さくら不良はお祭り好きである、たぶん。
オレの偏見である。皆で集まってワイワイ騒ぐことが好きな連中が多いから、その口実になりそうなことは大概なんでも好きなのだ、と思う。もちろん花見もその一つで、テレビで開花予報が流れはじめると同時に東卍のなかで「満開になったら花見しようぜ!」という浮き足だった声が上がったのも当然と言えば当然であった。それももう、一ヶ月ほど前の話だけれど。
「桜、もうぜんっぜん残ってないじゃん!!」
ピンク色などもうほとんど見当たらない、綺麗な緑色の葉を繁らせる桜の木々を前に怒りの声を上げる我らが総長、佐野万次郎。その姿を横目に、武道はそっとため息をついた。
時が過ぎるのはいつだってあっという間だ。命知らずにも東卍の隊員にちょっかいをかけてきたどこぞのチームの連中を万次郎たちが叩きのめすまでの間に、桜の見頃はとっくに過ぎ去ってしまったのである。結果、お祭り騒ぎをしたい心だけが取り残された彼らはそれでも花見を決行することにしたのだが、万次郎はすっかりふて腐れていた。つまらない連中のせいで、楽しみにしていた祭りのメインが奪われたことが気にくわないのだろう。
それでもそこは中学生、人数が集まればおのずと場は盛り上がり、終盤には万次郎も笑顔を見せていたが、武道の心には緑色の桜を前にした万次郎の、がっかりしたような表情がこびり付いていた。
◇ ◇ ◇
「マイキーくん、連れて行ってほしいところがあるんです!」
休日に呼び出された挙句、前触れもなく告げられた言葉に万次郎は目をぱちりと瞬かせた。次いで、にやり、とその唇の端を上げる。
「へぇ、タケミっち。オレを足に使おうだなんて、良い度胸だね。いつからそんなに偉くなったワケ?」
そうやって連絡をくれるくらい心を許されていることも、どうやら頼られているらしいこともホントは嬉しかったけど、あえて冷淡に聞こえるだろう声で言ってやれば、
「ヒェ、あの、そんなつもりじゃ……」
と途端に血相を変えた武道があわあわと涙目で弁解を始める。
すぐ泣くヤツは嫌いだけど、タケミっちだけはそうじゃない。むしろ、泣いてる顔が見たくてちょっと意地悪したくなる。なんでかは分かんないけど。
「なーんて、冗談だよ、タケミっち♡ オマエからオネダリするなんて珍しいじゃん、いーよ、どこへだって連れてってやるよ。どこ行きてぇの?」
少し間を置いてから言うと、タケミっちのくせに
「マイキーくん!!」
なんて怒ったような声をあげるから
「は?」
と返せばしおしおとしょぼくれた声で少し離れた郊外の地名を答えた。移動手段が電車か自転車しかないタケミっちには行きにくい場所らしいが、オレのバブならそう難しくない。むしろ、高速とばせば楽勝。
「おっけ。今から行く?」
聞けば顔を上げ、先程までしょげてたのが嘘のように元気に答えた。
「っ! お願いします!」
タケミっちが指定した場所はどうやら観光地だったようで、大勢の人で賑わっていた。そのなかを、オレの手を引っ張ってずんずんと突っ切っていく。
オレの言動にびびる様子を見せるくせに、そういうところは気にしないんだよな、コイツ。まぁ、他のヤツに同じことされたらボコボコにしてるのに、タケミっちだからって許してるオレもオレか。
「マイキーくん!」
そんなことを考えながら歩いていれば、前を歩いていたタケミっちが弾んだ声をあげた。視線をあげれば、一面に広がるピンク色に視界が埋め尽くされる。
――すっげぇな。
驚くオレを見て、タケミっちは得意げに言葉を続ける。
「ここ、芝桜の名所なんですって! 本物の桜の季節は過ぎちゃいましたけど、これも桜ですし! お花見、ここでもう一回やりませんか?」
「……花見はこの前やっただろ? タケミっち、そんなに好きなの?」
確かに見事だと思うが、なんでそんなに花見がしたいのだろうか。不思議に思って問いかけると、彼は視線を泳がせてもごもごと口ごもっていた。が、意を決したように口を開く。
「マイキーくんが……」
「オレがなに?」
続きを促した。
「この間、マイキーくんががっかりした顔してたから。その、喜んでくれるかなって、思いまして……」
ポッと染めた頬を気恥ずかしそうに掻く彼の意外な言葉に、万次郎は目を丸くした。確かにあの時の自分はふてくされていたが、武道がそれをそこまで気にしていたとは思いもしなかったからである。
ーーそっか。
ーーオレのためか。
知ってしまえば、にやにやと緩む口元を抑えられなくて、ついからかうような言葉がでた。
「へぇ~、タケミっちってば、そんなにオレのこと好きだったんだ? オレに喜んでほしくて頑張って考えたの?」
「? そりゃ、好きに決まってますよ!」
なにを当たり前のことを? とでも言いたげなきょとんとした表情でそう返されてしまうものだからもう、万次郎は目の前の男が可愛くて可愛くてたまらなかった。がばりと上からのし掛かり、頭をわしゃわしゃと撫でてやれば、「あ、オレのリーゼント……」なんて情けない声をあげるのすら可愛いと思った。
「ありがとな、タケミっち! 来週にでもあいつら連れてこようぜ!」
「はいっ!」
笑い合う二人はこの場所がゴールデンウィークにどれほど混み合うのか、まだ知らなかったのである。