四い:指きり 滝夜叉丸はおのれの足元のあたりに視線を落とした。ここには罠が仕掛けられている。喜八郎の作った罠だ。滝夜叉丸と喜八郎はなんやかやで付き合いが長い。ほおっておけばいつまで経っても穴を掘り続ける喜八郎を迎えに行けば、喜八郎の掘った穴を見る。その穴を見続けてきた滝夜叉丸は、掘った穴の形状で罠を作った者が喜八郎か、そうではないか見分けることができるようになってしまった。
さて問題は足元の罠だ。忍術学園の敷地内に作った罠には印をつける必要がある。その印もまた見続けてきた滝夜叉丸には、印ひとつで喜八郎の機嫌を察することができた。喜八郎の作った罠の印には、罠の近くにはない樹々を用いることが多い。単に同じ場所に続けて罠を仕掛けることはないのだから、と明日の穴掘りのために今日の罠の近くにある枝葉を持ち帰ることが多いからだ。だからこの近くにはない葉が落ちていることに気づいて、滝夜叉丸は肩を落とした。葉が縦に地面へと突き刺さっている。これは喜八郎がとても機嫌を損ねているときの印のつけ方だ。
ええ、と滝夜叉丸は戸惑った。昨夜は委員会活動時間が延びに延びてしまって自室に戻ることができなかった。朝は朝ですれ違い、授業はいちにちかけて町での諜報実習のため話す時間がなく、そして放課後はまたもや委員会、の予定だったが委員長が所用により忍術学園に不在のため休みとなった。滝夜叉丸には一抹の罪悪感がある。昨日の委員会に向かう前、日が暮れたら自室へ戻るようにとよくよく喜八郎に言い聞かせた。それなのに、おのれが戻ることができなかった。どうせこちらの言うことなど聞かないだろう、と思う反面、喜八郎は約束だと認識した物事に関してはしっかりと守る。だからこそ、ゆっくり話がしたかった。
「……滝夜叉丸が悪いんだよ。僕はちゃんと日が暮れたら自室に戻ったのに、戻ってこないから。」
傍らの大木のうえから、喜八郎は足音もなく滝夜叉丸の面前に降り立った。頭のてっぺんから足の先まで土にまみれていた。怒りに任せて穴を掘ったのだろう。ぶすくれた顔をしている。滝夜叉丸はきゅうと口を結んだ。普段であれば滝夜叉丸の輝かしい日常の想い出を語ってきかせながらそれはそれとして謝罪をしているが、なんだか言葉が出てこない。この自由奔放な同室は、約束をしたのだからと滝夜叉丸を待っていてくれたらしい。
「すまなかった。」
謝罪だけを簡潔にすれば喜八郎は怒りに吊り上がった目尻を丸くして、それからふいとそっぽを向いた。
「今日の夕餉は滝夜叉丸が作ってよ。」
「うん、」
「魚の気分かな。」
「うん、」
「滝夜叉丸の話も半分くらいなら聞いてあげるね。」
「なんでだ、ちゃんと全部聞け。……喜八郎の話も、ちゃんと聞くから。」
喧嘩なんて長く続かせるものじゃない。昨夜の分も話をするために、ふたりは連れだって長屋へ戻っていった。