年が明け、数日が経ち……明日はエーリッヒの誕生日。
シュミットは、エーリッヒと初めて出会った日のこと、二人でミニ四駆を追い掛けていた日々のこと、エーリッヒから気持ちを告げられた日のこと、それからの慈しむような愛を与えられ続けてきた日々、などを思い返していた。
出会って以来いつだってエーリッヒは、シュミットの最高の親友であり、人生の早い段階から最愛の恋人だった。
そのエーリッヒが生まれてくれた大切な日を、エーリッヒと一緒に祝うことができるなんて、なんとも光栄で幸せなことだとシュミットは毎年胸があたたかくぽわぽわとする。
夕食を済ませ、リビングに移動したエーリッヒはソファに座り、自分の隣の座面をぽんぽん、と叩いてシュミットを誘い待つ。
シュミットは「ちょっと待ってくれ」と声を掛け、そしてワインとワイングラスを二つ持って、ソファに来た。
「まだ飲むんですか?」
苦笑するエーリッヒに「ああ、飲むさ」と笑いかけ、ワインボトルを渡し、隣に座る。
「付き合ってくれるだろう?」
「あなたがそう望むのでしたら」
ビール派のエーリッヒだが、シュミットの趣味にも付き合ってくれる。そもそもエーリッヒはザルで、酒の種類がなんであっても飲めた。一方シュミットは、弱くはないものの、エーリッヒと比べるとやや許容できる酒量が劣る。安酒には耐性がなく、飲むと酔うのも早いし、頭痛や吐き気などもよおしてしまうくせに、大衆酒場というのか…そういうエーリッヒが好みそうな庶民的なところへの興味が尽きないのであった。
もちろん、そういった場へ行くのにはエーリッヒが必ず付き添った。と言うより、エーリッヒが喜びそうな店に、エーリッヒと一緒に行きたい、エーリッヒが好きなものを知りたい、といったいじらしい気持ちでシュミットは酒場に行くのだ。
「明日は、お前の好きな駅の傍のあの店で、浴びるほどビールを飲もう。その代わり、今夜はワインだ」
そう言ってグラスを大理石のローテーブルに置くと、エーリッヒは「良いですね。でも、飲み過ぎないで」と少しのお小言と共に、ワインをグラスに注いでくれた。
ワインを飲みながら、シュミットは、今日考えていたこと──エーリッヒと出会ってからの日々の振り返りをして、幸せな気持ちになっていたことを、エーリッヒに告げた。
エーリッヒはそんなシュミットを、目を細めて見つめている。
「WGPで日本に居た時に、お前は初めて気持ちを伝えてくれたんだったな」
「そうでしたね。半年もあなたと離れ離れで……気持ちが抑えられなくなっていましたね、あの頃は」
「ふふ。このワインは、その年に作られたものだよ」
そんな話をしながら、グラスを何度も空にして。
「次は、お前がプロポーズをしてくれた年のワインにしようか」
「まだ飲むんですか?」
「飲みたいんだ、付き合え」
なんてワガママを言って……。
そして、すっかり夜が更けて、さすがに酔いが回る頃。
それでもシュミットは眠ってしまったりしないように、頑張っていた。
「シュミット、眠たいんでしょう?」
「まだ大丈夫だ。………あと少しなんだ」
「? あと少し、とは?」
問われ、シュミットはエーリッヒの左腕を取り、腕時計をするりと撫でた。
「まだあと2分ある」
「12時になにか?」
「………忘れているのか?」
「…日付が変わったら、僕の誕生日ですね。あなたがこんなにそわそわするの、滅多に見られませんから思い出しましたよ」
「そうだ。カウントダウンをしたいんだ」
「ええ、しましょう」
そうして優しく髪を撫でられながら、日付が変わる瞬間をカウントダウンと共に迎え──、誰よりも早くに、シュミットはエーリッヒに「誕生日おめでとう、エーリッヒ」という事ができた。
「ありがとう」と言いながらエーリッヒはいかにもキスがしたそうに、シュミットの唇に触れながら見つめてくる。
シュミットは笑ってエーリッヒにキスをした。
ちゅ、とリップ音を立ててすぐ離れたシュミットの唇を、エーリッヒが追い掛け捕まえて。そのまましばらく頭の中をお互いでいっぱいにしてキスに耽る。エーリッヒがシュミットを抱き締めて離さない。
「っん、………ふふ、エーリッヒ、今日はなんだか可愛いな」
「甘えています。今日くらい許されるかと」
合間に吐息で会話をして、再び舌を絡めて……。
エーリッヒのスマホが、恐らくはバースデーメッセージの着信を告げちかちか光るのを横目に、シュミットはエーリッヒの意識がそちらに向かず自分に集中していることがとても嬉しかった。
来年も再来年も、5年後、10年後だって、こうしてエーリッヒの誕生日を祝いたいと、シュミットは酔いと幸せな気分とでふわふわしながら思った。