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    bumilesson

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    2/2 エレパラ展示用『悪霊と詐欺師がM1優勝を目指す話』
    進捗です。
    36000字書いてますが全く終わる気配がありません。
    今回は全年齢小説となります。6月に完全版として本にします!

    悪霊と詐欺師がM1優勝を目指す話(進捗)ビコーズウィーキャン,キャン,キャン,キャン,
    イエス ウィーキャン, キャン,キャン,キャン,
    キャン,キャン,キャン,キャン
     
    (俺たちは出来る、そうだ、俺たちは出来る。この会場にここまで来た。俺たちは出来る)

     手から汗が止まらず、情けない程心臓が跳ねる。もうすぐ出番だというのに未だに落ち着く事のない心臓を抱えて胸が苦しくなる。盛大なファンファーレと共におなじみの出囃子が革靴を震わせる程の音量で響いてきた。プレッシャーで潰されてしまいそうだ。エントリーナンバーが刻まれた胸のバッヂを握る。

    「俺様とお前さんならいける。問題ない」

     霊幻の頭の上から無駄な美声が降り注ぐ。声の主は金髪の上に手を置き、ポン、と一つ叩いた。目つきの悪い男は緊張感の漂う横顔を見せ、薄い唇を引き結んでいる。恐れを知らないように見える相方のこんな顔を初めて知った。
    「ここまで俺たちは来た。俺様が詐欺師のお前さんをここまで連れてきてやった」
    「クソ悪霊、俺がお前を連れてきたんだって!」
     ライブの前に必ず交わすこのたわいもない軽口が、霊幻の呼吸を整えさせる。たったそれだけの事で手足の震えが止まった。

     イエスウィーキャン。騒々しく嫌でもテンションの上がる曲に促され、霊幻とエクボの足が舞台中央へ向かった。MCの声が響く。舞台の上に降り注ぐ光が見えた。あの光をこれから一斉に受ける。

    (俺たちは出来る)
    (出来る)

     コンビを組んで一年。たった一年で五百年の月日を過ごしたような気さえする。エクボと出会わなければこの番組を霊幻は実家かワンルームの冷たい部屋で見ていただろう。

    「エントリーナンバー9999番、ラストエントリーナンバーで掴んだ初出場、コンビ結成一年!奇跡の連発、止まらぬ快進撃は今日も健在か!今大会の台風の目、大番狂わせも夢じゃない、何もかもがイレギュラー!その名は『悪霊と詐欺師』!」

    (中略)

     しかし自ら退路を断つように芸人の道に飛び込んだはいいが、知れば知る程闇が深い。正直サラリーマンの方が温く感じられる程、人間関係が厳しい。先輩後輩による絶対的な縦社会は、先輩芸人に言わせると今は随分マシらしいが軍隊式のそれだ。先輩のいう事絶対。ダメ絶対逆らえない。
    (幸い脱げとかまだ言われた事ないけど昔はあったみたいだしな)
    20年くらい前なら本当にあった話だ。恐ろしい。話題はいつも愚痴と女と博打と酒。これは20年前から変わらないらしいが最近は財テクと健康、地方ネタが入ってきた。つまり芸人たちは飽きもせず鉄板となった同じ持ちネタで食い続けていくように同じネタでしか卓を回さない。

    「それでさあ、モデルの子が来てアタリだと思ったらその子もう兄さんのお手付きで、お下がりやるわwwだって、払い下げかよ!」
    「俺払い下げでもモデルとヤれるんだったら全然オッケーですわww」
    古い表現だが語尾に草でも生えてきそうな下品さと下ネタのオンパレードだ。これでまだコンプライアンス、と訴えているのだからこの世界は闇が底なし沼のように続いている。もう舐めるレモンサワーの味も分からない。
    (ああ今日も酒が絶不調に不味い)
     芸人には不利になる無駄な容姿のせいで、女の話題で盛り上がった時、霊幻は必ずといっていい程スケープゴートにされた。ファンの女の子のテイクアウトの方法教えてよ霊幻ちゃん、とすり寄られる度に霊幻の精神耐久値が下がってゆく。
     それでも辞めずにいる理由がある。今日もこの飲み会に出ている理由がこれだ。時計を覗き込めば時刻は10時を回っている。

    「兄さん到着しました―――!」

     店の入り口に立つ地味なキャップ姿の男は、後輩のテンションの高い大声を遮るように手を振ると背を丸めて店の奥にある座敷に足を向けた。たったそれだけの所作だがどこか人を引き付ける力を持っている。売れて名のある者には風格という名のオーラがある、とよく言われる事だが霊幻はこの世界に居る事でそれを実感する。
    「お疲れ。みんな飲んでるか?」
     訛りのない標準語で後輩芸人たちを労い、即座に準備されていた上座に通される。普段は足が痛くなる者が多いからと畳の座敷を避けがちな芸人集団だが、この男は座敷が似合う。本来兄さんと先輩芸人を言うのは関西の文化だが、皆を集める求心力の強さもキャラクターに合っている。
    綿の潰れた座布団に足を下ろし、駆け付け一杯のビールを一気に飲み干したところでまた座のテンションが一気に上がった。この先輩芸人は霊幻が目指す芸人スタイルを確立しているピン芸人でネタが特にいい。
    今日は彼が珍しく事務所ライブの打ち上げに合流すると聞き、半分嫌々ではあったものの参加を決めた。事務所入社三年目の霊幻にとってはまさに雲の上の人だ。同じ空間で飲んでいるだけでいい。何ならネタの話なんか少しでもしてくれたらいいな、という淡い期待もあったが30分後、それは見事に裏切られた。

    「霊幻ちゃ―――ん、飲んでる?ん?全然飲んでないじゃん、どうしたの?」
    「あ、俺下戸なんで本当すんません。飲んで先輩の高いアルマーニゲロまみれにしたくないんで」
    「いいねえゲロまみれアルマーニ!ゲロマーニ!俺もやっぱピンでやってるから、霊幻ちゃんに親近感あってさ。ライブで見て時からいいなーって思ってたんだよね」
     肩を抱き込まれ、距離の近いところに酔っ払いの顔がある。呂律も次第に回らなくなってきているこの大物先輩芸人は霊幻をいたく気に入ったらしい。座布団の上で正座に耐える霊幻の膝の上に腿を置かれてホールドされる。足も限界が近いが、完全にこれはロックオンされている状態というもので、ほとんど霊幻は動く事が出来ない。
    「先輩お酒好きなんですね……」
    「酒は飲んでも飲まれるな、だぜ霊幻ちゃん」
     どの口が言う事か。呆れるがここまで酒癖が悪いタイプだったとは知らず霊幻は自分の選択を後悔した。表向きほぼ姿を消したと思われていた、アルハラ・パワハラ・セクハラの三大魔王が芸人社会ではまだ生き残っている。
    「霊幻ちゃんさあ、本当顔きれーだよねえ。何?もーさ、こう何か顔見てっと妖しい感じになるわ」
    「先輩、俺だからいいですけどそれ他の人に言ったらまずい奴ですよ」
     ここでゴシップ誌だの何だのに捕まれば普通は社会的地位は消えるが、芸人の場合はいまだに対象が同性であればお咎めはない。それどころか悪ふざけの範疇として芸人らしいエピソードに作り変えられ笑いのネタになる程度だろう。それを知っているだけに霊幻も大人しくターゲットが切り替わる事だけを願って、サワー抜きのレモンサワーの水割りを飲むしか出来ない。
    「いや、マジさ。俺男全然なんだけどれーげんちゃんなら全然アリ。アリもアリでマジなんだけど。ね、今彼女とかいない感じ?」
     漢字で呼んでいた名前がひらがなに変わった。確実に理性を欠いた血走った眼が霊幻を捉えている。
    「いませんけど先輩、はい水ですよー」
     水を飲ませてもトイレに立ってはまた霊幻の所に戻るを繰り返している。飲んだ水の量と同じだけの酒を煽る男には意味のない行為だった。トイレに立った隙を見て逃げ出そうとするがスケープゴートを見つけた先輩たちが霊幻の肩を掴み、また座敷に戻される。
    「いやー、いないんだったらマジ、俺とかどうよ?」
    「もー先輩綺麗な彼女さんいるじゃないですか、元モデルの」
    「ああん?!あんな金喰い虫の女もうとっくに別れたっつうの!なーにがプラダじゃなくてそこはバーキンでしょ、だ。プラダだかプララだか知らねーよ、っつとに女って面倒くせえ」
    「ぷららはインターネットのプロバイダ―です、先輩」
     霊幻も返しが雑になる。誰も分からず受けない突っ込み返しをする程、霊幻自身ここから一刻でも早く逃げたくてたまらない。
    もう芸人辞めたい、こんな思いをするくらいなら芸人なんかもう辞める―――!と心で叫ぶが誰の助けもない。これがピン芸人の現実だ。
    「いや、ほんとかわいーなー。モデルと付き合ってもロクなことねえからな。金かかるし、なら俺れーげんちゃんに乗り換えるわ」
    「いやいや、ほんとお酒飲みすぎですって」
    「俺に免じてぶれーこー!はい、皆飲め!」
     彼の掛け声につられて周囲の芸人たちがグラスを空ける。霊幻という生贄を捧げられて明らかにラッキーと胸を撫でおろしているのがわかる。霊幻がこうしてセクハラパワハラ三昧に遭い続けている間も、仲間だと思っていた同期や後輩は傍観しているし、先輩に至ってはもっと兄貴に気に入られたくて合いの手を打ってくる。クソ芸人どもめ。
    まさにまな板の上の鯉、というよりも、丸裸にされた因幡の白兎と化して拉致同然に多分黒塗りのベンツかBMWあたりで持ち帰りされる未来が見える。運転手が座敷から離れたところで烏龍茶を飲んでいた。

    (もうだめだ、俺は喰われる。)
    酒臭い息が近づいたところでキスくらいはされると泣きそうになるのを堪えて、腕を突っ張るくらいの抵抗しか出来ない。あとはネタではなく正当防衛パンチを繰り出すより後がない、そう感じた霊幻の視界が黒いもので塗りつぶされた。
    (え、何??)

    「すみません、こいつ今日から俺様の相方なんで。連れて帰ります」
     頭上から無駄にいい声が響いた。アルコールの入った頭では多分まともな判断は出来ていないはずだが、その声は相方、と言ったように霊幻は聞こえた。
    「オラ、帰るぞ。あ、これで会計」
     ヒラヒラと札が二枚空を舞うのが見えた。限界に近かった足を崩され、急に身体が軽くなる。状況が理解できずにいるが霊幻は誰かの腕の中にいて、それはもしかしなくても俗に言うお姫様抱っことかいう横抱きにされている様子だった。身長178センチの男を。
    「え、ええええ、と」
    見上げた顔は人相が悪すぎた。口端から牙のような八重歯が覗いている。
    「うるせえ。行くぞ」
     どう見ても堅気の男ではなかった。黒いスーツに左耳が欠けた大柄な男が霊幻を担ぎ上げている。男は見た目に反して丁寧に頭を下げると大股で居酒屋を後にする。後ろから先輩芸人を始めとした歓声か悲鳴か怒号かどれか全く分からない声が響いていたが、男は霊幻を担ぎ上げたまま夜の闇の中に溶けてゆく。

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