熟したリンゴ 「日向~?帰ったよ、って…あっ…」
目の前に広がる光景に自分の手で自身の口を塞いだ。木の幹に体を預け眠っている日向。そんな日向にリスやら鳥やら鹿やら…森に潜む動物たちが日向に近づきリラックスしているように見えた。こんな風に動物に好かれているなんてまるで――。
「……物語のお姫様みたい、なんて…ふふっ」
こんな巨体の男に言うことではないがそう思ってしまうほどの光景だった。それに眠っている時の日向の顔はあどけなく、幼く、……かわいいのだから。
そう思い、隠れて頬を染める。そして日向の近くにいる動物たちに声をかける。
「私も一緒にいても、いいかな?」
頷くように小鳥が私の肩に止まり、笑顔を浮かべたまま日向の隣にそっと座る。
(…よく寝てる)
旅に出てから目的のこともそうだが何かと警戒してばっかりだったようだからよく眠れていなかったのかもしれない。
「…頼ってくれても、いいのに」
そんなに頼りないのかと言われているようで寂しくなる。と、近くにいた鹿が私の頬を舐めた。
「ふふ…慰めてくれてるの?…君も、果物…食べる?」
そう言ってリンゴを差し出すと豪快にかぶりつき思わず笑顔になってしまう。そして鹿を見つめながら私もリンゴを食べる。
「ふふ……おいしい」
「…………くぁ」
と、大きく隣にいた日向が大きな欠伸をする。途端に近くにいた動物たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。寝起きの日向は不思議そうな顔をしていて思わず吹き出すように笑ってしまう。
「…何笑ってんだよ…くぁ…あ~~、寝た……」
「朝ごはんの果物あるよ?」
そういって誰も食べてないほうを差し出すが寝ぼけた日向は照準が定まっていない瞳のまま突然私の手を掴む。
「……――こっちでいい」
「えっ」
そう言って私の食べかけの方を大きくひとかじりすると、また大きく欠伸をする。
「…顔洗ってくるわ」
「う、うん…行ってらっしゃい」
呆然としたままの私は日向の背中を見送ると日向と間接キスになってしまったリンゴを見つめる。
「ど、どうしよう…」
きっと私の顔は目の前にあるリンゴのように赤くなっていることだろう。そしてそのままリンゴとにらめっこする。
「他意はないのよ、きっと…きっと…だって、日向だし……」
そんなことを言い聞かせながら勇気を振り絞ってリンゴを一口齧る。
「…味、わかんなくなっちゃった」
そんなことを呟きながら日向が消えた湖のほうを恨めしく見つめる。
「日向のばーか」
そんな私の言葉が聞こえたかいないのか、顔を真っ赤にして戻って来てそうそう謝る日向。私はそんな日向を見て大きく声を上げて笑うのだった。
-Fin-