
付喪神がお前の正体ってわけか」
【今それがわかったところでどうなる!!】
その通りだ。だけれど、あと少し。ほんの少し力があれば。
悔やんだところで今更か。
タケミチの目に満月が映る。否。
ばさり、ととてつもなく大きな翼がそれを遮った。彼の足が掴んだ物干し竿がナイフの刃先をへし折った。
「え、誰」
タケミチと目が合った青年は、泣きそうな表情を浮かべ名前を呼んだ。
「タケミっち…!!」
「花垣、封印だ!!」
目を覚ましたイヌピーの声にはっとして、折れたナイフを札で包む。
力の抜けた変態がタケミチに寄りかかって来た。
「これは慈悲であり、慈愛です。
成仏してください」
ふぅ、と一息ついた次の瞬間。
二人分の体重に耐えられなかった壁に亀裂が入り、ぼろっと崩落していった。
あ、死ぬ。
頭から落ちていく中、急に襟首をつかまれ宙づりになる。
ばさり、と羽ばたく美しい青年。
オフショルダーの服に身を包み、つややかな黒髪はセンターパートになっている。猫のような大きな目に白磁のような肌。腕が翼になっていて、足が鳥のそれになっていることを差し引いても掛け値なしの美形だ。
灰まみれの芋ジャージ姿の自分とは月と鼈である。
「で、こいつは誰なんだ」
奇跡的に命の助かった変態を縛って転がし、タケミチと鳥青年は差し向かいになった。
イヌピーはいつのまにか降りてきており鳥青年に警戒心を向ける。
「忘れちゃったのタケミっち」
眉間にしわを寄せ悲しげにされるとタケミチもあわててしまう。
「えっと…どこかでお会いしましたかね」
「ひどい…じゃあ約束のことも?」
ちり、とこめかみに痛みが走った。しかしそれは一瞬で。
「えと、じゃあ改めて自己紹介を。
オレの名前は花垣武道。
都市伝説研究会、会長代理です」
「タケミっち、あの日からずっとオレのダチ、な」
おわり
東京カラスパロ(ネタバレ)
みっち(大島田満子)
関東の陰陽道を牛耳る一族の元後継者。幼い頃に儀式で使う八咫烏を逃がし、封印された霊脈に影響を及ぼしたため一族から追放された。霊能力を失いまるっきり怪異が見えない。
装備は実家からかっぱらってきた刀(重要文化財)と芋ジャージ。ボロアパートに住み学校の一室を私物化している(これは顧問のせい)
いぬぴ(会長)
みっちにつきあって部活動中人狼に噛まれたせいで人面犬になってしまった。割とエンジョイしている。一応都市伝説研究会の会長。
ふぃりぴんまいき(井黒巴)
みっちとの約束を果たしにやって来た八咫烏。みっちだいしゅき。不登校児さのまんじろうの名前をもらう。
ちふゆ(童 貞男)
ツッコミ担当のようなそうでもないような。場地を甘やかしている。
場地(山田)
地下施設から蘇えりし元日本兵。人体実験の末不老不死と怪力の持ち主となった。燃費は悪い。ペヤングが好物。
ココ(毒島先生)
いぬぴを露骨に贔屓する銭ゲバ教師。都市伝説研究会の顧問。
たけおみ(坂井)
現当主づきスーパー執事。御庭番を取り仕切っている。
しんいちろう(大島田巌)
言動を重くとらえられがちなカリスマ現当主。
せんじゅ(クリスティーヌ春子)
みっちの代わりに後継者になった。みっちリスペクト。
梵天まいき(矢沢)
みっちを執拗に狙う八咫烏。ふぃりぴんまいきと双子。
はるちよ(大島田・N・ブリトニー)
せんじゅの兄。野心が強く霊能力に執着している。
きさき(中小路寅子)
関西有力の陰陽師一族後継者。幼少期の因縁でみっちを目の敵にしているが??