はじめての天ぷら 國孝が人間になってから暫く――御庭番を退くかどうか迷っていた頃のこと。見回りをしてそろそろお昼時となった時、物珍しい顔で街並みを見る紗乃を見て紗乃に怒られないようにと我慢しつつ、それでも我慢しきれず笑みを浮かべた。
「…ここで、昼飯食べるか?」
「えっ!」
驚きと、嬉しさと恥ずかしさを孕んだ表情をしていた紗乃に耐えきれずまた國孝は笑う。
「気になってるんだろう?」
「こ、心が読めるんですか!?」
「紗乃が素直なんだよ、ま。そういうお前俺は好きだけどな」
さらりと言ってのける國孝に顔を赤くさせながら紗乃は國孝を睨む。
「気になっているというか…故郷にはないものだったので」
「天ぷらがか?」
恥ずかしそうに、紗乃は小さく頷く。
「なら、なおさらここにしよう」
「えっ!」
「三春さんにも頼まれているんだ。お前を日ノ本一…いや、世界で一番幸せにしてやってくれって。…故郷でつらい思いをしたぶん、うんと幸せになってほしいからって」
「お姉ちゃん…」
三春ならしそうだと思い、紗乃は苦笑する。
「というわけでほら入ろう。お金のことなら大丈夫だ、この前の件で俺たちは吉宗様からお賃金をもらったんだからな!しかも、破格の額をだ」
確かに、と紗乃は思いつつ國孝に手招きされながら店の中へと足を踏み入れた。
***
「げっ」
店に入ってすぐそんな声が聞こえ國孝と紗乃は声のする方へと顔を向ける。そこには面倒くさそうに顔を顰めた与市がいて、呆れたように國孝は笑った。
「与市…休憩か?」
「どこからどう見てもそうでしょ」
「相変わらずそっけないなあ…ていうか、『げ』ってなんだ『げ』って。俺たちが来て不都合でもあるのか?」
「…それ、分からない?」
そう言って与市はまた皺を深める。
「……ま、言わないけど」
「ええっ!」
「もう、昼休憩の邪魔」
そう言って与市は食べている天ぷらどんぶりをまたかきこみ始めた。
「まあ…いいか。紗乃、お前は何を頼む?」
「え…?」
「好きなのを頼んでいい。俺も好きなものを食べるしな」
「えっと、じゃあー―」
「おまちどうさま!ご注文の『天ぷら御膳』と『天ぷら蕎麦』ですよ~」
気立てのいい店員の笑顔と共に運ばれてくる。國孝の前に御膳が、紗乃の前に蕎麦が置かれた。目の前にある珍しい天ぷらにきらきらと紗乃は表情を明るくさせる。
「……ふ、くく……っ」
「と、東条さん!?」
「はは…いや、悪い悪い」
「悪いって言ってる顔じゃないですよね!?」
そう言って頬を膨らませる紗乃。それに変わらず國孝は笑みを浮かべる。
「そう拗ねるな。ほら、食べよう?」
「……」
ぱく、と口に運びさくさくとした触感にまた瞳を輝かせる紗乃。
「…おいしいか?」
「とっても!すごく、すごくおいしいです!こんなにおいしいの初めて食べました!」
そう語る紗乃に國孝は目を細める。
「…これから、たくさんいろんなものを一緒に食べよう」
「え?」
「お前が故郷でたくさん苦労した分…今、俺とこれまで以上に幸せになっていってくれたらと…いや、俺は幸せにしたいってそう…思ってるよ」
そう真っ直ぐ、真剣に言葉を紡ぐ國孝に紗乃は笑みを返す
「…嬉しいです」
薄く、頬を染めながらそれを隠すようにまた天ぷらを口に運ぶ紗乃。そんな紗乃の愛おしそうに見つめる國孝の様子を横目に見ていた与市は顔を顰めるのだった。
-了-