声に出してねだったもの以上を受け取ることが出来ない、変に理性的な子供の存在を知っていた。足りない生活を知っているくせに贅沢な話だ、と思わなかったわけでもない。等価を前提に少しばかり自分に得のある話をするのは、まあ商売人ならば褒めてやってもいい性質だろうか。
だからこそ近しい距離に置かれた類似対象へ自然と目が向いた。リスクのない不意の利益に、戸惑いを浮かべた男の考えが気になった。よく回る口と同じだけ働きは悪くない頭で、惜しみなく損得勘定を行なっているはずの相手が、だ。報酬に色をつける、なんて珍しくもないことだろうに。まあ、俺とお前において対等なんてものは無いに等しく、だからこそ己の優位性をひけらかしてやっているのだが。
6の取り分は求めても10を貰うのは怯む、それがひたすら生存に特化したがゆえの身の振り方だと分かっていても。結局のところ、必要ないとすげなく答えを出されるのが癪だったからこそ、今に至るまで取ることのない手段だったのだ。
「……どうしたの、ウィルソン氏からお礼でももらった?」
「庶民が差し出せるようなモンに見えるか」
「そう? 俺っちでもよく知ってる花に見えるけど」
「質が違ェんだよ」
そうなんだ、と首を傾げながらもまじまじと手元の花束を眺める目は好奇心に満ちている。花つきの良さ、色の濃淡、すんなりと伸びた茎に青々とした葉。無論、言葉にしたように質も管理もいっとう厳しい店から直接買い付けたものだ。その差を理解しようとする目は、まあ嫌いではなかった。
手元にある花束は大きさこそ1000円そこらで手に入るものだが、実際は1本で2000円近くするものも含まれている……らしい。値段に対して触れる必要がないのは承知の上だと前置きしつつ、良いものだからこそ手入れは適切にしてほしい、というのが店主の弁だった。これを手にする人間が、花に対して二時間ほどの賑やかしを堪能したらゴミ箱に放る相手でなければ尚更、と。
(捨てはしないだろうが、どうだろうな)
傲慢と謗られようが無知ではない、それが己への評価だった。金がない暮らしへの経験も理解もないが、知識はある。とりわけ富裕層が嗜好品を好むのも『生存する』ためには必要がないから。裏を返せば、生きるために手に入れるべき必需品ではない、ということだ。宝飾品も、贅沢品も、数日で枯れて腐り落ちてしまうこの花も。
「高けりゃ花にも興味はあんのか」
持っている側が施しで与えるでもなく、恩着せがましく押し付けるでもない。ただ余ったから置いただけ、必要であると感じたから渡しただけ。持たざる者がおこぼれにあやかるのは当然のことだ、恥じるまでもない。使われてやるつもりなどないが、それでも意気があるならば使えばいいと思っただけだ。オルブライトの名におもねることで得られる利益と、矜持を天秤にかけられるのならば。
「Hmm……もしかしてボクちんがお金大好きってハナシ?」
「残念ながらカネにはならねぇがな」
「まあネ、その点お金は何にでも成れる!……ああ、人の心は買えないのが定説だっけ」
「いいや買える。まあそれは今は関係ねぇ」
買えなくはない、手に入ったような顔を出来なくはない。何にでも成れる、それは確かにそうだ。だからこそ自分は金銭に応じて手に入るものであれば惜しまずに払ってきた。今だって……そのまま渡してやるのが一番喜ぶだろうかと思いながら、甘ったれた希望を見出そうとしている。
お前が、心なんて実利のないものをほんの少し富ませるために、これを受け入れるのかどうか。花という形をとった情を、こんな品になっていなければ向こう三日は空腹を抱えることもない値段のこれを。だから憐れみではなく親愛として、あるいはお前がこれを蔑ろにしないという俺の信頼を捨ててくれるなよ。
「テメェにやる」
「……俺っちに、花? なんで?」
「いらねぇなら俺が捨ててやるから安心しろよ」
「パイセンそれ優しさのつもり!? ぜ〜ったい脅しデショ!」
もらうけど……と呆れ混じりの声と共に差し出された手が、小さな花束を受け取る。とりどりの花が映り込んだゴーグル、その奥にある目はじっと花の形を追っている。ややあって、すん、と匂いをかいだあと目を細める仕草をしたことに満足がいった。
ビリー、お前のことをひとりの人間として認識するための手段だった。こんな小道具を用意してまで、柄にもなく歩み寄りを試みたのだ。
花を惜しむだけの心があることに安心したなんて、保護者ヅラが過ぎて笑えてくる。だが、そのまんまの意味だ……人として生きろよ。そうじゃなきゃ最悪の先で、本当にパンだけを求めて生きることになっちまうぞ。つまんねぇだろ、そんなのは。
「……人にあげてもいい?」
「好きにしろ」
誰のもとに、なんて聞くのは野暮だろう。だから許してやる。