花言葉「タケミっちさぁ、ちゃんと贈り物用意した?」
二人で暮らすには少し手狭なアパートの一室。万次郎から突然投げられた言葉に、武道ははて、と首を傾げた。そうしてすぐに、ああ、と思いつく。もうすぐ母の日だ。街中には母の日にかこつけた広告があちらこちらに散らばっているが、人間は見たい物しか目に入らない、というのは本当なのだろう。恥ずかしながら、万次郎に言われるまですっかり忘れていた。かつて唯我独尊傍若無人と謳われた武道の恋人は、案外そういう行事にはマメな人だった。
「いやぁ、すっかり忘れてましたよね、ハハ……去年は欲しがってた座椅子あげたし、今年はなににしようかなぁ」
「ん、ちゃんと考えて渡せよな。生きてる間しか、親孝行はできないんだからさ」
万次郎の言葉に武道はなんとも言えない寂しさを感じて口をつぐんだ。それを感じ取ったのか、彼は軽い口調で続ける。
「ヘンに気を使うんじゃねぇよ、母ちゃんも父ちゃんも精一杯生きて……オレは今が幸せだ。ただ、タケミっちはちゃんと大事にしろよって話。分かった?」
ウン、と頷けば満足げに笑う男が無理をしているとは思わないけど、それでも、と武道としては思わざるを得ないのだ。タイムリープによって、変えられる運命もあれば変えられない運命もある。戻れる時間を選べるほど都合の良い奇跡ではないし、戻れたところで病気に関して武道は無力だ。それでも、マイキーくんのご両親が生きていたら、彼はもっと幸せだったのかな。そんな無意味なタラレバ話、口が裂けても言えないし、誰かに言うつもりも無いけれど。
結局、母親へのプレゼントはハーバリウムにした。置く場所も選ばないし手入れの必要もない。送った後に世話の苦労を掛けることも無く、純粋に楽しんで貰えるだろう。
そう考えて花屋へ出掛けた武道の目に飛び込んできたのは、当然のことだが大量のカーネーション。最近はいろんな色があるものだ、自分が子供の頃には、カーネーションと言えば赤とピンクの二択だった。今は黄色にオレンジ、紫、アレは少しくすんでいるけど青だろうか? すごいな、と感心しつつ店内を回っている武道の視界に、小さな手書きのポップが映った。なんとはなしにその内容を読んだ武道は少し考え込んだ後、選んだハーバリウムと共にその花を一束、包んでくれるように店員に頼んだ。店員は柔らかく微笑んで、きっと喜んで頂けますよ、と優しい声で言った。
「マイキーくん、お墓参りに行きませんか!」
帰ってくるなりそんなことを言い出した武道を、万次郎は不思議そうな顔で見上げた。
「急にどうしたんだよ? てか今日は母の日だろ、母ちゃんのとこには行ってきたわけ?」
「はい、帰ってくる途中で寄ってきました。喜んでくれたし、ウチのアホが親孝行する日が来るなんて万次郎くんのお陰ね、どうか愛想尽かさないでやってね、とのことです」
「それに関してはどういたしましてってカンジだけど……なんで急に墓?」
「コレです!」
武道がバサッと差し出したのは、白いカーネーションの花束だ。
「母の日の起源って、白いカーネーションを亡くなったお母さんを偲んで供えたことらしいんです。花言葉が、『私の愛情は生きている』とか『尊敬』らしくって。マイキーくんのお母さんなら、オレの母さんでもあるから。感謝とか、伝えられたらって。結局は生きている人間のエゴでしか無いと言ってしまえばそれまでなんですけど、でも……」
万次郎は、徐々に小さくなってく武道の言葉を聞いてどう思っているのだろうか。嫌な気持ち、悲しい気持ちにさせていないか。
「……あのさぁ、タケミっちのそういうところ、ほんと……」
ドキドキと早鐘を打つ心臓を抱えて、彼の言葉を待った。
「……ほんっと、大好き! なんだよ、わざわざ調べたの? 気にしないでいいって言ったのにさ。ホラ、はやく行こうぜ! 後ろ乗せてやるからさ、ソレ、大事に持ってろよな!」
勢いよく立ち上がり、どこから出したのかバブのキーを指に掛けて回す。恋人が心底嬉しそうに笑ってくれたから、武道も手の中の花束を大事に抱え直し、微笑んだ。