断絶、されど薄氷の奇跡「……荷物配達の護衛?」
普段人に頼み事をしない彼女……いや、彼に珍しく声をかけられたのは、よく晴れた初春のことだった。
「あぁ、キャンプ・ドラゴンヘッドからレヴナンツトールへ物資を届ける輸送隊が相次いで襲われているようでな。我に護衛の依頼が来たわけだが.......如何せん数が多い。往復に手間がかかる故、お前にも声をかけたのだ」
どうせお前は暇であろう?と彼はこちらの都合はお構い無しといった様子で口端をにやりと釣り上げる。
レヴナンツトールからキャンプ・ドラゴンヘッドへの物資の輸送。それははるか昔……という程でもない、"少し過去に自分もこなした"依頼だ。
という事は、彼もいよいよ、そういうことなのだろう。
「……もしかして、先行統一組織の」
少し記憶を辿り、どの辺りだったかとそう口走れば、彼は"お前の耳にも届いているなら話は早い"と頷いた。
「……うん、分かった。せっかくノエルが声をかけてくれたんだし、俺も行くよ」
「そうか!うむうむ!まぁお前が断らないことは知っていた故、さっさと連れていこうか迷うておったがな」
了承の返事を返すと、彼はそう言って顔輝かせて機嫌良さそうに尻尾を揺らした。
少々強引で強気なところはあるが、その輝きが、自分にとっては少し眩しくて、時々彼と話している時、思わず目を細めてしまう。
「そうと決まればさっさと行くぞ、我は忙しいのでな」
「あ、ちょっと待って。せっかくクルザスまで行くなら準備したいものがあるんだ」
待ったをかけると、露骨そうに彼は肩を落とした。
それが少し面白くて、しかし笑うと"何を笑っておるのだ貴様"と斧で詰められるのが分かっているので、必死に声を抑える。
「ふん、ならば急げよ。我は先に依頼人の所へ行って話を通しておく、輸送経路は現地で確認する」
「うん、できるだけ早く合流するから」
そう言うと彼はテレポで去ってしまった。
急がないとまた詰められそうだなぁ、なんて考えながら、昨晩に焼いていたクッキーの残りを手際よく包装していく。
これはフォルタン家の人々に持っていくものだ。エマネランなんかは特に気に入ってくれているので、立ち寄る際には必ず持参するようになった。
「エマネラン、もうこっちに帰って来てたっけ……」
もし不在であれば、オノロワとドラゴンヘッドの皆で分けてもらおうか。しかし、自分がいない間にクッキーを食べられた彼はどんな顔をするだろう。きっと子どもみたいに不機嫌になるに違いない。
宇宙の果へ至る旅路の中で、彼は出会った頃よりも、とてもたくましく、立派になった。だが、そういうところはちっとも変わっていない。
むくれる彼の姿を想像して、今度こそ1人吹き出してしまう。
「ふふ、あとは……そうだね……」
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「おーそーいーぞ」
諸々の支度を終えてドラゴンヘッドへ向かうと、既に御者と打ち合わせを追えていたノエルが不機嫌そうに声をかけてきた。
「ごめんね、花を選んでたらちょっと時間かかっちゃって」
「花?手土産か?」
何故、と不思議そうにする彼に"内緒"と人差し指を立ててみせると、心底腹立たしそうに睨まれた。
「……既に打ち合わせは終えている故、簡単に共有するが──────」
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依頼は特に何の問題も起こらずに終わった。時々輸送ルートを阻む魔物がいて露払いをする程度で、例の襲撃者は現れずじまいだった。
後方から、彼の戦う姿を見ていたが、やはり……
「また腕を上げたんじゃない?」
キャンプ・ドラゴンヘッドへ戻る道中、横並びで歩いている彼にそう声をかければ、彼は当然だというように胸を張った。
「ふふ、まぁな。日々研鑽は怠らぬし、ここへ来てから日も経ち地の利も把握してきた。あとはお前に時々習っているからかも……しれぬな」
彼の苛烈な戦闘スタイルは傍から見ている分にはかなり心臓に悪い。相手の攻撃を避けることもせずまともに受けてもなお、攻撃の勢いが落ちないどころかどんどん増していくのだから、敵に取ってはこの上ない恐怖だろう。
彼の、ドタールの戦士としての血がそうさせるのだろうか。
「ね、ノエルはどうして守り手になったの?」
それを聞いた彼はまた、珍妙なものを見るような目でこちらに視線をやった。
「なんだ、藪から棒に……」
「いや、ちょっと聞いてみたくなってね。何か理由があるのかなって」
そうだな……と少しだけ考え込むような素振りを見せた彼は、あまり納得がいっていないように少しずつ言葉を紡いでいく。
「うーむ、我は我がしたいようにしているだけだからな……この斧を獲物に選んだのも、一番手に馴染んだからで……そもそもまだ、違和感があるのだ」
言い終えると、彼は背負っている斧の刃に後ろ手に指を滑らせた。随分荒っぽい戦闘スタイル彼が扱う割に、斧自体は大事にされているのかあまり傷は目立たない。
「違和感……?」
何に対する、と続けようとしたところで、もう既にキャンプ・ドラゴンヘッドへと戻って来ている事に気がついた。
久々に見たあの館は、やはりあの頃から何も変わっていない。
「帰りは早いな。では我は無事に護衛が終わった旨を騎士に報告してくる故、少し待っておれ」
そう言って中へ入ろうとする彼の腕を掴んでいると気が付いたのは、怪訝そうな顔をしながらこちらを振り返る彼の目と目が合った時だった。
自分でも何をしているのか分からず、己の手に目を落とす。
確かに彼の細い手首を掴んでいる。
弾かれるように手を離せばかれはますます眉間の皺を深くする。
「なんだ、何がしたいのだお前は……」
「えっ……いや……あはは、あっそうだ。ついでに持って行って欲しいものがあって」
「持って行って欲しいもの?」
口が勝手に言葉を意味のある文にして紡いでいく。心中軽くパニック状態になりながら、自宅から持参したクッキーの包みを取り出した。
「これ……っ、……ついでに渡して欲しいんだ……」
いつもと様子が違う事に気がついたのか、彼は皺を寄せるばかりだった眉根を緩め、代わりに大きくため息をついた。
「あと……伝えて欲しいことがあって。…………貴方に救ってもらった冒険者は、……今も笑顔で、っ元気にしていますって……お願い」
心臓がどんどんと早くなり、背中を冷たい汗が流れる。頭の上から血の気が引いて冷たくなっていく感覚がわかる。
「分かった分かった。だがまぁ、我にタダ働きはさせまいな?……そうだな……帰ったらあれを焼け、あの野うさぎの分は要らぬからな」
今度こそ彼は扉の中へと消えてしまう。
包みを差し出した時の手は何を掴むでもなく宙をさ迷わせていたが、しばらくの後にだらりと下ろされた。
そこでやっと、呼吸を忘れていた事に気づく。
すぅーっと浅く息を吸えば冷たい空気が急に肺に入り込み噎せそうになる。
「……何を……しているんだろう……俺は……」
自己嫌悪と酸欠で目の前が眩む。
それでも、にっと笑顔を作ってみせる。
彼らに酷い顔を見せる訳にはいかない。
「エマネラン、帰ってきてたんだ。オノロワも久しぶりだね。今日?ちょっとこっちの方に寄る用事があったからさ、顔出しに来たんだよ──────」
扉を開ければそこには見知った顔。
守りたい大事な家族と同等の友人達の姿。
先に入ったはずの彼の姿は、当然のように見当たらない。
代わりに、ただ当たり前の現実として、大切な盟友の肖像がそこにあった。
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「何だお前。ずっとそこにいたのか」
先に外に出て待っていた自分の姿を見ると、彼は呆れたようにそう言った。
「ふふ、そんなとこ。ちょっと歩いたりもしたけどね」
扉がゆっくりと閉じていく音がする。
「あぁ、そうだ、ちゃんと渡しておいたぞ。それでだ、伝言を預かっていてだな」
扉がゆっくりと閉じていく音がする。
「……伝言……?」
思わず彼の顔を見つめる。
その背後に、ゆっくりとと閉じていく扉が見える。
「そうだ。……"無事だったのだな、お前が元気でいるなら私も嬉しく思うぞ"だそうだ。これ、我がわざわざ伝える必要あったのか?─────」
世界を進める時間が、とてもゆっくりになったように感じる。
彼の、その銀髪の向こう側に館の室内が見える。
先程まで話をしていた彼らはおらず、いつも優しい笑みを浮かべている肖像もない。
─────そこには薄水色の君がいた。
意識が完全に彼に持っていかれる。
扉が閉まっていく音ももはや聞こえない。
何か、叫び出しそうな衝動も、もはや意識が追いついていない。
ただ、そこに"いる"彼を見つめていた。
「───────、───!」
扉が閉まるその瞬間、彼と目が合った。
肖像の笑みでは無い、彼の屈託のない笑顔。
自分はこの笑顔が好きだった。
扉がガチャリと音を立てて閉まる。
もう、部屋の様子を窺い知ることはできない。
きっと部屋へ飛び込んでも、驚いた様子のエマネラン達に迎えられるだけだと。
分かっている。
「───おい、ルシア。どうした、先程から我の話を全く聞いておらぬようだが」
ノエルがこちらを心配そうに覗き込んでいる。
彼は言動こそはあれだが、本当に心根は優しい。
「…ぁ…ごめんね、先に……帰っててくれる?」
体の震えは抑えられても、言葉の始めが震えて上手く発音できない。
間違いなく、彼には伝わってしまっただろう。
「まだね、会いに行きたい人がいるんだ。……大丈夫、晩御飯はちゃーんと間に合わせるからさ」
「いや、晩御飯の心配はしておらぬが」
「あれ、そうだっけ……ふふ」
可笑しくて笑っていると彼は急にその小さな手で自分の頬をもみくちゃにし始めた。
「ちょっ……ふ、ノエル?……ちょっと、ふふ、どうしたの」
ひとしきり顔をもみくちゃにした彼はようやく満足したのか、手を離すとふ、と口角を上げる。
「ふっ、やはりお前はその方が良い。我はお前の笑顔が好きだ。だから、あまりそう泣きそうな顔をしないでくれ」
心臓を鷲掴みにされたような思いがする。
「───っ、はは。君も、同じ事を言うんだね……」
彼はまた少し眉をひそめたが、すぐに緩めると緩やかに帰宅の道を歩き始めた。
「晩は肉が良い、我は依頼をこなして特別に腹を空かしているからな。もちろんデザート付きで、だ」
「ほらやっぱり、晩御飯の心配してる」
やがて彼はそのままアドネール占星台の方へ向かって歩ていき、見えなくなってしまった。
「……ありがとう。俺の叶わない夢を1つ叶えてくれて」
完全に見えなくなった背に向かって呟いた声は、誰の耳にも届くことはなく銀世界に溶けて消えていった。
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「今日は……フランセル、いないのか」
帰宅の前に足を運んだのはキャンプ・ドラゴンヘッドの北方、神意の地のさらに外れ。皇都イシュガルドを望む断崖の、奥の小さな石碑が目的地だった。
石碑の前には、痛ましい傷が付き穴の空いた盾が一つ、石碑に寄り添うように置かれている。
「……」
何を語るでもなく、そもそもここに話を聞く人もいない。
石碑の前に座り込むと、盾の傷を撫でていく。過剰すぎる程に強い力が込められた槍の一撃で貫かれた盾は、穴を中心に少し変質している。
「……君が俺を守らなければ、俺が君を守る事ができていれば……そんな空想を何度考えたんだろうね」
「俺は普通の人じゃなかった。もちろん光の加護を受けてたり、アゼムっていう旧い昔に生きてた人の生まれ変わりの一部だったりはそうなんだけど」
「……ほら、俺は傷の治りが良いからさ。簡単に死ぬこともできないし、案外……あの槍の直撃を受けてても、何とかなったかもしれないよ?」
「……」
これは独り言だ。
誰に聞かれるでもない。
だから先程と違って言葉が詰まることもなく、呼吸が乱れることもなく"本当の心"で言葉を選ぶことができる。
「……ね、クッキーちゃんと手に渡った?ノエルの事だから、ちょっとだけ渡したフリして食べちゃったんじゃないかって心配だったんだ」
「味の感想は……ふふ、きっとさっき伝えてくれたんだよね。聞こえなかったけど、これでも俺のクッキー評判良いんだよ」
「だからさ……ちゃんと味の感想を聞くのは俺がそっちへ行ってからね」
「すごく待たせるよ、俺。昔はすぐにでもいろいろ話を聞かせに逝きたかったんだけど……」
「いろいろさ……覚えておけだとか、ちゃんと見たのかだとか、言われちゃってさ……」
「ほら、俺元々冒険者でしょ。よくよく考えたらここだって東方の方だって、まともにゆっくり見て回ったこと無かったな〜って」
「これじゃ話のネタが尽きる方が早そうだからさ、できるだけしっかり、話のネタを作っておくことにするよ」
「あ、それとね。また会った時に紹介したい人がいるんだ。……たぶん、一緒に行けるはずだからさ」
「ふふ、そういうことで、まだまだかかりそうだから。楽しみに待っててね」
「──────オルシュファン」
メネフィナマーガレットを盾の傍に供えて君の名前を呼ぶ。
誰も見ていないから、きっと雪に消えてしまうから、一粒の涙ぐらいは見逃してはくれないか。
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未来の俺から過去の君へ
どうかその歩みが止まりそうになった時、傍に支えてくれる人がいることを忘れないでいられますように───────