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    seki_shinya2ji

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    【治角名】変化を感じる暁 まだ薄暗い朝の四時。なんでこんな時間に起きてしまったのか、足に異常の冷えを感じたためだ。寒い、恐ろしいほど。四月の半ばだというのに底冷えしている。スウェットだって着せてもらったし隣には温もりはあるというのに。
     倫太郎は自分の体が塗り替えられていく感覚は未だに慣れない。自らの体に知らない感覚が植え付けられていくのだ。そこはかとなく恐ろしくてこれが正しいのか、よく分からないことに不安を覚えているのだ。
     寒いのは嫌いだ。雨も嫌いだ。金切り声も嫌い。車のクラクションも気持ち悪くて吐きそうになる。笑い声も大勢だと妙なハモりを感じて不快。ではその植え付けられる快感に抱く感情は一体なんなのか。気持ちいい、のは気持ちがいい。しかしそのたびに漏れる自分の声はひどく不快な音だった。未知の音程で心の内側を逆撫でされるような感覚だ。その声が声楽の先生にはどのように採点されているのだろうか。もちろんここでいう「声楽の先生」とは隣で眠っている治のことだ。
     倫太郎にとって、正解の音は治と音叉のAだけだ。これしか正解がない。北や侑の声のEとFは正解なのだが自由記述の正解で解釈によって複数回答が存在する音だ。しかし治と音叉、そして自分の声は「コレ」という完全解答の答えなのだ。
     だから不安なのだ。今までどんなことをしても親の完全正答の音楽を要求されてきたためだろうか。倫太郎の音楽の解釈は成長するにつれて親と乖離していた。色んな解釈がある音楽はそれだけで秀でている、そう思う倫太郎。解釈は一つしかなくそれさえ突き詰めたら必ず優秀な音楽家になれる、そう思う母親。どちらが大切かなんて、それこそ正解はない。しかし押し付けられてしまえば考え方は曲がってしまう。熱された鉄に判を押し付ければその形で固まってしまうように、倫太郎はその形で固められているところに新しい判を押されそうになっているのだ。今の倫太郎は新しい感覚に触れて柔らかい。しかし理性がその判を押していいのか、迷いに迷って怯えているのだ。
     
     道しるべは、今の倫太郎には音叉しかない。バイオリンは売ってしまったから。荷物は減っているのだから動きやすいはずなのに、と言いたいかもしれないが、倫太郎の場合片腕を失ったようなものだ。そうなると体幹が歪んで歩き辛い。だからこそ、眠っている治を叩き起こして声を聞くのではなく音叉を支えにしたくなるのだ。
     治を起こさないようにゆっくり布団から這い出る。温もりが少しずつ消えて寒さが肌を刺す。窓辺に向かって四つん這いになって這い寄り、ラバーマレットを手にした。
     
     ――……
     
     ……
     
     ――――――……
     
     
     治との関係に不満はない。むしろ安心する。今はここで働きながら金を貯めることに意味を見いだせている。中古のキーボードを買う予定だ。今時フリーマーケットアプリにそれっぽいのはあるし、地元内で譲り合うアプリではさらに安価に取引ができる可能性がある。まだ手段を探している段階だが、片腕は取り戻したいものだ。
     こんな目標を立てることができたのも、治がここに棲み込ませてくれて働かせてくれているから。新しい自分の声に一喜一憂している暇があるなら働いて金を貯めて今の自分の目標を達するべきた。きっと自分の声が不快なら今頃倫太郎は日雇いバイトに逆戻りしているだろう。今、この寒さを感じていられる内は愛されているのだ。
     
     ――――――……
     
     
     この音がA以外の音に聞こえることがないように。倫太郎が窓の外を見ると東の空が若干白んできていた。その空を治も見ていた。
     
     
     
     
     
     
     #【春暁】
     春の早朝。暁はまだ仄暗い日の出前の未明、曙は東の空が白み始めたころ。春暁はその間くらい。
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