姉弟水入らず 「市香…その、今日はさんきゅな」
「ううん、いいの見つかってよかったね」
そう言って笑いかけるとぷい、と香月は顔を背けた。
今日は一人暮らしを始める香月のために家具や家電を見て回っていたのだ。
「つーか今日、あいついなかったけどいいのかよ」
「尊さんは今日、仕事だし私は前々から休みを申請してたから大丈夫だよ」
「…尊さん、ね」
「香月?」
「別に何でも」
そう言ってまた香月は背を向けた。その様子を不思議に思いつつ私は足を前に向ける。するとあるお店を見つけ思わず立ち止まった。
「市香?何見て…って、ドーナツ屋かよ。お前も結構染まってんな」
「そ、そんな言い方…で、でもこういうのは尊さんは食べないから!」
見ていたドーナツは生ドーナツと銘打たれていて、コーティングされていたり砂糖がかかっていたり果物が乗っていたりといわゆる尊さんが嫌う…手に取らない部類のドーナツだった。ただ、私はそういうものが好きで……、
「入るぞ」
「え?」
「食べたいんだろ?だったら付き合ってやるよ。普段入らないんだろうし、今日の礼に」
「香月…!うん、ありがとう」
「笑いすぎ」
そう言いながら私たちは店内へと足を踏み入れた――。
***
「う~~ん…う~~ん……」
「迷いすぎだろ」
「いざこんなにあると迷っちゃって!」
「何で悩んでるんだ?」
「イチゴとチョコとレモンとプレーンで…」
「じゃ、それ二つずつ頼んだらいいだろ」
「香月は食べたいのないの?」
「別に、俺はなんでも…」
そういう香月に私は頬を緩めながら注文をした。
***
「美味しい!」
「そりゃ、よかったな」
はー、と呆れたように香月は笑う。笑うがこんな風に一緒に買い物できることも香月と話し合える今が幸福すぎて頬を緩めてしまう。
「…あの、さ」
「うん?」
「もしこういう…行きたいとこ、とかあったら付き合ってやってもいい…暇だったら」
「あ、ありがとう!香月」
「別に礼言われるようなことじゃ…」
「でも、嬉しかったから」
「あっそ…」
そう言って頬を赤く染めてそっぽを向く香月が嬉しくて、愛おしくて私はますます頬を緩めた。
***
「――ってことがあって!」
そう、柳さんに香月とあったことを聞いてもらっていた時のことだった。
「ブラコン」
「あたっ…た、尊さん!?」
後ろを振り向けばいつの間にか尊さんが後ろにおり思わず驚いてしまう。
「気づかなかったのかよ、お前鈍すぎ」
「にぶっ…!?」
「弟も弟だがお前もお前だな」
そう言って息を吐いた尊さんは強引に私の手を引く。
「柳さん、これ頼まれてたやつ。あとこいつ返してもらうぜ」
そう尊さんは言うと返事を聞かないまま探偵事務所から出ていく。
「あ、あの…尊さん!?」
何か怒っているのだろうかと思えば小さく何かを尊さんは呟いた。
「…えっと、」
「…だから、俺と行けばいいだろって言ってんだけど?」
「こ、コーティングつきのドーナツでも!?」
「俺は自分でプレーン頼むからいいんだよ。なんか、弟に取られるのはむかつくし」
いつになく尊さんが可愛くて私は思わず笑ってしまう。
「あの、尊さん…私、実は行きたいお店があって…!」
そう言えば驚くくらい甘い顔をするから私は思わず頬を赤く染めるのだった――。
-Fin-