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    reluto1110

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    reluto1110

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    ジュンブラに出す新刊1冊目の途中を尻叩きに。
    全年齢。竜武。住所不定無職の武道を竜胆がペットとして雇う話。ふわふわしてる話です。

    ペットになりまして。灰谷竜胆は疲弊していた。
     シノギの管理、みかじめ料の回収、某君の様な兄の世話や後始末、ラットの処理……etc etc
     あきらかな業務量過多。既に同じワイシャツで二日も過ごしており、疲労困憊。竜胆に宛てがわれたデスクには命の前借りとして空になったエナジードリンクの空き缶が何本も転がっていた。
     真っ赤に充血した目を閉じコメカミを揉む。今月はいつにも増して多忙な日々をこなしていた。これも全てのらりくらりと自由気ままを謳歌している兄の所為なのだが、既に上司二人が兄に対して匙を投げている為必然的にその尻拭いを弟である竜胆が行う羽目になっているのであった。
    「……終わった……」
     デスクに突っ伏し長嘆を溢した。ようやっと仕事の目処が着いたのだ。これで数日振りに自宅に帰れると緩んだ思考と比例する様に一気に体の力が抜けていく。
    「癒しが欲しい……」
     酒でも、睡眠でも無い。ましてや性欲処理でも無い。まろび出た欲望はもっとふわふわした「癒し」を所望していた。

    「竜胆、今良いか?」
    「生憎のところ本日の営業は終了しております」
    「疲れてるところ悪いが頼まれてくれ」
    「聞けよ」
     こんな事ならさっさと事務所から出れば良かった。竜胆は自分を労わりながらも今まさに仕事を押し付けようとしてくる鶴蝶をデスクから顔を上げ、睨む。
     だが幾ら睨もうが、怒鳴ろうが鶴蝶には全く通用しない。暫く見つめ合った後に先に折れたのは竜胆であった。


    「はぁぁぁ……最悪……」
     車の後部座席に揺られながら、押し付けられた書類を眺める。苛立ちで手に力が入り書類の端に皺が寄っているが知った事ではない。
    「何が殺すなだ」
     鶴蝶から頼まれた仕事はある一人の男との接触であった。名は花垣武道。裏の社会とは縁もゆかりも無い一般人だ。一般人と言っても十代の頃はその界隈では有名な人物であった。東京卍會壱番隊隊長、黒龍十一代目総長。彼の肩書きだけを見ればなんとも豪華で、武道を知らぬ者が聞けば雄々しい名前と相まって屈強で強面な男を想像するであろう。だが然し実際はどこにでも居るような貧弱そうな男であった。
     一緒に添えられている写真は最近撮られたものであろう。野暮ったい男が写真の中でだらしなく笑っている。髪が金から黒に変わっているが十代の時の容姿とそう変わらないその男に竜胆は目を見張った。
     今回何故竜胆が花垣武道に接触する羽目になってしまったのかと言うと、この男が最近やたらと梵天を嗅ぎ回っているというのが理由であった。事もあろうに武道は頻繁に梵天が管理しているシマに出入りし、そこに居る人間に片っ端から梵天の事を聞き回っているそうだ。それならば殺してしまえば話は早い。だが我らがボス、梵天首領佐野万次郎から命じられたのは「殺すな」の三文字であった。
     その命令にあからさまに安堵していたのはこの仕事を持ってきた鶴蝶と梵天の金庫番である九井一。それと反対に苦虫を噛み潰した様な表情をしていたのが梵天No.2の三途春千夜であった。
     三人は花垣武道と少なからず関わりがある人物である。その二極の反応をした三人を武道と関わりの無い竜胆は確かに笑っていた。はずなのに……。
    「……しんど」
     再び溜め息。これは文句の一つ二つ言ってやらねば気が済まない。一発殴るぐらいは無罪だろうか。確か拳銃突きつけられてもビビらない……イカれた奴だったよな。いつの間にか十年以上前に垣間見た武道の記憶を奥底から引っ張り出していた。あまり覚えていないが、ギラギラした青い両眼だけは今でもはっきりと思い出せる。

    「……着きました」
     回想の底に沈んでいた竜胆は、部下の声にハッと意識を戻した。眠っていた訳ではないが気がついたら既に車は停車しており、運転席にいる部下が恐る恐るこちらの様子を伺っている。
    「ああ、サンキュ。ちょっとここで待ってて」
    「はい」
     車から降り、左右を確認する。ここは梵天が所有している風俗店の一つだ。今はまさに営業中で煌々と看板を照らすライトが寝不足の目に染みる。竜胆は既に寄っていた眉を更に寄せ渋面を作った。   
     改めて何故自分がこんな面倒な仕事をやらねばいけないのかと長嘆を漏らす。
     本来であればゆっくりと風呂に浸かり、ふかふかなベットに沈んでいる頃だったのに……。再び気まずそうな顔して仕事を振ってきた鶴蝶に心の中で最大限の文句を垂れた。そんなに心配ならテメーがやれよと。
    「ん?」
     そんな事をしていると店舗の横から複数人のがなり声が聞こえた。話している内容は分からない。だが何となくそこに花垣武道が居る気がして足を進める。
    「おーい。何してんだァ」
    「竜胆さん⁉︎ お疲れ様です!」
     路地には複数人の男が何かを取り囲っていた。背後から声をかけると予想もしていない人物に男達は肩をビクつかせて勢い良く振り返る。何故?ここに竜胆が?一同困惑に顔を見合わせた。
     そんな男達の反応をスルーし竜胆は彼らの足元に転がる黒いものに視線を下ろした。暗がりが影となり、はっきりとした輪郭は分からないがこの黒いものが恐らく竜胆の仕事相手だろう。
    「オツカレー。オマエらここは良いから店に戻りな」
    「えっ……でも……」
    「良いから、戻れよ」
    「ハ……ハイ!!」
     竜胆のドスの効いた低い声はガタイの良い男達の体を情けなく震わせる。縦社会に厳しい世界。上司である竜胆に楯突く者など、この場には存在しなかった。半ば慌てふためきながら裏口から男達が店の中へ雪崩れ込んで行き、バタンと勢い良く扉が閉まる。そうなるとこの場には竜胆と倒れ込んだ黒い人物のみとなる。
    「うっ……」
     予想通り薄汚れたアスファルトに倒れているのは人間であった。その人物は呻き声を上げながら手を突きゆっくりと起き上がる。ネオンが行き届かない路地で月の淡い光のみがその人間を照らした。二人の視線が交差する。ああ……やはり。
     闇夜に負けない青い瞳。記憶から寸分違わないその瞳を宿した人物は予想通り花垣武道であった。
    「よー元気か、花垣?」
    「えっと……あなたは?」
     頭でも殴られたのだろうか、視線は合えどどこかぼんやりと焦点の合わない双眸に竜胆は小さく首を傾け蹲み込んだ。兄譲りのアルカイックスマイルを浮かべ武道のもっさりとした髪を掴むと無理やり上を向かせてずいっと顔を近付ける。痛みに武道は顔を歪ませているが知った事ではない。寧ろ自分の休息を奪ったこの男への意趣返しだ。可愛いものだろ?
    「オレか? 灰谷竜胆って言ったら分かる?」
    「はいたに……?」
     ぼんやりと……初対面で突然、自身を乱暴に扱っている目の前の男に戸惑いながらも武道は懸命に記憶を彷徨わせた。得体の知れない人物が一方的に自分を知っている。薄気味悪いその事実に体は硬直するも脳内は忙しなく働き続け、パチパチとパズルのピースが合わさるかの様に記憶が繋ぎ合わされていく。そして以前橘直人に見せられた梵天の構成員一覧まで記憶を遡らせると脳内で最後のピースが繋ぎ合わされる。そうだ……こいつは……
     戦慄く唇。震える声。武道が導き出した正解に、竜胆がニッコリと口を綻ばせた。
    「せーかい。じゃ、行こうか?」
     正解を導き出すも武道の抱く恐怖は決して解消される事もなく、寧ろ自分の行く末に抱く恐怖を増幅させ一度大きく体を震わす。それでも逃げる、戦うなんて選択肢悪手以外ないとバカでも理解できるので武道は竜胆の言葉にこくりと小さく頷いた。


    「オレも早く帰りてぇから、すぐ本題に入るぞ」
    「……ハイ」
     竜胆が武道を連れてきたのは港の倉庫でもクラブでも風俗店でもアジトでもない人気のない公園であった。住宅街に囲まれた小さな公園は街灯が一つ頼りなく照らしているもののそれよりも濃い闇に掻き消されている。時刻も時刻の為外を歩いているような奇特な人間もおらず、寝静まった家々からは音どころか明かりさえも消えまさに二人を残して眠りについていた。
     竜胆は公園にたどり着き早々にベンチに腰かけ足を組んだ。ここに連れてきたのは優しさと言っても良いだろう。住宅に囲まれたこの公園でオマエを殺したりなんかしないという意思表示だ。まぁ見た限り目の前の男は頭の回転が決して良いとは思えないので、そんな竜胆の些細な気遣いも未だオドオドと怯えた表情をして立ち尽くしている武道には一ミリたりとも伝わってはいない。
    「もう、金輪際梵天には関わるな。今日はその忠告に来た」
    「……」
    「オマエが何でそんな梵天に固執してんのか知らねぇけど、テメェの命大事だろ?」
     下を向いている武道の表情は座っている竜胆でさえ伺う事は出来なかった。ただダンマリで立ち尽くすばかり。うんともすんとも言わない武道に可能な限りの優しさで言葉を紡いでいた竜胆も不審に思い、「おい」っと呼びかける。聞いているのか?と……それでも返答の無い武道にその思いが段々と苛立ちに変わっていく。そして元々無いに等しい忍耐も限界を迎え、砂を蹴り立ち上がると「シカトすんな」と武道の肩を押した。それでも怪我をさせたとなれば後々、鶴蝶や九井から何を言われるかたまったものではない。これが兄の蘭であれば己の愉悦の追求に更に二人を煽る様な真似をするであろうが、兄と似た性格を持ち合わせているものの現在面倒事はノーサンキューなお疲れ竜胆である。これ以上自分の身に厄介事が降りかかるのはごめんであった。だから肩を押すと言っても触れる程度だ。断じてそうだった。それなのに下を向いていた武道の体は最も簡単にぐらりと揺れ、そのまま勢いよく後ろに倒れていったのだ。
    「……は?」
     鈍い音が鳴る。自分の手の平を呆然と眺めながら(暗がりで見えないが)竜胆からまろび出た言葉は大変間が抜けていた。


    「栄養失調ダァ?」
     この物や食料が溢れた飽和時代に何だそれ?梵天お抱え御用達の医者から告げられた言葉に竜胆は口をあんぐりと開けてしまう。
     
     公園の砂利に後ろから倒れていった武道を十秒程眺めていた竜胆は、我に返ると柄にもなく慌てた様子で武道の口元に手を当てた。そこから数秒……今度は安堵にホッと息を吐く。意識は戻らないものの呼吸はしっかりと感じられた。これで死んだとなれば目覚めが悪いどころか竜胆も一生醒めない眠りに強制的につかされる所であった。然しここからどうしたものかと思案する。このまま放置するも良しだ……仕事とてこの男とは一切関係無いのだから。だがどうにも放って置く事が出来ない。
    「何でオレがこんな目に」
     踏んだり蹴ったりだ。星一つ見えない闇色の天を仰いで飛び出すぼやき。スーツのポケットから取り出した携帯に表示された時刻は五時になろうとしていた。既に朝明けまで数刻も無い。もう一度長嘆を溢す。
    「あーオレだ。今から送る場所まで車回してくれ……それにいつもの医者も……」
     部下を電話で呼びつけると、一気に睡魔が襲ってきた。そんな未だ寝る事を許されない竜胆の隣で武道がすやすやと間抜けヅラを晒しながら眠っている。本日何度目かの苛立ちと疲労感。もう立っているのも億劫で、竜胆も部下が迎えに来るまでスラックスに砂が付くのも厭わずに武道の隣に座り込んだのだった。
     そこから三十分後、竜胆に指示され車で迎えに来た部下は状況を飲み込めず困惑した。薄ら明るくなった公園の隅で梵天の幹部である男が膝を抱えてうつらうつらと船を漕いでおり、その隣では見知らぬ男が大の字でいびきをかいていた。

     無事に回収された竜胆は後部座席に武道を押し込み、その足で梵天お抱えの医者の元を訪れた。看板の無い雑居ビルのワンフロアの戸を開けると既に医者が待ち構えており、指示されたまま診察台に未だ眠る武道を転がす。途中壁に頭をぶつけたりしたが、こんなに無造作に扱われてもまるで起きる気配のない武道の神経の図太さに竜胆の部下は密かに感心した。
     一通り診察をし、血液検査の結果を見た医師はおかしそうにケラケラ笑う。そして竜胆に向けて告げたのが「栄養失調」の四文字だった。
     点滴治療を受けながら眠る武道を眺め、竜胆も両眼をしばたかせ眠りに抗っていた。既にカーテンの無い窓からは陽の光が差し込んでいてこの部屋に夜明けを告げている。背後に控えている部下から「竜胆さん、こいつは見張っときますので休んでください」と気遣わしげに言われようやっと竜胆は病室に備え付けられたソファーに横になった。そしてそこから数時間記憶が無い。
     意識が浮上すると「あのー」と戸惑った男の声が聞こえた。両まぶたを震わせながらゆっくりと開く。視界には困った様に眉を下げた武道が映った。いつの間にか目が覚めていたらしい。
    「ああ、花垣起きた?」
    「あっ……はい……それでこれは一体……」
     兄と違い寝起きは良い方だ。状況が掴めずにビクビクと体を震わす武道にも腹を立て殴る事なく「オマエ、公園で倒れたんだよ」とここまでの経緯を説明する。
    「わ……それは……スンマセン」
    「あー全くだわ。つかこのご時世に栄養失調とか何食ったらそーなるわけ?」
    「あー」
     頭を掻きながら気まずそうに乾いた笑いを溢す武道に竜胆はジトっと呆れた視線を送った。ここまで施したんだ。根掘り葉掘り訳をきいてもバチは当たるまい。すると武道は言葉を濁しながら竜胆から視線を逸らす。そして耳を澄ませないと聞こえないくらい小さな声で「水……ですかね」といらえた。
    「はっ? 水?」
    「そうです、いや……恥ずかしながら……金が無くって……」
     いや、ここはへへっと恥じらう場面じゃねーんだわ。数時間の睡眠で回復した体力、気力が一気に何処かへ行った気がすると後に竜胆は語る。
     武道の今日までの出来事は竜胆の想像を遥かに超えていた。
    「いやぁ、それがですねぇ……気が付いたら無職になってまして……あはは……中々仕事って見つけられないですね。それに今まで貯金なんてしてこなかったもんで、食い物なんて買えなくて……電気もガスも止まるし、そのうち家賃も払えなくって……はい、まさに今自分住所不定ってやつです。空腹は公園の水道水で凌いでました。あはは、こんな話聞いても面白くないですよねぇ。すいません」
    「……」
     竜胆も、背後に控える部下も言葉を失った。あまりにも武道の愚かさに呆れたと言って良い。とりあえず、竜胆からまろびでたのは「気が付いたら無職って何?」だった。今まで職業柄資産を奪い路頭に迷わせた人間などいくらでも見てきている。だが全員何かしら原因かあり、いつの間にかなんて惚けていた奴なんて居ない。また、首領の思入れ深い人物がホームレスなどと考えたくなかった。竜胆からのツッコミに武道は目を泳がせるがそれ以上の会話は続かなかった。
     点滴を終え、針を抜かれた武道は多少足元をふらつかせながら立ち上がる。
    「あの……ありがとうございました。邪魔なオレにここまでしてくれて灰谷さん思ったより優しーんですね」
     すっかりと警戒心を解いた武道は竜胆にぺこりと頭を下げると緩い顔でそう宣った。既に何故竜胆が武道に会いにきたのかも忘れている模様だ。あまりにも危機感の欠片も無い武道に思わず「オマエ馬鹿だろ?」と突っ込んでしまう。きっとこう言う人間が自分達の喰い物にされるんだろうなと考えながら。
    「オマエ、オレが誰だか分かってんの? 頭打った?」
    「打ってませんよ多分。だって普通ここまでしてくれませんよ。きっとその辺に放置でしょ?」
    「まー」
     やりすぎた自覚はある。ただ自分自身の行動に理由を問われてもきっと竜胆は答えられない。強いて言えば放って置けなかった。
    「梵天に関わるなって言うのは聞けないっスけど……」
    「オイ」
    「あはは。じゃ失礼します」
     止める間も無く武道はビルを後にして行った。部下から「口止めは?」と聞かれるものの「不要」と伝える。あの男が親切を仇で返すとは思えなかったからだ。だが当初の目的は達成されず。きっと近いうちにまたどこかのシマでトラブルを起こすのだろう。鶴蝶から小言を言われる未来は確定し竜胆は渋面を作り嘆息を漏らした。

     だが存外再開は早かった。
    「オマエね、まだ水生活してたのかよ」
    「……はい」
     あの騒動から一週間ほど経った時であった。集金ついでに管轄しているクラブに顔を出した時、裏口付近で蹲っている武道を見つけてしまった。素通りしようかとも思ったが、目の前で足を止めてしまう。武道を見るとあちらこちらがボロボロになっているので、既に従業員に袋叩きにはあった様だ。「オイ、花垣」と声を掛ければ、勢い良く上を向いた武道が「灰谷さんだ」とヘラリと笑った。
     先週より痩せこけた武道の顔に竜胆は眉を顰める。自身が態々医者にまで連れて行ったのにこの男ときたら生活を改めようとせず、更に悪化させているではないか。段々と腹立たしくなり思わず数センチ低い彼の頭部に拳骨を落とした。
    「ご……ごめんなさい」
     痛がる武道の声は弱々しかった。曰く、住所不定の訳あり男などどこも雇ってはくれないとの事。また親にも友人にも情けなくて頼れず、疎遠になっているらしい。武道は段々と声を窄め最後は若干涙声になりながらそう説明した。体だけではなく精神面も相当やられているように見える。
    「ふーん」
     世の中には支援団体や炊き出しなど探せばいくらでもあるだろうに、きっとこの賢くない頭は佐野万次郎の事しか考えていないのだろう。
     だがやはり竜胆にはこのまま武道を放っておく事は出来なかった。未だえぐえぐと泣いている男を睨め付けながら、どうしたもんかと思案し長嘆を漏らす。そうして暫くすると武道の首根っこを掴んで有無を言わさずズルズル引きずり始めた。

     ついに埋められるか沈められるのかとドギマギしながら抵抗もできず強引に連れてこられたのは予想外にラーメン屋だった。状況が掴めずに呆然としているといつの間にか武道が座るカウンターにはラーメンが湯気を立てながら置かれていた。その久々の食欲をそそる匂いに武道の喉が鳴る。
     隣を見ると髪がどんぶりに入らぬように緩く髪を纏めた竜胆が割り箸を割って武道に差し出していた。
    「オマエ、ガツガツ食うなよ。久しぶりの飯で胃が受け付けねーかもしれないから」
    「えっと……これは……?」
    「は? ラーメンだけど?」
     ラーメンを見下ろしながら困惑する武道に竜胆は首を傾げる。まさかラーメン知らねーの?とも思ったがそうではないらしい。
     未だ割り箸を握ったまま動かない武道に竜胆はジトっと目を細めた。
    「良いから食えよ。何もしねーし考えてねーよ。善意は有難く受け取れー」
    「い……いただきます」
     呆れながら促せば武道はようやっと動き出した。手を合わせ麺を啜り始める。すると久しぶりの濃い味に一度咽せるもここ最近ずっと水の無味ばかり味わっていた顔が歓喜に輝いた。そしてボロボロと人目を憚らずに涙を流すと、顔をグシャリと歪めて「美味いッスー」と竜胆に唸る。
    「そ、良かったな」
    「……ありがとございます」
    「ふはッ、汚ねぇな」
     涙と鼻水とベタベタな口の周り、ぐしゃぐしゃな顔に竜胆は吹き出した。いつも綺麗なものばかり(主に兄)見てきている為武道の絶妙な不細工さが新鮮に感じる。ついつい老婆心からこれも食えよとどんどん追加注文し、いつの間にか武道の前には乗り切らない程の皿がいくつも並んでいた。
     武道はどの料理にも美味い美味いと涙を流す。途中突然のカロリー摂取に吐き気を催してしまったが「勿体無い」と吐くのを堪え全てを完食した。
     
    「はぁぁー美味かった……ご馳走様です! 灰谷さん!」
    「ん。別に」
     店を出て膨れた腹をさすりながら武道は喜色満面に勢い良く頭を下げた。悪い気はしなかった。欲に塗れた人間の顔は飽きる程見てきたが日本の悪を牛耳る「梵天」幹部を前にして他意もなく間抜けそうに笑う武道に自然と竜胆も笑顔になる。柄にもなく武道の傷んだ黒髪に手を置いてみたりもして。
    「これで暫く生きていけます! お礼できずにすみません……じゃオレ行きますねぇ」
    「……」
    「何処に⁉︎」っと突っ込む間も無く踵返し去ろうとする武道を思わず呼び止めた。呼び止めたものの自分がどうしたかったのか分からない。それでもこのままさよならは何となく嫌だと感じた。一方突然右手を掴まれた武道は不安そうに竜胆を見遣る。まさか後から高額な請求をされたり、マグロ漁船に乗せられたり、臓器売買させられるのでは……?とあらぬ妄想をして顔を青ざめさせた。だが「ど……どうしました?」と問うてみても、竜胆は武道の手を掴んだまま何も言わない。
    「灰谷さん? 灰谷竜胆さん? どうしました? あまり名前呼ぶの良くないですよね? おーい、竜胆さーん」
    「……ねか?」
    「へ?」
    「だから……オレのトコ来ねぇ?」
    「は?」
     双眸を瞬かせ武道は首を傾げる。既に時刻は二十三時を超えていた。店の街灯はあれど周囲に営業している店が無いので暗がりに俯いた竜胆の表情は見えない。だが竜胆の声は硬く、緊張しているのがありありと伝わりそれが冗談では無い事が嫌でも理解できた。
    「オレのトコって……?」
    「オレの家。三食昼寝付きの仕事。オレを癒してくれるだけで良い」
    「それって……えッ?」
     癒すってどゆこと?
     一方竜胆も自分が何を口走っているのか分からなかった。それでも武道を引き止めるべく舌は滑らかに動き言葉が自分の理性的な意思に反して勝手に飛び出していく。そして勝手に出てきた雇用条件を一通り述べると今度は口をへの字に引き結んだ。
     そこから暫し沈黙が続く。
     その間竜胆は自分が宣った言葉を反芻した。(三食昼寝付きでオレを癒せってどゆこと? あらぬ誤解をされたらクソダリィ……まぁそこら辺の女じゃねーしそれは無いか……大体こいつがバカすぎるのが悪りぃんだよ。このまま放っておいたら二、三日には死んでんじゃね? そしたら最後に会ったオレが責められるじゃねーか。それなら目の届く所で世話した方が楽だし……)つらつらと誰に言い訳するでもなく自分自身を言い聞かせる。
    「それって……」
     すると今まで黙っていた武道がおずおずと口を開いた。
    「それって……ぺ……ペットになれって事ですか?」
    「……」

     武道の導き出した答えに竜胆は言葉を失う。

     ペット……ペット……ペットってあれか?犬とか猫とか?
     確かに目の前の男は犬っぽい。先ほどのラーメン屋では全力で揺れる見えない尻尾が見えた気がする。そうか……オレはもふもふとした癒しが欲しかったのか……。その時一筋の光明が竜胆に差した。
    「そそ、ペット。オマエも悪い話じゃねーと思うんだけど?」
    「……狙いは?」
    「は? そんなもんねーけど? まぁ……強いて言うなら疲れてんだよ……」
     げっそりと遠い目をした竜胆に武道は電車に揺られる疲れ切ったサラリーマンの姿を見た気がした。なるほど……反社も大変なんだなぁと内心同情し、竜胆の傍に居ればそのうち佐野にも会えるのではないかと考え至る。それなら危険だろうがいっそ飛び込んでみるのも良いかもしれない。どうせもう自分にはなにも無いのだから。
    「良いですよ。ペットやります」
    「……そうか」
    「オレ、何も持ってないんでこのまま着いてきますよー」と宣う武道に、断られると思っていた竜胆は軽く目を見開いた。バカでアホで危機感が無いという竜胆の中の武道ステータスに新たにオレのペットが付け加えられた瞬間であった。
     こうして「住所不定無職 花垣武道」は三食昼寝付きのペットという職業につき、一気に豪華なマンションの住人になったのだった。
     
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