本当のコトは腹の中「わぁ、スッゲェ!」
感嘆と興奮で弾んだ武道の声が境内に響く。
「こんなにたくさんのチョコが貰える人、ほんとにいるんですね!流石はマイキーくんだ…!」
対して、チョコレートが詰まっているであろう紙袋を傍に置いた万次郎は気のないそぶりで首を振る。無敵の異名をほしいままにする彼には珍しく、どことなく疲れているような雰囲気だ。
「知らねーやつらから押し付けられただけだよ、めんどくせぇ。受け取るまでギャーギャー鬱陶しいし、でも女だから強引に振り払うわけにもいかねぇし。とにかく受け取りさえすれば満足だって言うから、このザマ」
普段、強面の不良どもから恐れられ、遠巻きにされている万次郎が女の子達に群がられている図を想像し、武道は女子の強さに恐れ入った。挙句、興味のない相手とは話すことすらしない彼に自分らの要望を押し通すとは、彼女らに恐怖心というものは無いのだろうか。
無論、万次郎が女の子に手を上げることはないのだが。
「アイドルにチョコを渡す、みたいな感覚なのかもしれないですね。オレも女子だったら、その中の一人だったかも?」
「タケミっち、女の子だったらオレにチョコ渡したいの?」
茶化すように笑った武道は、万次郎の食い気味の問いかけにきょとんと目を丸くした。てっきり、バカなこと言ってんじゃねぇよ、みたいな言葉が返ってきて、そうっスよね、なんて笑い合う算段でいたのに。渾身のボケはウケなかったのか、あるいはそもそも伝わらなかったのか。
少し残念に思いつつ、改めて目の前の万次郎を見つめる。
まずシンプルに顔が良い。少し背が低いものの、均整がとれた体つきでスポーツ万能。勉強が出来るのかは知らないが、頭だって悪くはないだろう。人目を引くようなカリスマ性もある。喧嘩ばっかりしているところだって、年頃の女の子からすればちょっと悪い男もカッコイイ、と逆にポイントになるかもしれない。
考えてみればこの男、すぐに闇落ちをするところを除けばかなりの優良物件だ。
うん、とひとつ頷き、武道は力強く答えた。
「そうっスね、渡したいです!マイキーくん、カッケェですから!」
「…そっかぁ」
先ほどよりも、どことなく機嫌良さげに万次郎は言葉を続ける。
「で、そういうタケミっちは?チョコ、貰えたの?」
「オレは、『男子は3倍にして返すこと!これは投資だから!!』って言葉と共にクラス中にばら撒かれた義理チョコだけですよ、残念なことに…」
「何貰ったの、みせてよ。全部」
「んーと、チロルとかですよ、ほら」
武道はぺたんこの学生鞄を探り、いくつかの包装を掌に広げてみせる。揶揄うように覗き込んだ万次郎はされど、見慣れた個包装の菓子の中で一つだけ異彩を放つ、可愛らしいラッピングに包まれたチョコチップクッキーを見てつぃと眉を寄せた。
「これは?明らかに手作りって感じのがあんだけど、まさか本命?タケミっち、告られたワケ?」
「いやいや、まさか…って、悲しいこと言わせないでくださいよ。これは、クラスの子に『友チョコで作りすぎたからあげる!どうせ花垣、手作りとか貰えないでしょ!』って押し付けられたやつです。なんか、凄い勢いでしたけど…別に特別なことはないっスよぉ、マイキーくんと違って…」
胡乱げな瞳でじっと見つめられれば、特に悪いことをした覚えがなくても責められているような心持ちになり、語尾が小さくなるのが自分でも分かった。どうして急に不機嫌になってしまったのか、心当たりのない武道に出来ることは、せめて目をそらさないことだけだ。
奇妙な膠着状態を破ったのは万次郎で、武道の手からクッキーの包みをさっと奪い取ると、止める間も無く口に放り込んでしまった。
「あー!ちょっと、マイキーくん!オレ、これくれた子がつるんでる子達に『明日ちゃんと味の感想言えよ花垣‼︎』って言われてたのに…集団になった女子は怖いんですよ!」
「いいじゃん、センパイに食われちゃったっていいなよ。オレのせいにしていいからさ。な?」
「オレのせいにしていいって言うか、間違いなくマイキーくんのせいじゃないっスかぁ…」
「元気だせって。ほら、口開けろ♡」
「んむっ」
これでは明日、教室で何を言われるかわかったものではない。どうしたものかと頭を抱える武道の唇に、万次郎が何かをぐいと押し当てた。反射で口に含み、舌で転がせばそれはすぐにとろりと崩れ、チョコレートの華やかな香りと甘さが口いっぱいに広がる。
「うわ、ウマ…ってマイキーくん、また急に何するんスか!びっくりするから、先に言ってくださいよ…いいんですか?これ、マイキーくんが貰ったやつっスよね?」
「何って、毒味みたいなもんだよ。東卍の総長に渡されるものなんて、何が入ってるかわかったもんじゃねぇだろ?で、どう?」
指についたココアの粉をぺろりと舐め取りながら、万次郎は楽しそうに笑う。どうやら機嫌は直ったらしい。先程のは一体なんだったのか、ますますよくわからないが、まぁ、良くなったならそれでいいか。
「えぇ…ひでーっすよ、毒味って…おいしかったっす。なんか良くわかんないけど、高そうな味がしました」
「拗ねんなって。タケミっち、どうせ腹も丈夫だろ?」
「まぁ確かに、体の頑丈さには自信がありますけど…でも大変っスね、こんだけチョコレート貰っても、そうやって警戒しなきゃいけないだなんて…」
好意の象徴たるそれらにも疑いを持たねばならない彼の立場を思い、武道はしょもりと眉を下げた。中学生なんて、チョコを貰ったらはしゃぎ倒しても良い年頃なのに。
「そうヘンな顔すんなって。まぁ大丈夫だとは思うんだけどさ。だから一緒に食べて、何かおかしかったら教えてくれよ」
「なるほど、わかりました!あ、でも、いっぱいあるし、ドラケン君達も呼びますか?皆で食べた方が、ちゃんと分かるかもしれないですよ」
「あ゙?バッカおまえ、ケンチンに他の女からのチョコを食べさせたらエマが怒るだろうが」
「あ…それもそうっスね、すみません…」
「オレとオマエの二人で食べるの。今日からしばらく、放課後にウチ来いよ。わかった?」
「そういうことでしたら任せてください!オレ、頑張りますんで!」
「ン。ほら、も一個やるから、口開けな」
万次郎は次々と新しい包装を剥いていくが、なにせ量が量である。これを全部食べ切るには、やはりそこそこの時間がかかるだろう。いくら美味しくても甘いものばっかじゃキツいだろうから、ポテチでも持っていくことにしようかな。むぐむぐと口を動かしながら、武道はそんなことを思った。
そんな2人の様子を呆れたような、心底面倒くさいものをみるような眼差しで見守る人影がある。集会だと呼ばれておきながら、すっかり蚊帳の外に置かれた幹部たちだ。
「…なぁ、ドラケン」
「…んだよ、一虎」
「タケミっちのアレ、誰がどうみてもぜってーホンメーだよな?タケミっちは鈍すぎて全然わかってねぇみてぇだけど、マイキーは100%わかった上で食ったよな?」
「…言うな」
「でさ、マイキーのチョコ、ちょっとでも怪しいやつは伍番隊が弾いてあんだろ?そもそもマイキー、去年手作りは絶対受け取らなかったから既製品しかねぇし。今更毒味も何もあったもんじゃねぇよ。完全にタケミっちを自分の部屋に呼ぶためのエサにしてんじゃん。ちゃっかり2人だけって約束までさせてるし」
「…言うなって」
「あーあ、オレだったら付き合ってもねぇのにチョコ貰ったくらいで詰め寄ってくる奴なんてごめんだな。タケミっちもカワイソーに。どーせならマイキーも、とっとと告っちまえばいいのになぁ。あの様子なら、押せば落ちんだろ」
「…それは皆んな思ってる。間違っても本人たちの前で言うなよ。ぜってー面倒なことになるからな」
オレだってそこまで命知らずじゃねぇよ、ケラケラ笑う一虎を横目に幹部たちは深くため息をついた。