死刑囚は今日も藹々「────それでは、恐れ入りますがこちらへお入りください」
「ふ、このような杜撰な造りの檻程度で悪魔憑きを封じ込められるとでも? お前たちの安心が、こんなくだらないことで保てればいいがな」
「……っ、し、失礼します王子殿下……っ!」
「王子殿下……? 黒目、黒髪だと……?」
「……死刑囚か。どのような罪科を背負ってこの場に居るのか興味も無いが、逃げ場もなくこの俺と向き合うことになるとは憐れなものだ。せいぜい機嫌を損ねぬよう大人しくしていることだ」
「ああ、そうするよ。……そうしたいんだが……。…………ど、どうしたんだいったい、そんなにソワソワして。大丈夫か? 腹でも痛いのか?」
「えっ。俺を、気にかけるとは……。いや、そうではなく、この俺にそのような言葉をかけるとは恐れ知らずな……」
「視線が泳いでるじゃないか。やっぱり体調が悪いのか?」
「いや本当にそうではなく……」
「いきさつは知らないが、王族がこんな環境に叩き込まれたんだ、具合が悪くなってもおかしくないさ。待ってろ今牢番を呼んでやるから」
「だ、大丈夫だ……! その、俺なんかと同じ空間に閉じ込められた君の心労を思うと……どこにどう居ればいいかわからなくなってしまって。余計に心配をかけてすまない」
「え……?」
「……っ、な、などと言うと思ったか? 今すぐその矮小な心臓をこの手で握り潰してやってもいいのだぞ」
「まっ、待て待てどうしたんだ、お前の情緒に何が起こってるんだ? まさか本当に悪魔が取り憑いているのか……?!」
「あ、俺は確かに悪魔憑きだが、実際に悪魔が取り憑いているわけではなく頑丈なだけの人間で」
「と、とにかく隅に張りつくみたいに立ってないで座ったらどうだ。ほらこっち来いよ」
「隣?……良いのだろうか」
「嫌か? 王子殿下」
「…………いや。失礼する」
「────なるほどな。あえて高圧的な態度をとって相手の印象を裏切らないことで、最低限の関わりに留める、か。お前も苦労してるんだな」
「君のことはかえって困惑させてしまったようだ。すまない」
「気にするな。王子殿下がこんな丁寧な奴だとはな」
「……君は、クロードと言ったな。確か、廃墟生物に関する君の著書を読んだことがある」
「本当か?」
「ああ。俺はあまり城から出たことがないから、とても興味深い内容だった。特に生息する小動物に関して、」
「お、そこに目をつけたか! お嫌でなければ詳しい講釈を垂れようか。長い時間の暇つぶしにでもさ」
「ああ、ぜひに頼む」
「────カイゼ様の様子を伺いに参じたんですが。なんかグッタリしてません?」
「え? 今ちょうど盛り上がってきたところなんだが。なあ王子殿下」
「ぐっ……! あ、ああ」
「血吐きそうになってるじゃないですか。何したんですかあなた」
「何もできるわけないだろ。雑談に花を咲かせてたんだ」
「くっ、花ッ……!」
「なんかまたダメージ入りました?」
「す、すまない……花が咲き、草が生い茂り、木が鬱蒼として山を成し始めたところから、実は意識がおぼろげで」
「そんな話はしてないんだが?!」
「なるほど、精神攻撃ですか。やりますねぇ」
「誤解だ俺はやってない! 何がなるほどなんだまったく……。王子殿下も、途中でさえぎってくれて良かったんだが」
「まあ何にせよ、仲良くされているようで安心しましたよ。死刑囚どうし、これから長い時間を共にしていただきますから」
「……思ったんだが、王族ならこんな牢獄じゃなくて私室に軟禁とかで済ませてやれないのか?」
「ああ、ご希望なら可能ですね。希望なさいます?」
「…………いや、こちらの方が俺には相応しい。死刑を宣告された身で本来このように感じてはならないのだろうが……楽しい、とも」
「カイゼ様……。ええ、それでしたら現状維持といたしましょう。また近いうちに参ります。それでは」
◆◆◆
「────ッのヤロウ! 離しやがれってんだよ! オレはやってねぇっつってんだろーが! 濡れ衣でこんなとこ叩き込みやがってタダじゃ済まさねぇぞコラァ!」
「おーおー、ずいぶん活きのいいのが来たな」
「牢番が四人がかりで押さえつけている……」
「言ってる間に三人になったぞ。今吹っ飛ばされた奴大丈夫か……」
「新しい彼は向かいの房に入るようだな。落ち着くまで様子を見よう」
「離しやがれぇ!! 剣がなくてもテメェら程度ペラペラに伸ばしてパイ生地にしてやらぁ!!」
「……落ち着くまで何時間かかるやら」
「────結局牢番全員伸して、城の警備兵に数で押し込まれたな。なかなかの見物だった」
「負傷した兵たちが心配だが……君は傷一つないようだ」
「あんなヤツらに負けませんよ。というか、カイゼ様がなぜ牢獄にいらっしゃるんです?」
「それは追い追いでいいだろ。お前、名前は?」
「王国騎士団のノイル・べスティアだ。そういうオマエは? 一番の古株なんだろ?」
「二年半前からここに居るよ。俺はクロード・グレイン、廃墟生態学を研究してる」
「は〜、学者か。てっきり役者かなにかかと思ったぜ」
「は…………いや、言わんとすることがわからないわけじゃあないんだが。どんな危険人物かと思ったら、無邪気な奴だなお前は」
「ああ、牢がまた賑やかになりそうだ。鉄格子越しではあるが、友好を深められたら嬉しい」
「カイゼ様……」
「死刑囚どうしで友好も何もって感じだけどな。……お、言ってるうちに食事の時間か」
「は……? ンだよこのニオイ、マジで料理か? つかベッチャベチャじゃねーか! は、コレ食うのか?!」
「慣れれば無心で食えるようになる」
「俺はまだ慣れないな……。パン以外が常にペースト状になっているのは何故だろうか。水分補給も兼ねているんだろうか。水は別にもらっているんだが……」
「こ……こんなん許せねぇ……!!」
「許せなくても食うしかないんだよ、ひもじい思いをしたくないんならな。味のほとんどは味覚よりも嗅覚で感じ取っているから、つらいなら鼻をつまんで食べるといい」
「ニオイの問題じゃねーだろが、ベッチャベチャの薄茶色いモンを平然と口に運ぶなコラァ! どーやったらンなヤベぇメシ出来上がんだよ、コレ作ったの曲がりなりにも城仕えだろ?!」
「確かに鼻をつまむと少し楽かもしれない」
「ぐっ、カイゼ様が適応なさっている!! こんな目に遭わすなんて城の連中は何考えてやがる……?!」
「ノイル、君も試してみるといい。味があまりしない砂利混じりの泥のような舌触りのものが、喉にまとわりつきながらねっとりと胃へ降りていくぞ」
「最悪じゃないですかカイゼ様ぁ!!」
「慣れると咀嚼しなくていいのが楽に思えてくるぞ」
「テメェは黙ってろキレイな目しやがって! 慣れてたまるかこんなメシ! おい牢番! 牢番コラァ!!」
「────牢獄の壁に薄茶色の謎の液体で『殺す』って書いてますけど、あれ何なんですか?」
「殺害予告だ。だが安心してほしい、ノイルはきっと本気ではないから」
「あ、いえ言葉の意味じゃないところが知りたかったんですけどね。まあ本気じゃないなら良かったです。あとで掃除用具差し入れるので自分で片付けてくださいよ」
「ハッ、どうせなら調理器具を寄こしやがれ。今度あんなメシ出しやがったら作ったヤツぶつ切りにしてステーキにしてやる」
「寄こせって言う割に調理器具そんなに使わないな」
「うっせーな! あんなモン真顔で完食しやがってキモチワリィ」
「壁に塗る方がどうかしてるだろ、お前は芸術家か。料理人が見たら感激のあまり泣き崩れるぞ」
「アレ作ったヤツのこと料理人って呼べるの、素直にすげぇよ……」
「そう言うクロードも最初は食べたがりませんでしたけどね。痩せ細っていくので刑務前に餓死するんじゃないかと心配したものです」
「いや俺が食べなかったのは……。そんなことより、確かにあれは料理よりも食材への死刑執行とでも呼んだ方がしっくりくる出来だ」
「なんかちょっとうまいこと言おうとしてません? 死刑囚だけに、とか返すのを待ってるならハラスメントで訴えますよ」
「ハラ……?」
「ああすみません、若者言葉です。お気になさらずに」
「それより、食材への死刑執行だと思う感性はあったのかよ……ますます怖ぇなオマエ……」
「クロードの忍耐強さは見習いたいものだ。俺も途中で何度か胃が痙攣していた」
「よっぽど酷い食事が出てるんですねぇ。今は獄囚とはいえ、王族にそのようなものをお出ししているのは問題ですね。俺から少し言っておきますよ」
◆◆◆
「────僕はモリィ・ウッドランド。さすがは王城、牢獄といえども小綺麗にしてあるね。今日からどうぞよろしく」
「今度は落ち着きすぎてる奴が来た」
「ああ、ノイルとは対照的だ」
「オレと同じ房か。よろしくなモリィ。オマエ、好きな食べ物は?」
「いきなりだね。そうだなぁ、少食であまり食べるのは得意じゃないんだけれど。強いて言うならショコラかな。牢獄で口にできることは無いだろうね」
「見た目に合った答えだな。良かったじゃないかモリィ、茶色いものなら毎食出るぞ」
「茶色いもの? なんだか嫌な言い方だなぁ」
「ハハ、聞いて驚け新入り。こないだまで薄茶色のベチャベチャしたモン食わされてたんだけどよ」
「司法をつかさどる北の魔女が我々の要望を聞き、料理人に話を通してくれた結果」
「茶色のベタベタしたものに進化したんだ。有難くて泣けてくるよ」
「わぁ……本当に泣いてる……」
「思うに、火力に着目して改善に取り組んだのだろう。より煮詰まり、そして若干焦げたことで、呑み込むのに若干の咀嚼を必要とするようになった」
「本当涙ぐましい努力だよな」
「泥食ってるみたいだったのが、粘土食ってるみたいになった。ニオイもその分キツくなったんだぜ」
「君たちの話を聞いていると、あまりおいしそうには思えないのだけど」
「今はまだ、直截の表現は差し控えさせてくれ。もしかすると君の好みには当てはまるかもしれないから」
「今話していた物体が口に合うと思われているのは、遠回しに貶されているようにすら感じるね……。っと、台車の音が近づいてくる。お待ちかねの食事の時間かな」
「来た来た。ハ、初日のクロードの気持ちがわかってきたぜ。確かにコレはワクワクする」
「いや、俺は別に、食材への冒涜をテーマにした劇物を出されて怯える奴の姿を楽しむ嗜好は無いよ」
「全部言ってしまったな……。しかしモリィは落ち着いているようだ。こういった食事は平気なのだろうか」
「うん? 食事はまだ運ばれてきていないよね?」
「す、すげぇ……! コイツ、異臭を放つ目の前のトレイを完全に無視してやがる……!」
「見ないふりしても食べない限りずっとそこにあるからな。ほら観念して食べるぞ。いただきます」
「いただきます。……今日は一段と大地の風味が感じられるな」
「さすがカイゼ様。土入ってねぇのが逆に信じられねぇくらい土臭ぇけど、そう言うとちょっと有難みを感じますね!」
「君は味覚が先に死刑執行されてしまったのかな? 土入ってるというか土だろう、これ」
「それが入ってないんだな。一度ゴネにゴネて目の前で調理させたから間違いない」
「そう……。調理の結果が茶色く粘ついたヘドロの塊のようになることもあるんだね。さすがは王城、一介の葬儀屋には理解できないことが起こるようだ」
「モリィ、これが王城の常だとは誤解しないでほしい。おそらく、牢獄の食事番はすべての埒外へ挑戦しようとしただけで────ッう」
「吐くな吐くな、背中さすってやるから。良いか、口に入れたら最低限噛み分けて即座に丸呑みするんだ。呼吸はするな」
「ぐ……ッ、も、問題ない……っ、俺は、頑丈だから……ッ」
「カ、カイゼ様あぁ……!! やっぱこんなん許せねぇ……! 今日こそ血祭りに上げてやる!! 牢番! おい牢番、メシ作った罪人を呼んで来やがれぇえ!!」
「ちょっと、あまり騒がないでほしいなぁ。見た目と臭いはすごいけど、所詮はお上品な城仕えの作ったものなんだろう? せっかくだから僕もひと口いただいてみようかな」
「────牢獄の床に茶色の謎の半固体なすりつけて『鎮魂』って書いてるのはなんですか、ついに変な信仰に目覚めました?」
「きちんとした葬儀ができないなりに、食材たちを弔おうと思って。ほんの気持ちだよ」
「そうですか。エキセントリック葬送で有無を言わさずに空へ還すとは、腕のいい葬儀屋なんですねぇあなた」
「お褒めに預かり光栄だよ。彼が後片付けをするから、後で道具を差し入れてもらえるかな」
「おいコラなに人に片付けさせようとしてんだ。全部テメェがやったことだろが」
「その通り。君は働いていないだろう? 僕は気持ちを込めて葬儀を行ったから少し疲れたんだ、この後は静かに休ませてもらうよ」
「怖いくらいの無表情で床に塗ってたけどな、お前……。どんな気持ちを込めてたのか聞くのも恐ろしいよ」
「クロード、オマエ感じなかったのかよ……?! コイツとんでもねぇ殺気放ってやがったじゃねぇか」
「ああ、俺も感じた。必ず己の手で死のふちに叩き落とすという確固たる意思を感じる眼差しだった」
「食事の時間に何してるんですか……。ちゃんと担当者には言っておいたんですけどねぇ」
「ああ、進化はしたぞ。念のための確認なんだが、俺たちは廃墟に異変が発生するまで収監されるんだよな? 毎日の食事でじわじわと嬲り殺しにする刑だったりしないよな?」
「そんな陰湿なことしませんよ。というかあなたは二年半普通に食べてたじゃないですか、どうしたんですか今さら」
「いや……こいつらと会話するようになって人らしい感性をほんの少し取り戻した途端、今まで食事だと思っていたものが粘土にしか見えなくなって……」
「クロード……。君の目を蔽う霧を払う一助となれたのなら、良かった」
「たぶんですけど、霧の中にいた方が幸せだったんじゃないですかね……」
「カイゼが嬉しそうにしているんだから君は黙っていなよ」
「とにかく、ドロシー。いい加減に料理人をどうにかしてくれ」
「え〜、面倒くさいですねぇ……。しかし、刑罰以上の不当な扱いをするのは本意ではありません。わかりました、言っておきましょう」
後日、食事が「黒いブニョブニョしたやつ」に進化した