お前の隣 (…黒雪は、どこだろう――)
黒雪と一緒にいることが当たり前になりすぎてしまってから私は黒雪と離れただけで寂しく思い、黒雪の姿が見えないと探したり黒雪のことをずっと考えてしまう日々を過ごしてしまうようになってしまった。
(重症だなあ…)
そのことでよく伽羅に呆れられてしまう毎日。けれどこれは決して嫌なことじゃないのは事実で…
――と、月下丸と並んで歩く黒雪の姿を見つけ思わず駆け出してしまった。
「黒雪!」
「槐?おわっ…」
後ろから抱き着くと驚いたような黒雪の声が聞こえる。
「びっくりしたー…どうしたんだよ、突然」
「黒雪の姿を見つけたからつい。それに黒雪だって私の事気づいてたでしょ?」
「そりゃ勿論。お前のことオレが気づかないわけないでしょ」
「ふふっ、そうだね」
そう言って笑うとこほん、と月下丸の咳払いが聞こえる。
「槐様…そのお言葉ですが、そういうのはその…外でやらない方がいいかと」
「えっ?」
【それ】というのは黒雪に抱き着いたことを言っているのが分かるがそれがなぜいけないのか分からず首を傾げてしまう。
「何言ってくれてるんだよ月下兄~、槐がもうしてくれなくなったらどうしてくれんのさ」
「お前は黙っていろ、黒雪。俺も出来るだけ槐様の意思は尊重したいですが…」
「はしたない、ですか?」
「……」
沈黙を肯定と受け取るがどうしても黒雪と離れる気にはなれなかった。それに、
「別に私は構いませんよ。それに私はもう甲賀の忍びではないですし、あなたたちがこのことで責を問われることはありません。」
「し、しかし…」
「それに月下丸。私が好きなのは黒雪だけです、黒雪以外にどう思われようと気にはなりません」
「槐…」
嬉しそうな黒雪の声、そのすぐ後にくるりと黒雪は身体の向きを私に向ける。そしてそのまま私を抱きしめた。
「なっ…!?」
月下丸の顔が険しくなるのが分かったけど黒雪に抱きしめられたことが嬉しくてそんなこと考えている余裕なんてなくなってしまう。
「槐ってば嬉しいこと言ってくれるなあ、それはオレだってそう」
「黒雪…」
「オレも誰にどう思われたっていいよ。槐がオレを見ていてくれるならそれでいいよ、他は何もいらない」
その言葉にどきんと私の心臓が跳ねる。
「…そういうわけだから槐に余計なこと言わらないでよね、月下兄」
しっしと月下丸にあっちに行けと言う黒雪。そんな黒雪に肩を竦めると「槐様に迷惑をかけるなよ」とだけ言ってどこかへ行ってしまった。
「はー、やっと行ったよ…槐に余計なこと言うしさ」
「月下丸も心配してくれているんですよ。それは分かってあげてください」
「…槐はどっちの味方?」
「黒雪の味方ですよ」
即答してしまうと嬉しそうに黒雪は笑った。
「なあ、槐。また今日みたいに抱き着いてくれていいし、いくらでもオレに触れてくれていいから」
そう言って黒雪は私の頬に手を添えてそのままその手を私のうなじへと持ってきてそのまま私の顔を引き寄せる。あの時のように抵抗することない、むしろ自分から近づけるくらいの気持ちでそっとつま先立ちをする。
合わせた唇から互いの芯から溶け出してしまいそうな気がしてしまう。
「…黒雪に抱きしめられていると落ち着きます」
「オレも、槐を抱きしめていると…槐のそばにいると落ち着いて、幸せでたまらなくなる」
そしてそのままもう一度唇を合わせる。そよそよと甲賀の里に吹く風がなんとなく私達のことを応援してくれているような、祝福してくれているようなそんな気がした――。
-了-