Dom/Subのナオ武③ 目を覚ますとナオトの部屋だった。どうやらタイムリープから無事に戻って来たようだ。
「…………なんか、めちゃくちゃダルい」
身体が重たくてぼんやりする。枕元に置いてあった携帯電話を確認すると一週間が過ぎていた。寝ていたベッドから起き上がろうとしたけど、足に力が入らなくてガクンと崩れるように床に座り込んでしまった。
「タケミチ君! 気が付いたんですか?」
物音に気づいたナオトが、慌ててオレの側にやってきた。
「あ……ナオト」
ナオトの顔を見て、何だかすごく安心した。過去ではずっと緊張が続いていたせいだろう。
「よかった~、戻ってこれた~」
安堵感から思わず目の前のナオトに腕を伸ばしたけど、それは途中で止められた。
伸ばしたオレの腕を掴むと、ナオトは真剣な顔で聞いてきた。
「過去でのミッションは?」
「あー、マイキー君に会えたよ。東卍のトップの」
「……佐野万次郎に?」
公園でマイキーに助けてもらったオレは、順調に東京卍會に近づいていた。この成果を聞いて、ナオトは「この短期間で、驚きました」と微笑んでくれた。ナオトに認められたみたいで嬉しい。これはきっとSubの本能なんだと思う。オレの第二性であるSub。その欲求を上手く満たせずに体調を崩していたオレを、ナオトは応急処置プレイをしてくれた。それからナオトに擬似パートナーになってもらっている。
「それより、なんか力が入らないんだけど」
「君は一週間も仮死状態でしたから。無理もないです」
「一週間かあ……。オレの身体大丈夫か、これ」
「一応、ボクがケアをしておきましたけど………。どうします? 横になりますか? それとも何か食べますか?」
ナオトがオレの背中に手を添えて、立ち上がるのを手伝った。
「メシより、風呂入りたい……。頭が痒い」
「えっ、」
ナオトは嫌そうに眉を顰めた。そんな汚いものを見るような目をしないでほしい。好きで風呂に入らなかったワケじゃないんだから。
「わかりました。お湯をためてくるので待っていてください」
「よろしく。あと頭洗って。腕に力入らないから」
腕を上げるのもだるい。ナオトに洗ってもらおうと思った。
「…………わかりました」
渋々といった様子でナオトは了承した。仕方ない、とでも言いたげだ。でもオレは知っている。応急処置でナオトとプレイするようになってから気付いてしまった。なんだかんだナオトは世話を焼くのが好きだ。腹が減ったと言えばコンビニ飯だけど恵んでくれるし、体調が悪いと言えばソファに寝かされて、ふわふわの毛布を貸してくれる。口悪く、ああしろ、こうしろってオレの生活を管理したがるけど、それをオレが素直に受け入れると嬉しそうな顔をする。それは犬を躾けるようなもので、支配したがるDomの本能なんだろうって思っている。
「身体を洗ったら、湯船に入って待っててください」
「えー、身体は洗ってくれねーの?」
「……どうしても、と言うならやりますけど」
冷たい目でナオトに睨まれた。そこまではサービスしてくれないらしい。
湯船に浸かりながら、自分の身体を確認した。点滴のみの生活だったせいで結構痩せた気がする。それでもナオトが介護してくれていたから、ほかに目立った変化は無さそうだった。仕事しながらオレの面倒もみるって、結構大変なんじゃないだろうか。
ここまでしてくれるのは、オレがタイムリープできるから。擬似パートナーにもなってくれるし、この能力には感謝だ。そう、全部はこの能力のおかげ……。
そんなことをぼんやり考えていたら、ワイシャツを肘まで捲ったナオトが浴室に入ってきた。
「洗いますよ、ここに首乗せてください」
「おー……」
浴槽の縁に首を乗せて仰向けになった。最初はシャワーで髪を濡らされて、軽く頭皮をマッサージされた。ナオトの指が触れて気持ちいい。オレはこの手に触られるのが好きだ。
「…………今日プレイしてくれる?」
手で触れられるのが気持ち良くて、もっと欲しくなった。
「えっ、……今からですか?」
「何だよ、その嫌そうな反応」
「いえ、そういうわけでは……ただ、」
「オレ……タイムリープから帰ってきてから身体がダルくてさ……」
タイムリープのことを持ち出すとナオトは「うっ」と声を詰まらせた。ナオトはオレを危険な目に合わせていることを、何気に気にしている。それはオレにしか出来ないことだから、気にしなくていいんだけど、弱みは使わせてもらおう。
「そうですね。タケミチ君は今回もミッションを頑張りましたから」
「だろ? 頑張ったからご褒美」
「自分で言いますかそれ。……いいですよ、タケミチ君はえらいからご褒美あげます。……これでいいですか?」
顔を傾けて、柔らかく笑うナオトにゾクゾクする。コマンドが欲しい。目の前にいるDomに支配されたい。Subの欲求が湧き出てきた。
「じゃあ、一緒に入る? 風呂」
「……入りません。ボクはNGだって伝えましたよね」
わしゃわしゃとシャンプーを泡立てながらナオトは呆れて声を出した。
「オレはNG無しなのに」
「ボクは性的なことはNGです。……応急処置ですから、やめておきましょう」
ナオトは今までのDomとは違って、オレが嫌なことはしないと言った。実際そうだったし、ナオトを信用している。だから、NG無しでプレイしていいと伝えていたけど、ナオトは頑に拒否する。
「キスはいいんだ?」
最初にプレイしたときは、流れでキスをした。今思えば寝る前に子供の額にするようなものだったかもれない。でも、あのキスはすごく気持ちよかった。
「あれは……ついうっかりです。今後は無しでお願いします」
「……わかったよ」
正直残念だった。オレはSubの性質が強いのか、プレイ中は何もかも差し出したくなる。Domに支配されたくて、自分の心も身体も全部をあげたくなる。そのせいで、今まで散々Domにいいようにやられてきたんだけど。
「引くこと言っていい?」
なるべく軽い調子でナオトに話しかけた。
「…………何ですか?」
「オレ、今までエロいこと抜きでプレイしたことなくて、Domって皆、縛ったり、無理矢理突っ込んでくるんだと思ってた」
「……偏見の塊ですね」
「引いた?」
「引いてないと言ったら嘘になります。……どれだけ荒れた環境にいたんですか」
ナオトの口調は軽かったけど、じっとオレを見つめる目が冷たくて怖かった。
「やっぱり、ヤバい? オレ」
「ええ、そんな人たちを拒否できないタケミチ君にも問題があります」
「お前……言いにくいこと平気で言うよな」
「これからはちゃんと拒否してください」
「そうする」
ナオトの手でシャンプーの泡が流されていく。ぬるま湯が気持ちいい。うなじや耳の裏側を触られてくすぐったい。
髪を洗うナオトの手つきには性的な匂いがなかった。どこまでも優しく甘やかしてくれる。
風呂から上がり、身体を拭いてもらって、髪の毛も乾かしてもらった。頼まなくても流れるようにナオトはオレの世話を焼く。日常生活をなんでも管理したがるナオトと、なんでも任せたいオレは結構うまくやっているんじゃないかって思う。
それに、なによりプレイの相性がいい。
「Stay(待て)」
「……っ……うん」
今日最初のコマンドが脳にダイレクトに響いてきた。本当は今すぐナオトの足に擦り寄りたい。でも、ここから動いてはだめだ。指示に従い、大人しく床に座ってナオトを見つめた。
「タケミチ君は上手に待てて、えらいですね」
「えらい……?」
褒められるとじわじわと嬉しさでいっぱいになる。待てができたら、頭を撫でてもらえると思ったけど、ナオトは椅子に座ったままで動かない。ただ、微笑んでオレを見ているだけだった。
「……撫でてくれないの?」
「今日はもうちょっと我慢してみましょう」
「え、……う…ん」
我慢すれば褒めてもらえるとわかっているのに、身体の奥が疼いてきて、じっとしていられない。早くナオトの、あの長い指の綺麗な手で「よくできました」って撫でてほしい。でも、まだ我慢しなくてはならない。つらくて涙が滲んできた。
「……泣かないで。意地悪しているわけじゃないですよ。タケミチ君がちゃんと言うことを聞けるかみているだけです」
「……あ、……でも、もう」
身体がフルフルと震えてくる。ナオトはオレが嫌いだから意地悪してるわけじゃないって、自分に言い聞かせても、やっぱりどこかで本当は嫌いで意地悪されてるんじゃないかって不安になってしまう。オレの目からはポロポロ涙が溢れてきた。
涙を見てナオトが眉を寄せる。
「……Come(おいで)」
「うん」
やっと、近づく許しをもらって緊張が解ける。ゆっくりとナオトの足元に寄って、その足に緩く抱きついた。
「…………君を甘やかしすぎかもしれません。ちゃんと躾けないといけないのに」
「ごめん、ナオト」
途中で泣いてしまったことを謝った。
「嫌でした? Stay(待て)のコマンド」
「嫌じゃない……ちゃんと褒めてくれるなら」
すり、と頬をナオトの足に擦り付けると、手が伸びてきて頬を両手で包んでくれた。
「よくできました」
褒められて嬉しい。めちゃくちゃ幸せになる。でもどこか羞恥心があった。プレイ中は理性が飛ぶことが多いけど、たまに冷静になる自分がいる。ナオトは今までも、こんなふうにSubに優しい声で話しかけてきたんだろう。オレじゃない他のSubに。それを想像すると心臓がギュッとなる。DomがSubに独占欲が湧くのは本能だけど、SubがDomに独占欲を持つのは普通なんだろうか。
「…………もっとほしい、お願いナオト」
頬にある手に自分の手を重ねて、頬擦りした。
まだ、欲求が満たされない。もっとナオトの支配が欲しかった。全部ナオトにあげたくてたまらなかった。
頬擦りするとナオトの手がぴくっと反応する。ちょっと手が熱くなってきた気がした。
「…………今日はもうちょっと進んでみますか」
「進む?」
「タケミチ君が満足するために」
ナオトはオレを立たせて、ベッドまで連れて行った。寝室に入るのは初めてプレイしたとき以来で心臓が早くなる。
「Sit(座って)」
ベッドを指差し、ナオトがコマンドを告げた。
言われた通りにベッドの端に座ると、ナオトも並んで隣に座った。性的なことはNGの取り決めだから、エロいことはしないはず。それでも、ナオトの匂いがするベッドの上でこんなに近くにいると、この先を想像してしまう。さっき「先に進もう」って言ってたのも拍車をかけた。
「新しいコマンド試しますね」
「……新しいコマンド?」
期待に胸がドキドキしてきた。ナオトが頬に触れながらいつもより熱っぽい目で見てくる。
「Roll(仰向けになれ)」
初めてのコマンドに戸惑いながら、ベッドの上に寝転がった。仰向けに寝て、お腹を飼い主に見せる犬みたいになった。
ベッドに肘をついてナオトも横になる。
「初めてなのによくできました。触っていいですか?」
「うん、触って……」
ナオトは空いているほうの手をオレの腹の上にそっと置いた。
それからまるで犬をよしよしするように腹を撫でられた。その感触にぴくん、と身体が反応する。撫でられた嬉しさだけじゃなくて、切なさが湧き上がってくる。
「あっ……はぁ」
「タケミチ君は今回もタイムリープ頑張りましたね。君はすごい人です」
「……ほんと……? オレ頑張ってるかな? 逃げずにやれてるかな?」
「…………君は誰よりも頑張っています……」
プレイ中にタイムリープのことを持ち出されると、正直戸惑う。プレイと現実の境界線が曖昧になる。
「ナオト、ぎゅってして」
何だか切なくて胸が苦しかった。プレイに集中したい。現実のことは忘れたい。横にいるナオトに擦り寄って肩に顎を乗せて見つめると、背中に腕を回してくれた。鼻先が触れそうなくらい至近距離になる。
「タケミチ君って甘えるのが本当に好きですね」
ナオトは表情を崩して困ったように笑っている。その顔を見たら身体が熱くなった。前に「欲求を抑えられない」と言われたときと同じ顔だ。
「ナオトはオレにしたいことある? してほしいことは?」
「……もう少し触っていいですか」
「いいよ」
もっと触ってもらえるのは単純に嬉しい。「どこでも、触って」と伝えたらナオトはオレのシャツの裾から手を入れてきて、ドキッとした。直接素肌に触れられるのは初めてだった。
「んっ、あ……っ」
「嫌だったらセーフワード言ってください」
「ん……、だいじょうぶ……ナオトに触られて嫌ところない」
「…………いい子、と褒めたいところですけど、あんまり無防備だと心配になります」
「心配……? なんで」
「……Domの本能的な嫉妬です。ほかのDomにも簡単に懐きそうで心配になりますよ」
「そっかぁ……」
答えながら、オレはもうナオト以外のDomとプレイはしたくないけどなって思った。
つつ、っと脇腹を身体の線に沿って撫でられた。
触れらた場所が電流が走ったみたいにピクピクする。いつも以上に敏感になっているみたいだった。ナオトにぴったりくっつきながら、優しく肌を撫でられて、頭が溶けそうなくらい気持ちいい。
「……ナオト、キスしたい」
「だめっていいましたよね?」
「言ったけど我慢できない……ちょっとだけ……おねがい」
「ちょっとって……」
「ナオトのコマンドでキスしたい」
ナオトはしばらく悩んでから「ああ、もう」と唸って顔をあげた。その目は潤んでいて、少し怒っている。Domに怒りを向けられると悲しい。やっぱりダメか、と諦めかけたら、ナオトが「Kiss」と小さくコマンドを告げた。嬉しくて、尻尾があったら絶対にぶんぶん振ってた。
「……キス、いっぱいする」
「いっぱいじゃなくていいですから」
文句を言うナオト口を塞いで、キスした。やっぱり唇に触れるのは気持ちいい。段違いに頭がふわふわする。10回くらい啄むキスをして、ゆっくり唇を離したらナオトが笑った。
「上手にできました」
「ん……」
ナオトに頭を撫でられて、すごく満たされるけど、別の欲求が身体の奥からやってくる。
「もっと」
「もっと?」
「………………こっち触って」
身体に触られて、キスもした。わかりやすく下半身が反応している。固くなっている股間がナオトの足に擦ると「んっ……!」と声が漏れてしまう。
オレの声を聞いて、ナオトは驚いたように足を引いた。
「タケミチ君、これ以上はだめです」
「だめ? もう……つらくて……お願いナオト、触って」
「……だから、それは」
「もっと、……ほしい、ナオト」
抱きつきながら、「おねがい」と繰り返したらナオトが「ストップ」と焦った声で言った。行為を中断させるセーフワードだ。本来はDomは使わないけど、ナオトとはお互いにNGのときに使おうと決めていた。
「タケミチ君、だめです。ここまでにしましょう」
声は焦ってはいるけど、怒っているわけではなさそうだった。でも、抱きついていた腕を外された。拒絶されたわけじゃない、そういう取り決めだったとわかっている。でも、胸が苦しくなった。ゆっくり深呼吸しながら不安定になる心を落ち着かせた。
「はは、……ごめん。なんか理性飛んでた」
「……大丈夫ですか」
「………ん、っていうか、ちょっとひとりにして。勃ってるから」
ナオトはオレの頭にふわっと手を置いてから、「わかりました」と言って部屋から出ていった。
――本当にひとりにするんだ。
ベッドにはさっきまでのナオトの温もりが残っている。自分でひとりになりたいと言ったくせに無性に寂しい。少し前まで甘い空気の中にいたのに、どんどん現実に戻されていった。
毛布に包まりながら股間が治るのを待ったけど、ナオトの匂いがあるせいで全然治らない。そっと下着に手を入れて自分で慰めるしかなかった。
――プレイしたのに、余計に欲求不満になるってどうなんだ。