洛冰河は双子である。
一卵性双生児で、見た目は同じ。名前も同じ。
何故名前が同じかと言えば、捨て子で見掛けも同じだった事と、そもそも名前が重要視されていなかったから。
例えば洛川の近くに住んでいる二番目の娘だから洛二娘だとか、老齢だから洛婆だとか。
金持ちでも無い限り識字率もままならない市井の貧民などの名前なんてその程度である。
差を付ける為に何となく冰哥、冰妹と呼ばれていて、それが当たり前だったからそんなものかとたいして問題視していなかった。
「どこも似たようなものだな」
ある日、お前たち名前が同じで不便では無かったのかとなんと無しに尋ねてきた沈清秋たちに上記の返答を返すと、薄ら笑いを浮かべた彼らは肩を竦めた。
「師尊たちは、お名前に何かご不満が?」
「不満もなにも、私たちの名…沈清秋ではなく、個々の名だな。私は垣。こちらは九。沈は後付けだが、名はな。ただの番号だったのだよ」
畳んだ扇子を唇に当て言葉を紡ぐ。
自分たちが売りに出されていた奴隷だったこと。子供の名前は全て番号だったこと。
初めて聞いた師の過去に衝撃を受けた洛双子はぴしりと双方共に固まりえ?え?と互いの道呂に視線をやる。
「私の名は一番目の子供が死んだ直後に付けられてな。奴隷の名は管理しやすいように一から九までが順番に付けられ、不足したらその空白分の番号が与えられた。本当は私の名は一となるはずだったがその時の奴隷市場の番頭が同じでは縁起が悪いからと似たような音の名前を当てたのだよ」
まぁ縁起が悪いからと言うが、その一が死んだ理由は暴力による臓腑の損傷が原因だから縁起もなにもあったものではないけれどとあっけらかんと言い放った沈清秋…沈垣が肩を竦める。
「奴隷…?あの、師尊。御無礼を承知でお聞かせ願いたいのですが」
「何だ?」
「お二人は…その、家族に売られたの…ですか」
「さぁどうだったか。物心着く頃には奴隷商の元に居た故なぁ」
隣に座して黙々と本日の洛双子お手製の馬拉糕をはくはくと食べている沈九に覚えているかと尋ねるが、そんな昔のことなんて覚えて居ないし覚え続ける気も無いと言い放った沈九は茉莉茶を流し込む。
「我々が元々奴隷だったとして、積み重ねた修位に傷が着くでもなし。それとも何か、貴様らは奴隷身分の畜生が成り上がった事に叛意ありとでも吐かすか」
懐紙で口元を拭いつつ、鋭い目付きで目の前の見目麗しい双子を睨め付けた沈九が鼻で笑った。
あえて挑発するような言葉を選ぶ片割れにまたそんなふうにと額に畳んだ扇子をあてた沈垣が「口が悪い」と苦言を放つ。
「いえ。我々も母の庇護が無ければ人攫いにあいその身を堕としていたでしょう。そうでなくとも貧民の出ですので、それこそ扱いは奴隷とさして変わりありませんでしたよ」
粥の一杯すらまともに手に入れられない程にはねと、沈九の言葉を皮肉で打ち返した冰哥がにこりと微笑む。
「……御母堂に感謝することだな。貴様らのその顔で人攫いに会わなかったのは運だけではあるまい。志半ばで隠れたとは言え、血の繋がった子でさえも食い扶持の為に金に替える者も居る」
「おや、師尊からそのような愁傷な言葉が出るとは。天の庭に居る母も喜んで下さることでしょう」
ある意味高度な嫌味の応酬に呆れたような顔で沈九と冰哥を見つめた沈垣だが、まぁ確かにこの三界一の美貌の持ち主×二と言う存在たちが清静峰に弟子入りするまで良くもまぁ無事であったとは思わずに居られない。
原作のご都合主義だろうが、幼い頃の洛双子はそりゃぁもう美少女と見まごうほどの美貌だったのだ。
金にならぬ人権と道徳心など用は無いとばかりに捨て置かれる市井の、更に貧民と言う立場で良くぞ無事であったと思ってしまうのも当たり前である。
「そなたら、本当に良い御母堂と巡り会えたのだな」
「俺達には勿体無い、素晴らしい母でした」
もし奇跡でも起きて再び相見える事が出来たのであれば、己が持ちうる全てを使って全力で孝行したいと冰妹が言うと、沈九と言い合っていた冰哥も無言でこくりと頷いた。
「ふむ。で、あれば我々も御母堂殿に孝行せねばな」
「……そうだな」
そんな洛双子にふふ、と笑みを落とした沈垣が冰河の母であれば我々の母でもあるからと言い、沈九も一瞬間は空いたものの素直に頷き肯定する。
それには冰哥が思わず唖然と…そう、まさか沈九が賛同するなどと露ほども思って居なかったので固まってしまった。
「え、師尊?え?」
「何をアホ面引っ提げている……不承不承とは言え、貴様と…私は……夫夫なのだろうが。婚家の母御に仕え孝行する事に何の躊躇いが必要か」
そこまで言って、ふんと鼻を鳴らした沈九。沈垣も左様と頷くと……珍しく、冰哥も含めた洛双子が揃いも揃ってブワッとその花の顔を朱色に染め上げる。
皮肉げな顔を作ることすら出来ず、これで魔王とはとてもでは無いが言えないような表情を作り上げた二人におやおやと沈垣が意地の悪い笑みを浮かべた。
「酔芙蓉が見頃を迎えたようだ。なぁ阿九」
「日が暮れる頃だからな。見事じゃないか」
けらけらからからと響く沈双子の笑い声は、照れ隠しで「「師尊!!」」と叫ぶ洛双子の叫び声にかき消されるまで続いた。