翼が学校から帰ってくると、玄関に一足多く、大人の靴があった。
「ただいまー。父ちゃん、誰か来てるのー?」
「お帰りなさい翼くん」
にこりと笑顔で迎えてくれたのは、翼の伯父(多分)の烈だった。
「ケーキがあるんだ。一緒に食べよう」
烈がそう言ってウィンクしてみせるから、翼は目を輝かせる。
「わぁ!ありがと!おじさんだーいすきー♡」
ランドセルを放り投げ、翼は烈の腰に絡みつく。烈は、優しく翼の頭を撫でてくれた。
「兄貴ー、翼帰って来たんだろ?早くこっち来いよ!」
奥から豪の声が聞こえた。
「お茶の用意しておくから、手を洗っておいでよ」
烈に言われて、翼は「はーい」と良い子のお返事を返す。
急いで手を洗ってダイニングに行くと、豪と烈がケーキと紅茶、翼の為のジュースをテーブルに並べて、すっかりお茶の用意は整っていた。
「うわぁ、ケーキってこした堂!?すごい!ありがとう烈おじさん!」
「どういたしまして」
にこにこと微笑む烈に、「おいっ」と豪が文句を言った。
「ケーキ買ってきたのは俺だからな!」
「え、そうなの?父ちゃんがケーキ?珍しいー!」
翼は目を丸くする。
「今日は兄貴の誕生日だからな。特別」
豪はにっと笑って烈を見た。
「まったく、兄貴ってばほんとに俺の事好きだよなー?誕生日祝いたがる女なんてそれこそ何人だって居るだろうに、仕事休み取ってまで俺んとこ来るんだもんなー!」
「ちっ…ちがっ………!そんなんじゃないっ!」
烈はかっと顔を赤くして豪を睨んだ。
「仕事が休みだったのはたまたま!お前じゃなくて翼くんに会いに来たんだし!それに、お前が言うような、祝ってくれる女性なんかいない!」
「んなわけねーだろ……昔っからやたらモテるくせに鈍感なんだからな、兄貴は」
「うるさいっ、豪の馬鹿!」
烈はぷんとそっぽを向いて、会話を無理矢理打ち切った。
「烈おじさんてモテるの?」
「そんな事ないよ、豪の言うことなんて信じないでよ翼くん…」
ははは、と誤魔化すように笑う烈の顔を、翼はまじまじと見た。
言うまでもなく整っている。
清潔感も当然溢れんばかりにある。
加えて仕事一筋のストイックさ。
確かに豪の言うように、モテるだろうなと翼は思った。
なのに、そんな人が誕生日に、弟と甥と三人で過ごすなんて、不自然が過ぎる。
翼が辿り着いた答えは──
「烈おじさんて、俺の事ものすごく好きなんだね!」
「はぁ!?ちげーよ兄貴が好きなのは俺だよ!」
大人気なく豪は叫んだ。
「えー?そんなわけないじゃん!絶対俺だよー!」
豪と翼がやいのやいのと言い合うのを、烈は困り果てて見ていた。
「二人とも、いい加減にしろよ…ほら、ケーキ食べないんだったら俺が食べちゃうぞ?」
「わー!待って!ごめんなさい!」
言われて慌ててケーキに飛びつき、翼はもう一度烈を盗み見た。
誰にでも優しく真面目なこの伯父が、こんなに怒って声を荒げるのは豪を相手にした時だけだ。
──父ちゃんが特別なのは、本当のことみたいだな。
「兄弟、いいな」
「ん?」
「何か言った?」
「んーん。なんにも」
あむあむとケーキを頬張りながら、翼はそっと笑った。