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    Y2sqF28

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    あの後の話。恋に落ちる瞬間って人それぞれだと思うのです。

    #FGO

    やがて殯(もがり)の刻を迎えても『こんにちはー』

    あの日から数日経ったとある日の昼下がり。いつものように店を開ける準備をしていると聞き慣れた声が聞こえてきた。
    店の主たるオベロンが扉を開ければ予想通り、そこには立香の姿があった。
    『あぁ、きみか。いらっしゃい』
    『診てもらう時間より早く来ちゃって、大丈夫でした?』
    『良いよ、入って待ってて』
    ありがとう、立香は小さく礼を言うと店内に入り、ソファーに座って大人しく待つことにした。店内ではオベロンが花達に霧吹きを掛けてやったり、水を替えたり剪定をしたりと仕事に勤しんでいる。普段見ない彼の《花屋の店主》の顔を垣間見た立香は興味深そうに目で追い続ける…
    『…そういえば一つ気になってたんですけど』
    『なに』
    『オベロンさんって幾つなんですか?』
    あらかた作業を終えたオベロンが手を止めて立香の方へ向き直ると口をへの字に曲げて、ちょっぴり不機嫌っぽいオーラを出して目を細める。
    『33だけど』
    『え、ウソ…!』
    『嘘じゃないさ。それとも童顔だって言いたいの』
    『あいや、そうは思ってなくて…でも、若く見えるからてっきりオレとそんなに変わらないのかなって…』
    『…きみはどうなんだよ』
    『オレ?今年25になったばかりです』
    『…俺より童顔じゃんか』
    『き、気にしてるんですよ!言わないでっ!』
    お互いの年齢を暴露すると少しだけ和やかな空気が流れ始めた。それから暫くの間雑談をしてからオベロンは本題を切り出す。
    それは立香が店に来るようになったきっかけでもある嗅覚障害の件だ。

    『あれからどんな感じ?』
    『んー…まだ細かい香りまでは分からないですけど、以前と比べると大分改善されてるような気はします』
    立香は自身の鼻を指差して答える。
    あの日以来、彼の嗅覚は徐々にではあるが回復の兆しを見せ始めていた。今では僅かな花の匂いすら嗅ぎ分けられるまでになっている。
    立香曰く、オベロンが施した治療で彼の纏う香りに慣れたからではないかと自己推測していた。
    けれどそれでも完治とは言えず、連動して味覚の障害も残ったままである…
    『これでも最初よりかはマシになった方なんだけどなぁ…』
    『まぁ嗅覚は兎も角、味覚はすぐ治るものでもないしね。焦らずゆっくり治していこう』
    『うぅ…はい。あ、今日も良いですか?』
    『あぁ、好きなのを選んでくれ』
    『ありがとうございます』
    診療を行う前、立香はオベロンの店で必ず一輪の花を買い求めるようになった。匂いを確かめる為の行為なのだろうが毎回違う花を買ってくれるのでオベロンは商売的に嬉しい反面彼の行動が何処か不思議で仕方なかった。なのである日何の為に買っているのか尋ねた事がある…彼は恥ずかしげに頬を染めながら答えた。

    ―深い意味は無いんですけど、このお店の花達って綺麗というか…大事にされてるのが目に見えて分かるから―

    と言うものだった。

    『(まあ多分、俺が育ててるからって理由も一理あるんだろうな)』
    実際オベロンが丹精込めて育てた花はどれもこれも美しく咲き誇っている。一輪挿しに使用される花には特に力を入れているらしい。花一つでどれだけ場を華やかに出来るか…を模索しながら育てるのが密かな楽しみと言えよう…
    『今日はこれにします』
    『はい、お買い上げありがとう。ポイントカード持ってきてる?』
    『はいっ』
    今回立香が買った花は小さな向日葵。薄淡い黄色の花弁を健気に広げ咲き誇る姿に惹かれたそうで嬉しそうに手に取って眺めていた。折角だしラッピングするか、と立香から向日葵を受け取ると淡い水色の包装紙と透明のフィルムで丁寧に包みリボンで留めてから会計と一緒に添えてもらったポイントカードに青薔薇のスタンプを押す…このカード全てにスタンプが埋まれば次回来店の時には花束1つ分割引になるそう。
    『わ、ラッピングまでしてもらって良かったんですか?』
    『うん、この花気に入ったって顔してたから。サービス』
    『ありがとうございます…っ、嬉しいです』
    『なら良かった』
    ふわりと嬉しそうに微笑む立香を見てオベロンの顔も自然と綻ぶ。その彼の顔を見て立香はほんのりと頬を染め上げる。そして何かを決意したような顔をして鞄の中からゴソゴソとあるモノを取り出すとオベロンの前に出した。
    『あ、あのっこれ良かったら見てくれませんか?』
    『?これは?』
    渡されたのは立香が勤めている葬儀屋のパンフレット。実は診療の他にもう一つ、オベロンに伝えなければならない事がある様子…
    『オレが働いてる葬儀屋で、つい先日得意先にしてた花屋さんから契約解除を言われてしまって…それで、オベロンさんのお店から花を卸させてもらえないでしょうか』
    『…ふーん、理由は何となく分かったけど、それだったら個人経営してる俺でなくても店舗数が勝ってる大手チェーン店でも良かったんじゃない?』
    『……、』
    『それとも、俺の店でなきゃダメな理由がある?』
    図星を突かれ立香は言葉に詰まってしまったが、今言わないと……という気持ちが後押ししたようで再度ゆっくりと口を開く


    『…オレ個人の、お願いになっちゃうから言わなかったんですけど、オベロンさんが育てている花達って…本当に活き活きとしてて、キラキラしてて、他の花屋だとこんなに輝いていなかった。こんなにも美しく咲き誇る花達を飾り付ければ、きっとご遺族も安心して送る事が出来る。亡くなられた方も、安らかに逝く事が出来るんじゃないかって……すみません、オレの勝手な思い込みです…』
    『………』
    立香はオベロンが営んでいる店の花達を見て心を奪われた。ただ飾られているだけではない、生けられた花の一つ一つに《愛》が込められている…まるで生きているかのように瑞々しく咲いているのだと。彼の話を聞いていたオベロンは暫しの間無言を貫いていたがやがて口を開くと静かにこう言った。
    『……良いよ。きみの所に卸してあげよう』
    『ほ、本当ですか?ありがとうございます…っ!』
    『但し条件がある』
    『条件…?』
    『あぁ。今後きみに卸す花は俺の店で育てた物のみを使う事。他店で仕入れたやつは一切使わないで欲しい。金輪際、だ』
    『え……』
    『この条件を呑めないなら今の話は無かった事にする。きみにとっても悪くはない条件だろう?』
    『………、』
    オベロンの言う通りだった。それは立香にとってはあまりにも良すぎる条件…なのに、彼の何処か含みのある言い方が気になった…しかし悪い話でもない、寧ろ自分に有利な条件である。何よりオベロンが丹精込めて育てた花を卸してもらえるのならば……立香の答えは、一つだった。
    『分かりました、今後一切、貴方以外の花屋から仕入れる事を取り止めます』
    『うん、直ぐに返答してくれて俺も気が楽になった。いいとも、引き受けよう』
    『本当に、ありがとうございます。でも良かったんですか?葬儀の内容によってはかなりの量を発注する事になりますよ…』
    『そんなもの、後からどうとでもなる。それにきみはもう俺との“約束”を忘れてしまったのかい?』『え、あ……』
    オベロンにそう言われ立香はハッとした表情を浮かべる間もなく顎を掴まれて無理矢理視線を合わせられる。彼の顔がゆっくりと立香の顔に近付き互いの唇が触れ合うまであと数センチという所でオベロンは動きを止めると妖艶に微笑んだ。


    『他の花屋から仕入れさせない理由が知りたいんだろ?簡単さ…きみの《死》を飾る花は、俺の花達で十分なんだよ。何処の誰だか知らない肥溜め共が育てた花なぞ花弁の一片たりとも入れてやるものか』
    『あ、の…っ』
    『きみを殺せる権利を持つのはこの世で俺だけだ…きみの命を奪うのも、その亡骸を抱くのも、柩に花を添えるのも…俺の特権だ。きみは黙ってそれを享受すればいい、分かったか?』
    『…っ』

    ごきゅ、と唾を飲み込む。

    奈落の奥底で燻る燐火を宿した青鈍の瞳が語った言葉の、その真意を立香は理解した。彼は本当に、自分を殺すつもりなのだと……そして彼は自分が死んだ後はその遺体を自分の手で飾り付ける為に独占しようとしているのだと。

    立香はゾクッと背筋を震わせる…だが恐怖は感じなかった。それどころか胸の奥底から湧き上がるのは喜々にも似た感情。心臓が激しく脈打ち呼吸すらままならない…
    『ねぇ、きみ…今どんな顔してるのか教えてあげようか』
    『ぁ、え………』
    『頬をほんのり染め上げて、瞳を潤ませながら犬みたいに短く呼吸してさぁ…さっきのが愛の囁きみたいに聞こえたワケ?』
    『な…っ!』
    我に返った瞬間立香はオベロンの身体を突き飛ばして距離を取る。先程までの流れかけた甘い雰囲気は何処へやら……オベロンは呆れた様子で溜息をつくと本気にするなよ、と冗談めいた口調で言えば立香は恥ずかしさと怒りが綯い交ぜになって顔を真っ赤にしながら先のオベロンの言葉を反芻する。あんなのは、まるで…

    『(まるで……オレに対する想いを告げられたみたいな…)』
    立香はそこで思考を止めた。これ以上考えてはいけないと脳が警鐘を鳴らしていた。
    『…さてと、つまらないお喋りはここまで。診療の時間だ、此方へおいで』
    『あ……』
    自然と伸ばされた手が、今度は優しく立香の手を取る。そのまま引き寄せられるとまた近くなった視線に立香は思わずドキリとして慌てて俯く。顬(こめかみ)から耳の裏へと触れる指先が仄かに熱くて…高鳴る心音を抑えるのに必死な彼を見ては花屋の店主クスクスと小さく笑う。


    『今日はどの香りで触れられたい?きみの要望に応えるよ…』

    店先の玄関扉。カタリ、カタリと【CLOSE】の看板が秋の葉の香り風に静かに揺らいだ。
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