欲しいものぬいぐるみが欲しい。
男子中学生、しかも金髪リーゼントで制服を着崩したイケイケの不良にはちょっと似つかわしくない言葉だ、分かっている。
だけど、そんなこと言ったって欲しいもんは欲しいのだから、仕方ない。
武道が一目惚れしたそいつは、常連になっているゲームセンターの端っこにあるクレーンゲームのなかにちょこんと座っていた。裾の長い、黒い長袖の服を着せられたクマのぬいぐるみだ。その可愛らしい造形とは裏腹にかなりの三白眼。なんとなく怒っているようにも見える。そのせいかあまり人気は無いようで、足を止める人もいなかった。だけど、武道にとっては違った。
――このクマ、めちゃくちゃイケてんじゃん!
その衝撃はまさしく一目惚れという言葉が似合うだろう。だからこうして小遣いを握りしめ、意気揚々とぬいぐるみの救出に望んだのである。
が、しかし。
――ぜんっぜん取れねぇっっ!!
そもそもぬいぐるみが結構な大きさで、重いせいもあるだろうが、いくらなんでもアームが弱すぎる。さっきから掴めはするものの、ちょっと浮いたかと思うとするりと落ちるのだ。武道の小遣いが虚しく吸い込まれていく一方である。
「ねぇ」
もう一度。もう一度だけチャレンジして、それでダメなら出直そうか。
「ねぇってば」
別の日に来れば、アームの力加減も変わってるかもしれない。でも、既にこんなにお金を使ってしまった以上、確率が来るまでこのまま粘ったほうが賢いか?
「オイ、なに無視してんだよ」
「――うるっせぇっ!! オレは今真剣なんだよっ!」
ちょっと前から横に誰かが来ていたのは気付いていたものの、せっかくここまで粘った台を渡すのが嫌で、あえて無視していた。せめてオレが取れるまでは待っていて欲しい、いつ取れるのかは分かんないけど。が、声の主は強いハートの持ち主のようで一向に立ち去る気配も無く、先に我慢の限界が来たのは武道だった。声を荒げて隣を見れば、そこに居たのは。
「ア゙? なに生意気なこといってんだよ、タケミっちのくせに」
「ヒェッ……! ま、マイキーくんっ……!」
眉間に青筋を浮かべ、不機嫌そうにこちらを睨み付ける我らが総長の姿があった。珍しく一人のようだ。
「ス、スイマセンッ!! オレ、どうしてもこれが欲しくて、夢中になっちゃって、つい……」
「……まぁ、今回だけ許してやるよ、特別な。次はねぇから。……で、タケミっちが欲しいのってコイツ? ブスじゃね?」
どうやらマイキーくんの興味はぬいぐるみに移ったらしく、武道は命拾いしたとほっと息をついた。
「そうっす! それとブスじゃ無いっす、イケてます! けどぜんっぜん取れないんですよね、コレ……今日は諦めようか、迷ってたとこでした」
ふーん、とどうでもよさそうな相づちを打ちながら、マイキーくんは自身のポッケに手を伸ばし、チャリチャリとゲーム台に小銭を入れた。迷い無くちょいちょいとレバーを動かし、武道の見ている前であれほど動かなかったぬいぐるみが宙を舞う。そして、あっという間に取り出し口に落とすと。
「はい」
武道の手にそのぬいぐるみをポンと置いた。
「…っえ?! ちょっ、いいんすか?! せっかくマイキーくんが取ったのに」
「いーよ、そんなブスなぬいぐるみ、エマもいらねーって言うだろうし。欲しかったんでしょ、よかったね?」
「…っ! はいっ、オレ、大事にします、ありがとうございます!!」
ぎゅっと力一杯ぬいぐるみを抱き締める武道を見て、マイキーくんはそれはそれは優しく微笑んだ。
「――ってことがあったんだよ! いや~、さっすがマイキーくん、カッコイイし優しいし、スッゲぇよな~!」
「……相棒の話聞いてると、たまにソレほんとにオレの知ってるマイキーくんか?って思う時があるんだよなぁ……」
嬉しそうに語る武道の横で、彼の相棒は首を捻った。
同時刻。
「――っでさぁ、タケミっちってば、オレがそんだけカッコよく取ってやったんだからお礼のチューの一つくらいあってもいいと思うじゃん?! ほんっと鈍いっていうか、わかってねぇよなぁ。まぁ、ぬいぐるみぎゅってしてるタケミっちは可愛かったし、そういうところも好きなんだけどさぁ。まぁそういうの許してやんものカレシの度量ってヤツ? あー、オレってほんといいカレシだわ」
「おー、オマエはまだ自分が自称カレシのヤバイヤツって現実から思い出そうな」
愚痴だか惚気だか分からない話をつらつらと語り続ける万次郎と、届かないであろうツッコミを律儀に続ける龍宮寺の姿が、とあるファミレスで目撃されていた。